文化 CULTURE

続々・絶対レコード主義 アナログ盤千夜一夜

2013.05.11
レコード・コンサートの愉しみ

 過日、今も交流を続けている翻訳学校の元生徒さんから頂戴したお手紙に次のような一節があった。曰く、「レコード・コンサート(初めて聞く言葉です)」。筆者よりかなりお若い彼女にしてみれば、当然ながら聞き慣れない言葉だっただろう。〈レコード・コンサート〉とは、ある空間(家、オーディオ設備の整った一室、またはスタジオなど)で、大音量でアナログ盤の音に耳を傾けて楽しむことをいう。〈〜レコード〉という社名や店名がまだ現存する限り、〈レコード〉は死語ではないだろうが、〈レコード・コンサート〉という古めかしい言葉を見聞きしてピンと来る人は、恐らく40代後半かそれ以上の年齢の人々だろう。もちろん筆者もそのひとり。が、筆者の心の中では〈レコード・コンサート〉は死語ではない。何故なら、拙宅でしょっちゅうそれを催しているからだ。そしてお客様たちに喜ばれている。酒席を共にしつつ大音量でレコードを聴く時間......まさに至福のひと時。

 件のレコード・コンサート参加者の常連さんで、某語学出版社の編集者T氏から届いたメールに以下のような文言があり、筆者はちょっぴり照れくさくなったものだ。「オリジナル原理主義の恰好よさを泉山さんから教わりました」ーーT氏がいわんとしているのは、あるアーティストの曲を聴くためにベスト盤を購入するのではなく、その曲が収録されている〈オリジナル盤LP〉をこよなく愛する筆者の偏執的とも言えるレコード鑑賞法なのだろう。もちろん、気に入っている全てのアーティストのオリジナル盤LPを全作蒐集する根性も経済的余裕もないが、筆者は昔からベスト盤やオムニバス盤(今ならコンピレーション・アルバムの方が通りがいいだろう)の類が大の苦手である。その盤にしか収録されていない曲を聴きたい場合に限り、止むを得ず購入するが、ヒット曲詰め込み主義のベスト盤はどうしても好きになれない。また、筆者の四半世紀来の女友だちもベスト盤やオムニバス盤を忌み嫌っており、「あれを『アルバム』と呼ぶ人の気が知れない」と一刀両断していた。全く以て同感である。

 オリジナル原理主義。一歩間違えるとレコード・テロリストになってしまいそうだが(苦笑)、確かにオリジナル盤に優る音源はない、と思ってこれまで音楽を聴いてきた。よって、例えばアナログ盤しかなかった時代のアーティストの音源を求める際に、筆者は勝手に音をいじくり回したCDには目もくれない。少々値が張っていてもオリジナル盤LP(そのアーティストが直接契約しているレーベルから最初にリリースされた音源)を入手するようにしている。そして、必ずやその値段に見合った良質の音をオリジナル盤LPは醸し出してくれるのだ。ひとつ残念なのは、CD全盛時代になってからーー特に1980年代後期以降ーーオリジナルUS盤LPのカッティング・レヴェルが急速に低下したことである。その一例がLLクールJの大傑作『MAMA SAID KNOCK YOU OUT』(1990年)だが、これについては後述。

国が変われば音も変わる

 筆者が懇意にしている北名古屋市のOTAIRECORDさんから、昨年、マーヴィン・ゲイの大好きなアルバム『I WANT YOU』(1976年)の180g重量盤を購入した。実は筆者は、シールド(=未開封)も含めて、同アルバムのオリジナルUS盤、US再発盤、日本盤、ドイツ盤など、計6〜7枚ぐらい持っているのだが(CDは勘定に入れない)、これまで聴いたどの音源よりも音が素晴らしかった。もう何十年も聴いているのに、〈初めて聞こえたマーヴィンの声や楽器の音〉があちらこちらに散らばっており、手元に届いた瞬間にすぐさま居間のターンテーブルに乗せて大音量で聴いた時には、本当に腰が抜けるほど驚愕したものだ。久々に「生きていて良かった!」と思った瞬間でもあった。しかしながら、180g重量盤はオリジナル盤とは言い難い。〈音の柔らかさ〉という点では、やはりオリジナルUS盤の方が優っている。しかしながら、同アルバムの180g重量盤は、オリジナル盤に優るとも劣らない音質であることは確かだ。近年、180g重量盤、更に200g重量盤を家人と共に取り憑かれたように買っている最大の理由はそこにある。
 LLクールJの『MAMA SAID KNOCK YOU OUT』のオリジナルUS盤LPはカッティング・レヴェルが低過ぎて最悪の代物であったが(筆者の盟友でプロのラッパーの下町兄弟もそのことを指摘/サスガにいい耳をしている!)、同アルバムの180g重量盤(2枚組)は耳と身体にズシンとくる、文字通り重量級の音であった。以来、筆者は同アルバムのオリジナルUS盤を二度と聴かなくなった。ジャケ写が単なる〈飾り〉に成り下がってしまったのである。恐らく、当時のDef Jam関係者は、同アルバムを2枚組LPでリリースすると値段が高くなってしまうために売り上げに響くと考えて、塩化ビニールをケチッて1枚のLPに無理やり全曲を収録してしまったのだろう。くり返すが、『MAMA SAID KNOCK YOU OUT』のオリジナルUS盤のLPの音は酷過ぎる。あれでは捨て曲ナシの同アルバムの珠玉の収録曲たちが台無しだ。

至高のオランダ盤

 アメリカのアーティストであれば、直属のアメリカのレーベルからのオリジナル盤が最も望ましい。イギリスのアーティストならば、やはり直属のイギリスのレーベルからリリースされたアナログ盤を買い求めたい。しかしながら、様々な国のLPや12"シングルを聴き較べているうちに、筆者はあることに気付いた。筆者は同じアルバムでも異なる国からリリースされているものを見つける度に購入するという不治の病の持ち主だが、先述の『I WANT YOU』は、180g重量盤を除けば最も音質が良かったのは、実はドイツ盤である。これは、大学卒業間際に旅したフランクフルトのレコード屋で購入したもので、今でも大切に保管してあり、180g重量盤を入手する前は、『I WANT YOU』を聴くなら決まってドイツ盤LPであった。また、ドイツ盤の素晴らしいところは、LPのジャケ写の上部にアーティスト名とタイトルがプリントされている点。つまり、レコード屋で目当てのレコードを探す際に、購入者の手間を省けるような工夫が施されているのである。モノ作り大国ドイツならではの配慮と言えるだろう。家人の私物であるドアーズのベスト盤(LP2枚組)はドイツ盤だが、この音がもう......筆舌に尽くし難いほど素晴らしく、筆者は聴く度に陶酔感に包まれてしまう。

 意外に思われるかも知れないが、ヨーロッパ盤で最も高音質のアナログ盤を提供してくれるのがオランダである。筆者はR&B/ソウル・ミュージック、ロック系のオランダ盤しか持っていないが、いずれも音質は、それぞれのアーティストの出身国からリリースされたいわゆる〈オリジナル盤〉以上に音が良い。かつて「古いソウルをしつこく追い掛けて真剣に聴いているのは、世界中でイギリス人と日本人、そしてオランダ人だけだ」と言われていた、という話を、筆者は遥か昔に音楽仲間から聞かされたことがある。そのことが起因しているのかどうかは判らないが、とにかくオランダ盤のLPや12"シングルの音質は極上だ。針飛びも全くない。ご興味のある方は、中古レコード屋さんに行った際に、ジャケ写やレーベルに〈Holland〉の文字があるものを購入してお試しあれ。その音質の良さに必ずや感動するはずである。ヨーロッパ盤に関してもうひとつ言わせてもらうなら、筆者の手持ちのR&B/ソウル・ミュージック系のLPの各国盤をそれぞれ聴き較べてみたところ、フランス盤の品質が最も劣ることが判明。新品であるにも拘らず、塩化ビニールの使用量を最小限に抑えたのか、盤は団扇の如くペラペラ、そして肝心の音はまるでジュークボックスで演奏過多を経たかのようにガリガリ。例えば筆者はマーヴィン・ゲイ『LIVE!』(1974年)の中国盤を持っているが、こちらの方が音がいいぐらいだ。

日本盤LPの「特性」

 幼い頃から洋楽愛好家だった筆者は、10代の頃から既に輸入盤(=オリジナル)派だったが、〈輸入盤=針飛びが生ずる〉というのが洋楽愛好家の間では暗黙の了解であり、針飛びを毛嫌いする人々はカッティング・レヴェルが低く、更に価格の高い日本盤を購入する傾向にあった。それでも筆者は構わず輸入盤を買い漁った。針飛びなど、自分で直せるからである。その一方では、筆者はいつも疑問に思ってきた。何故に日本盤LPのカッティング・レヴェルはあれほどまでに低いのかと。例えば、歌い上げるタイプのシンガーが、その曲の一番の聞かせどころで激越しても、その感動が少しも伝わってこないほどカッティング・レヴェルが低いのである。が、中には例外もあって、例えば、拙宅にある家人の私物:ザ・フー『FACE DANCES』(1981年/ソニー盤)のカッティング・レヴェルは驚くほど高い。もちろん、音質も抜群。これは、CD時代になってからもままあることだが、〈輸入盤仕様〉と称して、輸入盤に解説や歌詞・対訳を添えてパッケージを施し、通常料金よりも安価で日本のレコード会社がリリースする場合がある。そうした場合、当然ながらマスターから直接録った音なわけで、カッティング・レヴェルが低かろうはずがない。そしてカッティング・レヴェルの低さに目をつぶれば、日本盤の素晴らしいところは、〈絶対に針飛びを起こさない〉点である。これまたドイツ同様、モノ作り大国の面目躍如。

 例えばe-bayやアメリカのAmazonなどでは、日本盤LPが高額で出品されているが、苦笑を禁じ得ないのは、日本盤独自の〈帯〉が〈obi〉とそのままアルファベット化され、更に帯付きである場合、付加価値が付いて高額で取り引きされていることだ。筆者の音楽仲間たちの〈帯〉に対する姿勢は大別して2種類に分かれる。LPを買った瞬間に帯を破り捨ててしまう人。逆に、絶対に帯を外さずにいつまでもそのままにしておく人。筆者は後者であり、決して日本盤LPから帯を外さない。たとえそれが、ジャケ写のデザインの邪魔になっても、だ。ところが家人は、私物の日本盤LPの帯を全て破棄してしまっていた。筆者はそのことを責めたが、もはやどうにもならない。ザ・フーのデビュー・アルバム『MY GENERATION』の帯付き日本盤LPが、一時期、ネット・オークションで10万円という法外な値段で出ていたと知り合いの編集者さんが教えてくれたことがあったが、帯なしだと、その何分の一かの値段になってしまうのだそうだ。たかがobi、されどobi。そして家人は、そのLPを友人にポンとくれてやり、後にCDで買い直した。嗚呼、何とまあ惜しいことを......。

郷愁の日本盤シングル

 帯に短し襷に長し(?)の話はこれぐらいにして。筆者が日本盤で好きなのは、何と言ってもシングル盤である。中にはカッティング・レヴェルが絶望的に低いものもあるが(例:マーヴィン・ゲイ「エーント・ザット・ペキュリアー」/1965年リリース/音が籠もり過ぎていて聴くに堪えない)、時代を感じさせるキャッチ・コピ―や邦題、そして〈歌〉ではなく〈唄〉と表記してあったり、デュオの場合、〈〜&〜〉ではなく〈〜と〜〉となっていたりと、見ているだけで楽しく、また、懐かしさが込み上げてきてしまう。たとえ自分がその曲をオン・タイムで聴いていなくても。
 たまにビックリするほどカッティング・レヴェルの高い日本盤シングルもあり、「日本盤もなかなかどうして侮れない」とも思う。筆者がこれまでに最も驚愕したのは、ショッキング・ブルー「Venus」の日本盤シングル(曲そのものは1969年に全米No.1/「悲しき鉄道員」とのカップリングの日本盤シングルのリリース年は不明/定価¥500)である。ピクチャー・スリーヴの裏面には、〈オランダ・ピンク・エレファント原盤〉とわざわざ明記してあるから、恐らくそのお蔭でカッティング・レヴェルが高いのでは、と勝手に推測しているのだが......。サスガはオランダ盤の成せる業である(ご存知の方も多いだろうが、ショッキング・ブルーはオランダ出身のグループ)。

 また、同じ曲でも、盤によって音質が全く異なるものもある。拙宅にはママス&パパスの大ヒット曲「California Dreaming(邦題:夢のカリフォルニア)」)(1966年/全米No.4)の日本盤シングルが2種類あるのだが、〈ダンヒル・シリーズ〉と銘打った「マンデー・マンデー」(1966年/全米No.1)とのカップリング盤と、〈ダンヒル・ヒット・シリーズ〉と銘打った「Somebody Groovy(邦題:いかした娘)」とのカップリング盤には、音質に雲泥の差がある。はっきり言ってしまえば、後者の音は、まるで(筆者が昔から大嫌いな)カセット・テープに録音したような音にしか聞こえないのだ。これは本当にマスターから直接落としたのだろうか?と疑いたくなるほど音質が悪い。たまたまピクチャー・スリーヴとカップリング曲が異なっていたのでうっかり2種類購入してしまったのだが、カッティング・レヴェルが悪い方は一度しか聴いていない。そして半永久的に聴くことはない。そういう意味では、日本盤シングルは間違いなく〈ジャケ買い〉の趣味の域を出ない。

 中古レコード愛好家のみなさんは先刻ご承知だろうが、購入の際にはリリース国をきちんと見極めることをお薦めしたい。帯なしでも日本盤ということもあり(そもそも放出した人が帯を捨ててしまっているから。その場合、帯付きよりも安価であることは言を俟たない)、オリジナル盤だと思って買ったのに......と後悔する羽目になること必至。それにしても日本盤の〈帯〉は面白い代物だと思う。着物文化の名残だろうか。CDの時代になってからも、帯文化は連綿と受け継がれている。一説によると、レコード(CD)店の店員さんがジャンル分けをし易いように、上部に〈ロック〉、〈ポップス〉などと表記するため、とか、アーティスト名をカタカナ表記で認知している購買者のための配慮だとか......。真偽のほどは判らないが、〈帯〉が今なお日本における音楽産業のひとつの文化として残っていることは、非常に珍しい現象である。

そしてレコードは回り続ける

 だいたい月に一度の割合で拙宅で催している〈レコード・コンサート〉。様々な知人・友人が集うのだが、それぞれの反応が実に興味深い。ドーナツ盤(=シングル盤)に抗い難い郷愁を抱く人、ジャケ写が時代の匂いをタップリと吸い込んだ1960年代のLPを押し頂いて陶然とする人、ハート型やヒト型を象ったピクチャー・レコードがターンテーブルの上をクルクルと回る様子に、最初から最後までジッと見入る人...etc.。その反応もまた様々で、見ているこちら側まで楽しくなってしまう。筆者にとって最も嬉しいひと言は、あるレコードを手に取った客人が口にする言葉「これ、聴いてみていいですか?」。それが自分でも持っていることをすっかり忘れていたレコードだったりすると、もう無上の悦びである。「そっかあ、このレコード、持ってたんだ! 聴くのは何年振りだろう......」と。〈レコード・コンサート〉にいらして下さる皆様にはそのひと時を心の底から楽しんで頂いているのだが、実は一番楽しんでいるのは筆者自身なのかも知れない。居間のダイニング・テーブルやオーディオ・セットの前に無造作に置かれた、様々な国のシングル盤やLP、12"シングルの数が多いければ多いほど、その悦びが更に増す。酒もまた更に旨し。酔いに任せて45回転のUK盤12"シングルをうっかり33回転でプレイしてしまうこともしばしば。客人たちは揃って笑い声を上げる。それもまた楽し。
(泉山真奈美)


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