文化 CULTURE

私の1980年代 女性アイドル・ベスト

2020.10.03
 1980年代に歌手デビューした女性アイドルの曲で、私的なベスト・アルバムを作るとしたら、どんな風になるのだろう。
 ・1人のアイドルにつき1曲のみ
 ・全10曲
 という制約を設けて選んでみた。曲順は発売日順である。

薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」(1981年11月21日)
作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:星勝
聴けば一瞬でこの人のものだと分かる唯一無二の声である。小学2年だった私は歌詞の意味を理解できないまま、綺麗な旋律と純粋な歌声に惹かれていた。それは聴く前と聴いた後とで周りの風景が違って見えるほどの「SENSATIONAL」な体験であった。今でも彼女の歌を聴くと、当時の感覚がよみがえり、体が浮かぶような心地を覚える。この不思議な魔法が解けることは今後もないだろう。

中森明菜「セカンド・ラブ」(1982年11月10日)
作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:萩田光雄
恋も二度目だから少しは上手に付き合いたい。でも、うまくできない。そんなもどかしくて切ない気持ちが歌われている。朗々と歌ったのでは雰囲気が出ないが、中森明菜は声の出し方が絶妙で、一節歌うだけでも喜怒哀楽で分けることのできない感情を伝えることができた。まだ子供だった私には、その表現は一種の神秘だった。私にとっては、これと「SAND BEIGE -砂漠へ-」が双璧。

河合奈保子「Invitation」(1982年12月1日)
作詞・作曲:竹内まりや 編曲:大村雅朗
河合奈保子の曲はバラエティに富んでいる。周囲の人が彼女の歌唱力、適応力を生かそうとしていたのだろうか。優等生のイメージを払拭する曲もある。でも、正統派の彼女に合うのは「Invitation」のような世界観だ。曲調もストレートで、焦らずに付き合いたいという思いを、静かに強く愛を込めて歌っていて感動的である。こういう曲を聴くと、優等生も立派な個性だと言いたくなる。

柏原芳恵「春なのに」(1983年1月11日)
作詞・作曲:中島みゆき 編曲:服部克久、J.サレッス
柏原芳恵は歌唱力と色気を併せ持つ歌手で、デビュー時からお姉さんっぽく、この曲のシチュエーションにも合っていた。不意に低めの声で歌われる「それだけですか」や、諦め気味に歌われる「むこうで友達呼んでますね」を聴くと、表情や場景がパッと浮かぶ。悲しく澄んだストリングスの響きに春の匂いが漂い、この歌詞のような体験をしたことがないのに無性に切なくなる。

松田聖子「ガラスの林檎」(1983年8月1日)
作詞:松本隆 作曲・編曲:細野晴臣 編曲:大村雅朗
いくつかの恋を経験し、今、真剣な愛に踏み出そうとしている女性の内面が、繊細に描かれている。歌詞は200字に満たず、メロディーはシンプルだが、必要なことは全て表現されている。ボーカルは、静かに歌う時はしっとりとした潤いがあり、声を張る時はクリスタルのような煌めきがある。そのコントラストが鮮やかだ。イントロは「Invitation」に似ていて、崇高な雰囲気が漂う。

小泉今日子「魔女」(1985年7月25日)
作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:中村哲
当時の超人気アイドルで、こういうエキセントリックな曲を歌ってサマになるのはキョンキョンくらいだった。メロディーの展開が読めず、サウンドがピカピカしていて、変わった音楽だなと思ったが、何度か聴いているうちに中毒になった。アクセントの付け方がセクシーで、「魔女になりたいの、絶対」と強調するところが良い。あの歌い方にグッときた時、私は思春期だったのだろう。

荻野目洋子「六本木純情派」(1986年10月29日)
作詞:売野雅勇 作曲:吉実明宏 編曲:新川博
六本木で「遊び馴れた」女の子が出てくるところが新鮮で、清潔感のある声質、リズムに乗った力強い歌い方にも惹かれた。「見かけだおしでごめんね」の一節からも分かるように、まだ歓楽街に染まりきっておらず、遊んでいるように見えて実は純情というところも、田舎の中学生だった私にはとっつきやすかった。六本木にはこんな子が沢山いるのかな...と勘違いしていた頃が懐かしい。

中山美穂「WAKU WAKUさせて」(1986年11月21日)
作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:船山基紀
強めのビートが心地よく、音色は変化に富み、80年代半ばらしい刹那的なムード満点。キラキラしていて中身はないけど、ノリが洋楽っぽくてカッコいい。早熟な女の子がディスコで踊り、「ワクワクさせてよ」と言い出すドラマ風の設定も中山美穂(当時16歳)に相応しかった。初めて聴いた時は「頭ん中Upside-down」の歌い方が耳に残り、そこばかり頭ん中でリピートしていたものだ。

Wink「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」(1988年11月16日)
作詞・作曲:ストック・エイトキン・ウォーターマン
日本語詞:及川眠子 編曲:船山基紀

原曲の歌詞そっちのけで、作詞家の非凡な言語センスが炸裂している。「Turn it〜」の箇所を「JIN-JIN-JIN 感じてる」に変えてしまう大胆な発想も面白い。「ルームライトを消す〜」など一部きわどい歌詞があるが、Winkの2人が無表情&奇妙な振り付けで踊っていることに注意を奪われていたため、いやらしさは感じなかった。濃厚な味付けのアレンジもインパクトがあり微笑ましい。

工藤静香「恋一夜」(1988年12月28日発売)
作詞:松井五郎 作曲・編曲:後藤次利
平成最初のヒット曲。イントロは暗く、工藤静香の表情も暗い。振り付けもない。メロディーはドラマティックで、音程がとりにくいBメロの「感じた」から、果てしなく高揚していくようなサビに入る構成が完璧だ。歌詞はエロティックで、愛と性の深淵を前にした女の情念を綴っている。誰もが知る女性アイドル曲が減ってきた中、世代を選ばない歌謡曲として聴かれていた印象がある。

80idol a1
 以上10曲が、私的な「1980年代の女性アイドル・ベスト」である。
 暇つぶしのつもりが、つい熱中してしまった。なぜこの曲を選ぶのか、本当に好きだったのか、ヒット曲ばかりでいいのか......過去をいろいろ振り返りながら自問自答するのは、自己分析をしているみたいで面白かった。選ぶことは己を知ることだと改めて思う。

 当時小学生だった私にとって、アイドルの曲を聴くことは最先端でカッコいいこと、ワクワクして楽しいこと、非日常の世界に行くことを意味していた。顔が可愛いだけでも、歌が上手いだけでも満足できなかった。子供が求めるものは果てしない。その感覚を思い出しながら選んだ。
 自己形成していく過程の中、通過儀礼のようにしてふれた80年代のアイドル文化には、やはり愛着がある。今回その思いを新たにしたので、また機会があれば、違うテーマで選んでみたい。
(阿部十三)


月別インデックス