音楽 CLASSIC

ハイドン 交響曲第94番「驚愕」

2020.10.10
第2楽章の16小節

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 100作以上あるハイドンの交響曲の中でも一、二を争うくらい有名な第94番は、1791年にロンドンで作曲された。初演は、1792年3月23日に行われている。「驚愕」という副題は初演後すぐに付けられて広まったという。
 この副題は、第2楽章の16小節目で突然鳴らされるフォルテッシモの強音に由来している。それまで静かに弦楽器が主題を奏でていたところに、不意打ちのようにして全合奏で大きな音が鳴り響くのだ。聴衆が文字通り驚愕したことは容易に想像できる。参考までに、この副題はドイツ語では「Mit dem Paukenschlag」と表記される。訳すと「ティンパニの一撃付き」だ。

 実は、この「一撃」は初期のスケッチには存在せず、後で加えられたものであることが分かっている。では、なぜハイドンはこんな仕掛けを施したのだろうか。それについては、演奏中に居眠りしている貴族たちを驚かそうとしたのだと言われている。1791年からロンドンで何度か演奏会を開いているうちに、寝ている人が多いことに気付き、一発かましてやろうと思った、というわけだ。これはおそらくハイドン流の悪戯、冗談だったのだろうが、当時はフランス革命の時期でもあり、貴族社会に一石を投じる行為として面白がられた可能性はある。

 第1楽章はアダージョで始まり、短い序奏の中でニ長調からニ短調に転調する。主部はヴィヴァーチェ・アッサイ。ここでト長調になり、明るい旋律とキビキビとしたリズムが横溢し、きらびやかな光彩を放つ。
 第2楽章はアンダンテ。ハ長調で主題がpで呈示され、9小節目からppになり、16小節目でffの強音が鳴り響く。形式は変奏曲形式で、主題と4つの変奏とコーダとで成り立っている。
 第3楽章はメヌエットだが、テンポはアレグロ・モルト。主題はシンプルだがエレガントな響きを持つ。トリオはやや複雑で、ふわふわした印象を残し、最後は主題がくっきりと再現されて締められる。
 第4楽章はアレグロ・ディ・モルト、ロンド・ソナタ形式。第3楽章の主題を変型させた第1主題が爽快なテンポでぐるぐる旋回して勢いをつけながら、やがて一直線に高揚していく。コーダでは木管が主題を奏でた後にティンパニが鳴り響き、弦楽器が勢いよく波打ち、力強く結ばれる。

 この曲は第2楽章ばかり注目されがちだが、要となるのは第1楽章だ。第2楽章や第4楽章は良くても、第1楽章が冴えない演奏は多い。いくら軽快なヴィヴァーチェ・アッサイでも、ただリズムを刻んでいるだけでは冗漫になり、ダレてくるのである。細かいシンコペーションの箇所も、集中力が緩むと変化の面白さが失せ、ただ流れているだけの演奏になる。

 ハイドンの交響曲の中では一、二を争うくらい有名と書いたが、当然のことながら録音も多い。200種類くらいあるのではないだろうか。昔、名盤カタログでヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ウィーン・フィルの演奏(1951年録音)が絶賛されていたのを読んだことはあるが、巷で何が決定的な名演奏と言われているのかはよく分からない。有名作品なのに、そういう情報が少ないように思われる。
 普遍的な演奏というと、粗がなく整然として落ち着いたものを望みがちだが、私がこの作品の演奏に望むのは、第1楽章のリズムがきちんと引き締まっていること、第2楽章の大音響が驚愕レベルであること、全体的に整然としすぎず覇気があることだ。これらを満たし、なおかつ品格もある演奏として、私はカルロ・マリア・ジュリーニ指揮、フィルハーモニア管の録音(1956年録音)を好んで聴いている。ジュリーニはこの作品を得意としていて、何度かコンサートで取り上げているが、どれも旋律の歌わせ方がしなやかだし、重心がしっかりとしていて素晴らしい。

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 アンタル・ドラティ指揮、フィルハーモニア・フンガリカの演奏(1972年録音)は、表現が明確で、緩急強弱がはっきりしていて、ダイナミックなうねりもある。それでいて、弦の響きはエレガントで、ゆったりとした旋律も美しく聴かせる。初めて「驚愕」を聴く人にお薦めしたい録音だ。
 アルトゥーロ・トスカニーニ指揮、NBC交響楽団の演奏(1953年録音)は超快速テンポで、全体の演奏時間は20分に満たず、第3楽章は2分36秒というスピード。やりすぎという声もあるが、そこはハイドンを得意としていたトスカニーニ、的外れなことはしていない。旋律はよく歌っているし、リズムがダレることもなく、音楽が燃焼している。
 カルロス・クライバーの音源も3種類(1972年、1982年、1983年ライヴ録音)遺されている。1972年にケルン放送響を振ったライヴはスピード感、高揚感に溢れていて、特にエキサイティングだ。そしてハイドンらしいエレガンスにも溢れている。細かいアクセントの付け方に神経が行き届いていて、楽器の音が生き生きしているのもポイントだ。
(阿部十三)


【関連サイト】
Joseph Haydn(CD)
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン
[1732.3.31-1809.5.31]
交響曲第94番 ト長調 「驚愕」

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1956年

アンタル・ドラティ指揮
フィルハーモニア・フンガリカ
録音:1972年

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