音楽 POP/ROCK

デバージ 「アイ・ライク・イット」

2013.03.13
デバージ
「アイ・ライク・イット」

(1982年/全米No.31)

 いわゆる木の芽どきが近づきつつある気配を少しでも感じると、無性に聴きたくなる曲がある。毎年、決まってその季節。不思議とそれ以外の季節には、この曲のことを忘れてしまっている。考えられる理由は、最もよくラジオ(FEN/現AFN)で流れていた季節だからだろう。ほぼ毎日のようにスピーカーから流れてくるその曲が終いには耳から離れなくなってしまい、曲名とアーティスト名をメモし、同曲が収録されているUS盤LPを買ってしまったほどだ(まだ日本盤LPはリリースされていなかった)。メモには、〈ディバージ I Like It〉と書いた。その時点で、このグループ名のスペルを知らなかったのである。ちなみに、原音に近いカタカナ表記は〈デバージ〉ではなく〈ディバージ〉。筆者はこれまで、一度も〈デバージ〉と発音したことがない。最初にアメリカ人の発音で"DeBarge"を耳にしたからだろう。日本では〈デバージ〉で定着してしまっているようだが......。

 モータウン所属の兄弟グループであるディバージ(兄弟姉妹の長女、紅一点のバニーを含む)は、デビュー当初のアーティスト名をThe DeBargesといった。レーベル側は〈第二のジャクソン・ファイヴ〉として大々的に売り出す目論見だったらしいがーーそしてグループの長兄ボビーと次兄トミーは、やはりモータウン所属で既に人気バンドだった、スイッチ[Switch]のメンバーだったーーセルフ・タイトルのデビュー・アルバム(1981年)は全く売れず。グループ名をDeBargeと改めて心機一転を図り、2ndアルバム『ALL THIS LOVE』(1982年/R&Bアルバム・チャートNo.3、全米No.24)からの2ndシングル「I Like It」で、その人気を不動のものにする。筆者もまた、同曲でディバージのことを初めて知った。デビュー・アルバムは、2ndアルバム購入後に新品で入手。確かに、デビュー・アルバムは余りに地味である。あれでは、〈第二のジャクソン・ファイヴ〉のキャッチ・コピ―が泣く。但し、ディバージ・ファンの間で〈隠れた名曲〉とされてきた「Queen of My Heart」は、デビュー・アルバムに収録されている(そのことを受けてか、1983年リリースの3rdアルバム『IN A SPECIAL WAY』に再収録)。

 全米チャートでこそNo.31止まりだったが、R&Bチャートでは、4週間にわたってNo.2の座にあった(「I Like It」のR&BチャートNo.1を阻んだのは、同チャートで10週間にわたってNo.1の座を死守した、もとモータウン所属のマーヴィン・ゲイの大復活曲「Sexual Healing」だった、というのも皮肉と言えば皮肉である)。この曲は、大衆受けもしたが、特筆すべきは、R&Bやラップ・アーティストにこよなく愛されてきた点であろう。女性ラップ・ユニット、ソルト・ン・ペパの「The Show Stoppa」(1985年/同年にヒットした、ダグ・E・フレッシュ&ザ・ゲット・フレッシュ・クルーの「The Show」へのアンサー・ソング)では、「I Like It」のコーラス部分がそのまま歌われているし、それから3年後には、ビッグ・ダディ・ケインがやはり「On The Bugged Tip」でコーラス部分を歌い直してレコーディングしている。また、女性3人組のヴォーカル・グループ、ジョマンダが1993年にカヴァーしたヴァージョンも印象深い(但し、個人的に「I Like It」の歌詞はどう聴いても男性向きだと思う/女性が歌うとヘンにいやらしくなってしまう可能性アリ)。そして、筆者が今までインタヴューしたR&B/ヒップ・ホップ系のアーティストのうち、究極のディバージ・オタクと言っても差し支えのない人物、テディ・ライリーは、GUY解散後、新たに結成したグループのブラックストリート時代、「I Like It」をなるべくオリジナル・ヴァージョンに忠実に自身のグループにカヴァーさせた。ところが、どうしたわけだか、このカヴァー・ヴァージョンはアルバムに収録されることなく、お蔵入りになってしまったのである(新譜の音源が最初に日本のレコード会社にカセット・テープで届いた時点では、収録曲のひとつだった)。理由は今以て不明。しかしながら、筆者がこれまで聴いてきた「I Like It」をサンプリングしたりカヴァーしたりしたヴァージョンの中で、ブラックストリートのそれが極上の出来栄えだったことだけは間違いない。単なるカヴァーではなく、あれは完全にディバージのオリジナルへのオマージュだった。後にコンピなどに収録されたようだが、当時、何故に市場に出回らなかったのか、今でもテディに問い質したいと思っている。収録曲から排除するには、余りにももったいないカヴァーだった。

 「I Like It」は、長い時を掛けてヒットにこぎつけた曲である。R&Bチャート圏内に最初に顔を出したのは、1982年12月18日。そして最高位No.2を記録してからもチャート圏内に留まり続け、何と28週間もの間、圏外に落ちなかったのだ。ちなみに、同曲のNo.1を阻止したマーヴィンの「Sexual Healing」は、延べ27週間R&Bチャート圏内に留まった。つまり、「I Like It」の方が、それより1週間多くチャート圏内にあったのである。〈長い時を掛けて〉というのはそういうこと。そして明けて1983年3月26日、遂に「I Like It」は、『ビルボード』誌のトップ40入りを果たす。同チャートには計6週間にわたって留まり続け、最高位No.32。辛うじてトップ40入りを果たした、という印象だが、箸にも棒にも掛からなかったデビュー・アルバムの大失敗を考えれば、これはもう快挙である。その昔、R&Bのアーティストたちは、自分たちの曲が『ビルボード』誌のHOT 100圏内にチャート・インしただけで酒盛りをした、という話を聞いた。半分は眉唾ものだと思っていたのだが、今回、「I Like It」を採り上げるにあたり、同曲が遂にクロスオーヴァー・ヒットに至った経緯を手持ちの資料で詳しく調べてみて、それもあながち大袈裟な話ではないんじゃないか、という気がしてきた。

 ディバージは、決してソウルフルなヴォーカル・グループではない(参考までに記すと、計10人の兄弟姉妹は白人の父とアフリカン・アメリカンの母との間に生まれた)。どちらかと言えば、〈クロっぽくない〉のが持ち味のポップス色豊かなグループである。そしてそのことが、当時は、一部の〈クロい〉R&B/ソウル・ミュージックの愛好家たちから敬遠された最大の原因だった。が、筆者にとって、クロっぽいかどうか、なんていう論点は、ディバージの魅力を語る際に頭の片隅にすら思い浮かばないことである。逆に、「I Like It」を喉が切れそうなほどソウルフルに歌われても困るし、そんな押しつけがましいヴァージョンは聴きたいとも思わない。声質が瓜二つの四男ランディと六男エル(The DeBargesでデビューした当初は本名のEldraを名乗っていた)が共作してリード・ヴォーカルを二分する「I Like It」は、この兄弟のハイ・テナー・ヴォイスがあってこその名曲だから。まるでティーネイジャーが初恋でもしているかのような、切なくて(ちょっとハズカシイ言葉を遣うなら)甘酸っぱい恋心を奇をてらわずに綴った歌詞は、当時のディバージの年齢を考えれば、やや子供じみていたかも知れない。が、その純真無垢な恋心を託した歌詞と、少し明るめのマイナー調のメロディに、多くの人々がジャンルを超えてーーもしかしたら、ディバージをR&Bグループと捉えなかった人々も大勢いたかも知れないーー惹きつけられたのだ。決してインパクト大の曲ではないが、聴く度にじわじわと魅了されること必至。そして「I Like It」が文字通り〈好き〉という気持ちは、何十年経っても、絶頂に達したままそこから下降することはない。聴く度に新鮮、そして懐かしい。涙が出そうなほどに。

 FENから毎日のように「I Like It」が流れていた、あの木の芽どきを前にした春から、早や30年が過ぎ去ろうとしている。これほどまでに、春先の揺れ動く気持ちを(いい意味で)掻き乱す曲は、「I Like It」以外にはない。そして今年もまた、「I Like It」をひとしきり聴いた後、いったん同曲のことを忘れて夏〜秋〜冬を過ごし、再び巡ってくるであろう木の芽どきの息吹きと共に、来春もこの曲(後にリリースされた「All This Love」とのカップリング12"シングル)を聴くのだ。ある一定の期間、取り憑かれたように永遠リピートで。
(泉山真奈美)


【関連サイト】
DeBarge(CD)
【執筆者紹介】
泉山真奈美 MANAMI IZUMIYAMA
1963年青森県生まれ。訳詞家、翻訳家、音楽ライター。CDの訳詞・解説、音楽誌や語学誌での執筆、辞書の編纂などを手がける(近著『アフリカン・アメリカン スラング辞典〈改訂版〉』)。翻訳学校フェロー・アカデミーの通信講座マスターコース及び通学講座の講師。