ヒンデミット ウェーバーの主題による交響的変容
2014.05.02
巧緻なるデフォルメ
パウル・ヒンデミットの『ウェーバーの主題による交響的変容』は1943年8月に完成し、翌年1月にアルトゥール・ロジンスキ指揮のニューヨーク・フィルにより初演された。アメリカ時代、ヒンデミットは『キューピッドとプシュケ』、『エロディアード』、『シンフォニア・セレーナ』などを作曲しているが、それらの中で『ウェーバーの主題による交響的変容』は最も大きな成功を収め、現在では『画家マティス』と並ぶ人気を獲得している。
周知の通り、ヒンデミットの作品は1934年にナチスから演奏禁止の処分を受けた。政治による芸術への干渉を非難したヴィルヘルム・フルトヴェングラーの尽力もむなしくバッシングの標的にされた作曲家は、1938年にドイツを去ってスイスに移住し、1940年にアメリカへ渡る。そして振付師レオニード・マシーンから、ウェーバーのピアノ作品をバレエ用に編曲してほしい、と依頼されたのをきっかけに『ウェーバーの主題による交響的変容』を書き上げた。
ユダヤ人でもない作曲家がナチスに激しく攻撃された要因はいくつかある。まずアドルフ・ヒトラーがヒンデミットの作品を不道徳と決めつけ、毛嫌いしていたこと。そうなると取り巻き連中もそれに従うようになる。ほかに、ナチスの集会で使われる行進曲をパロディ化したこと、ユダヤ人と音楽活動を行っていたこと、ヒンデミット作品の人気にナチスが脅威を感じていたことも、バッシングにつながった。
『ウェーバーの主題による交響的変容』は4楽章構成で、各楽章にカール・マリア・フォン・ウェーバーの作品の旋律が引用されている。第1楽章の主題は『4手のためのピアノ曲〈8つの小品〉』の第4曲、第2楽章の主題は付随音楽『トゥーランドット』の序曲、第3楽章の主題は『4手のためのピアノ曲〈6つの小品〉』の第2曲、第4楽章の主題は『4手のためのピアノ曲〈8つの小品〉』の第7曲。いずれも巧みなパロディで、極端にデフォルメされていて、群をなすような楽器の動きも独自的だ。
打楽器の豊富さもこの作品の特徴で、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、テナー・ドラム、タムタム、タンブリン、トライアングル、小ゴング、シンバル、小シンバル、鐘、グロッケンシュピールが活躍する。
第1楽章はまるで異形の舞曲。明るくなればなるほど不気味になる奇異な美しさ、一点の曇りもない怖くなるほどの明晰さが全体を支配している。第2楽章の楽想もエキセントリックで、異国的で愛らしい冒頭の雰囲気が徐々に消え去り、多彩な打楽器が炸裂したり、金管がスウィング風のリズムをとったりする。ゆるやかな第3楽章を経て、第4楽章に突入するとファンファーレが響き、ドイツ・ロマン派の雰囲気を醸しつつ、展開部からハリウッド的なスケール感と爽快感が広がっていく。西部劇に出てくるモニュメント・バレーが目に浮かびそうである。
ウェーバーはワーグナーが敬愛していた作曲家である。そして、ワーグナーはヒトラーが敬愛していた作曲家である。ヒンデミットがウェーバーの作品をここまでモダンな音楽に仕立てたのは、それを踏まえてのことではないかと思われる。そう考えたくなるほど、ウェーバーの音楽を容赦なく、快楽的に、なおかつ巧緻の極みともいうべき手際で解体し、再構成している。もしナチス支配下のドイツで演奏されたら、火に油を注ぐ結果になっただろう。
とくに理由もないまま、ある作品を集中的に聴き出し、それが何ヶ月も(あるいは何年も)続くことがあるが、私はこの4ヶ月余り、『ウェーバーの主題による交響的変容』ばかり聴いていた。目覚める時と寝る前に聴く生活を続け、そのサイクルから脱することが出来なかった。昔聴いた時は何とも思わなかったのにここまで溺れたのは、オイゲン・ヨッフム指揮、ロンドン交響楽団による演奏に魅了されたからである。1977年のライヴ音源だ。恰幅の良い演奏で、それでいてアンサンブルに乱れがなく、この作品をシンフォニックな迫力とみずみずしさで満たしている。
【関連サイト】
Paul Hindemith(www.hindemith.info)
ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容(CD)
パウル・ヒンデミットの『ウェーバーの主題による交響的変容』は1943年8月に完成し、翌年1月にアルトゥール・ロジンスキ指揮のニューヨーク・フィルにより初演された。アメリカ時代、ヒンデミットは『キューピッドとプシュケ』、『エロディアード』、『シンフォニア・セレーナ』などを作曲しているが、それらの中で『ウェーバーの主題による交響的変容』は最も大きな成功を収め、現在では『画家マティス』と並ぶ人気を獲得している。
周知の通り、ヒンデミットの作品は1934年にナチスから演奏禁止の処分を受けた。政治による芸術への干渉を非難したヴィルヘルム・フルトヴェングラーの尽力もむなしくバッシングの標的にされた作曲家は、1938年にドイツを去ってスイスに移住し、1940年にアメリカへ渡る。そして振付師レオニード・マシーンから、ウェーバーのピアノ作品をバレエ用に編曲してほしい、と依頼されたのをきっかけに『ウェーバーの主題による交響的変容』を書き上げた。
ユダヤ人でもない作曲家がナチスに激しく攻撃された要因はいくつかある。まずアドルフ・ヒトラーがヒンデミットの作品を不道徳と決めつけ、毛嫌いしていたこと。そうなると取り巻き連中もそれに従うようになる。ほかに、ナチスの集会で使われる行進曲をパロディ化したこと、ユダヤ人と音楽活動を行っていたこと、ヒンデミット作品の人気にナチスが脅威を感じていたことも、バッシングにつながった。
『ウェーバーの主題による交響的変容』は4楽章構成で、各楽章にカール・マリア・フォン・ウェーバーの作品の旋律が引用されている。第1楽章の主題は『4手のためのピアノ曲〈8つの小品〉』の第4曲、第2楽章の主題は付随音楽『トゥーランドット』の序曲、第3楽章の主題は『4手のためのピアノ曲〈6つの小品〉』の第2曲、第4楽章の主題は『4手のためのピアノ曲〈8つの小品〉』の第7曲。いずれも巧みなパロディで、極端にデフォルメされていて、群をなすような楽器の動きも独自的だ。
打楽器の豊富さもこの作品の特徴で、ティンパニ、大太鼓、小太鼓、テナー・ドラム、タムタム、タンブリン、トライアングル、小ゴング、シンバル、小シンバル、鐘、グロッケンシュピールが活躍する。
第1楽章はまるで異形の舞曲。明るくなればなるほど不気味になる奇異な美しさ、一点の曇りもない怖くなるほどの明晰さが全体を支配している。第2楽章の楽想もエキセントリックで、異国的で愛らしい冒頭の雰囲気が徐々に消え去り、多彩な打楽器が炸裂したり、金管がスウィング風のリズムをとったりする。ゆるやかな第3楽章を経て、第4楽章に突入するとファンファーレが響き、ドイツ・ロマン派の雰囲気を醸しつつ、展開部からハリウッド的なスケール感と爽快感が広がっていく。西部劇に出てくるモニュメント・バレーが目に浮かびそうである。
ウェーバーはワーグナーが敬愛していた作曲家である。そして、ワーグナーはヒトラーが敬愛していた作曲家である。ヒンデミットがウェーバーの作品をここまでモダンな音楽に仕立てたのは、それを踏まえてのことではないかと思われる。そう考えたくなるほど、ウェーバーの音楽を容赦なく、快楽的に、なおかつ巧緻の極みともいうべき手際で解体し、再構成している。もしナチス支配下のドイツで演奏されたら、火に油を注ぐ結果になっただろう。
とくに理由もないまま、ある作品を集中的に聴き出し、それが何ヶ月も(あるいは何年も)続くことがあるが、私はこの4ヶ月余り、『ウェーバーの主題による交響的変容』ばかり聴いていた。目覚める時と寝る前に聴く生活を続け、そのサイクルから脱することが出来なかった。昔聴いた時は何とも思わなかったのにここまで溺れたのは、オイゲン・ヨッフム指揮、ロンドン交響楽団による演奏に魅了されたからである。1977年のライヴ音源だ。恰幅の良い演奏で、それでいてアンサンブルに乱れがなく、この作品をシンフォニックな迫力とみずみずしさで満たしている。
ヒンデミットの擁護者であるフルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルの演奏も濃密で素晴らしいし、エサ=ペッカ・サロネン指揮、ロス・フィルの演奏もディヴェルティメント的な精緻さがあり面白いが、私がヨッフム盤に比肩する名演奏として推したいのは、オトマール・スウィトナー指揮、シュターツカペレ・ドレスデンによる1967年の録音だ。シャープな切れ味、若々しい躍動感、色彩感溢れる響きが一体となり、耳を楽しませる。これまたやみつきになること間違いなしだ。
(阿部十三)
【関連サイト】
Paul Hindemith(www.hindemith.info)
ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容(CD)
パウル・ヒンデミット
[1895.11.16-1963.12.28]
ウェーバーの主題による交響的変容
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
オイゲン・ヨッフム指揮
ロンドン交響楽団
録音:1977年(ライヴ)
オトマール・スウィトナー指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1967年
[1895.11.16-1963.12.28]
ウェーバーの主題による交響的変容
【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
オイゲン・ヨッフム指揮
ロンドン交響楽団
録音:1977年(ライヴ)
オトマール・スウィトナー指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1967年
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