タグ「ヴィルヘルム・フルトヴェングラー」が付けられているもの

  •  自分の好きな作品を紹介し、おすすめの演奏を挙げる時、ルドルフ・ケンペの名前を出していることが少なくない。若い頃は極度の激しさ、奈落の底の暗さ、えぐるような鋭さを求めがちで、過剰な表現に走らないケンペに惹かれることは稀だったが、心身を満たす充実感を味わいたいという気持ちが強くなっている今、何度も聴きたくなる演奏となると、この人の録音に食指が動くのだ。 過剰で...

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  •  スイス出身の大ピアニスト、エドウィン・フィッシャーの著書に『音楽の考察』というエッセイ集がある。邦訳もあり、『音楽を愛する友へ』と題されて新潮社から出ていた(1958年初版)。 フィッシャーはこの本の中で、演奏家の心得を述べ、「作曲家が作品を懐胎した時に彼が霊感を受けていた状態に、われわれ自身の身を置くこと」の大切さを説き、合理主義に傾いている音楽表現や音...

    [続きを読む](2019.01.26)
  • 変化と創造への意思 ベートーヴェンの交響曲第3番は1803年5月から1804年にかけて作曲された。公開初演日は1805年4月7日。作曲のきっかけは定かでないが、ベートーヴェンが完成した作品をナポレオン・ボナパルトに献呈するつもりでいたところ、皇帝に即位したニュースを聞いて失望したという逸話は有名だ。 第2番を作曲したのは1802年のことなので、この第3番の完...

    [続きを読む](2016.11.01)
  • 一回勝負に賭ける演奏 ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが没入を重んじた指揮者だったことは、遺された録音や映像に接すればすぐに分かる。その手記にも、集中と没頭なき芸術が「芸術全般の悲劇の始まり」であると書かれている。彼にとって、単に楽譜に忠実なだけの演奏は非創造的であり、個性的な審美観を振り回す指揮は疑わしいものであった。「私にとって重要なのは、魂に訴えるか否...

    [続きを読む](2016.10.19)
  • 完全無欠 ベートーヴェンの交響曲第5番は、1804年から1808年の間に作曲された。キンスキー=ハルムの作品目録によると、交響曲第3番「英雄」完成後に着手したが、交響曲第4番、ピアノ協奏曲第4番、ヴァイオリン協奏曲などの創作のため中断、1807年に再び取りかかり、1808年の早い時期に書き上げたという。作曲に費やした時間が実質的にどれくらいなのかは不明だが、...

    [続きを読む](2015.08.13)
  • 魅力的なライヴ音源 1975年に椎間板の大手術を受け、1978年に指揮台から落ちて脳卒中に見舞われた後は、健康状態の悪化やベルリン・フィルとの関係悪化(1981年に勃発した「ザビーネ・マイヤー事件」をきっかけに、カラヤンとオーケストラの間には大きな溝が生じた)に悩まされ、それを反映するかのように、統率力が以前よりも緩み、オーケストラの自発性を重んじる傾向が強...

    [続きを読む](2014.10.04)
  • 相反する評価 ヘルベルト・フォン・カラヤン生誕100周年の折、仕事の関係で、私は可能限り伝記や評論に目を通した。この指揮者に関する資料は多すぎるほど多く存在する。賛美に徹したものもあれば、批判に徹したものもある。しかし、そこに記されている評価のポイントは大体において同じである。それを肯定するか否定するかの違いが溝を生んでいるのだ。その最大のポイントは、性格的...

    [続きを読む](2014.10.02)
  • 指揮者の中の王 アルトゥーロ・トスカニーニは19世紀後半から20世紀半ばにかけて君臨したイタリアの大指揮者である。彼の登場により指揮者の地位、オペラの上演スタイル、オーケストラの演奏表現の在り方は大きく変わった。かのオットー・クレンペラーが「指揮者の中の王」と呼ぶほどその影響力は絶大だった。トスカニーニは単に指揮棒を振るだけの人ではなく、音楽監督ないし芸術監...

    [続きを読む](2014.07.08)
  • 巧緻なるデフォルメ パウル・ヒンデミットの『ウェーバーの主題による交響的変容』は1943年8月に完成し、翌年1月にアルトゥール・ロジンスキ指揮のニューヨーク・フィルにより初演された。アメリカ時代、ヒンデミットは『キューピッドとプシュケ』、『エロディアード』、『シンフォニア・セレーナ』などを作曲しているが、それらの中で『ウェーバーの主題による交響的変容』は最も...

    [続きを読む](2014.05.02)
  • 死へと向かう愛 リヒャルト・ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』は1857年10月から1859年8月にかけて作曲された。台本は、ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクの叙事詩(12世紀頃)から得たインスピレーションをもとに、ワーグナー自身が書き上げた。トリスタン伝説をオペラにする計画は元々ロベルト・シューマンが練っていたが実現せず、その弟子カール・リッタ...

    [続きを読む](2014.01.10)
  • 至高の世界へと導く術 カール・シューリヒトは、作品の核に凝縮されている美質を腕力ではなく知の力で表へと引き出す達人だった。録音の際は、細かい書き込みをしたオーケストラのパート譜を一式抱えて臨んでいたようだが、その表現がトリビアリズムに陥ったり、頭でっかちになることはなかった。しばしば「淡々としている」とか「誇張がない」と評されるからといって、冷たいとか物足り...

    [続きを読む](2013.07.17)
  • 数々の名盤 名指揮者と呼ばれる人で「ザ・グレイト」を録音(ライヴ録音も含む)していない人は、ほとんどいない。裏を返せば、それだけ指揮者にとって自分の個性、技術、工夫を投影しやすい作品なのだろう。私の手元にも50種近くのCDがあり、我ながらよくここまで集めたものだと呆れている。 中でも愛聴しているのは、以下の5種である。・ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、...

    [続きを読む](2012.02.23)
  • Apotheose des Tanzes ベートーヴェンの交響曲第7番(通称「ベト7」)は、1813年の初演以来、今日に至るまで変わらぬ人気を誇っている。「運命」や「田園」によって初めて交響曲を知った人が、第7番で交響曲の面白さを知る、という話もよく聞く。もっとも、今は『のだめカンタービレ』の影響でその辺の順番が崩れたようで、『運命』や『田園』より先に第7番...

    [続きを読む](2011.09.29)
  • ワルターからミンコフスキまで 名盤と呼ばれている録音は少なくない。長年、最高の「40番」とされてきたブルーノ・ワルター/コロンビア響の組み合わせを筆頭に、オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管、カール・ベーム/ウィーン・フィル、ヨーゼフ・カイルベルト/バイエルン放送交響楽団(ライヴ)などなど、どれも素晴らしい出来である。 ワルターならコロンビア響よりウィ...

    [続きを読む](2011.04.23)
  •  ワルター・ギーゼキングの「皇帝」といえば、ヘルベルト・フォン・カラヤン/フィルハーモニア管弦楽団と組んだ録音が有名である。昔から名演として知られているので、聴いたことがある人も多いだろう。アルチェオ・ガリエラ/フィルハーモニア管弦楽団との録音もあるが、こちらはカラヤン盤に比べると薄味すぎて物足りない。そこが自己主張の強いベートーヴェンらしくなくてかえって良...

    [続きを読む](2011.04.13)
  • 日本の年末を彩る不朽のメロディー ベートーヴェンの第九といえば、今や日本では年末になくてはならない音楽となっている。コンサート、テレビ、ラジオ、雑誌でも、11月くらいになると、こぞって第九が取り上げられる。ほかの国にはこういった習慣はないので、これはもう日本の風物詩と言っていい。 そもそも第九の日本初演が行われたのは1918年のこと。場所は徳島の俘虜収容所で...

    [続きを読む](2011.03.03)
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