文化 CULTURE

谷崎潤一郎 『人面疽』について

2021.03.13
怪奇風味の短編小説

 谷崎潤一郎の『人面疽』は、『新小説』(1918年3月号)に掲載された怪奇風味の短編小説である。不気味な映画の謎に迫るサスペンスフルな話でありながら、特異な美意識が注ぎ込まれていて、その味わいは神秘的とも猟奇的とも言える複雑なものとなっている。後に映画製作に関わることになる谷崎は、当初これを映画化の第一作目として考えていた。

怪異を起こす映画

 1910年代、ハリウッドで成功し、日本に帰国した女優・歌川百合枝は、自分が主演した奇妙な作品が新宿や渋谷辺の映画館で上映されているという噂を耳にする。タイトルは『人間の顔を持った腫物』(邦題『執念』)。しかし、百合枝にはそんな映画に出た記憶がない。
 その話の筋はというとーー

 港町の遊廓に住む華魁・菖蒲太夫が、アメリカ人の船員と恋に落ちる。2人は駆け落ちを画策し、彼女に恋い焦がれている「笛吹きの乞食」に手伝ってもらい、遊廓から脱け出すことに成功する。乞食は報酬として、太夫と一晩共にすることを望むが、太夫が断固拒絶したため、呪いの言葉を吐いて海に身を投げてしまう。
 アメリカ行きの船の船艙に隠れた太夫は、数日後、自分の膝頭に人間の顔のような腫れ物が浮かんできたことに気付く。それは時間が経つにつれ、「乞食の顔を全く生き写しにした、本物の人間の首」になってくる。彼女は恐怖に襲われる。
 アメリカで船員と新生活を始めた彼女は、膝に浮き出た「人面疽」を隠しながら暮らすが、ついに船員にバレる。彼女は逃げ出そうとする船員を絞め殺し、人面疽はその死体を眺め、「にやにやと底気味悪い笑い」を漏らす。それからというもの、彼女の気性は人面疽に支配され、波乱に満ちた人生を送り、無惨な最期を遂げる。

 ストーリーを聞かされても、百合枝は全く思い出せない。彼女がこれまでに出演してきた多数の作品から、何者かが必要な部分を選び取り、つなぎ合わせて別作品に仕上げたのかもしれない。問題は、乞食役の日本人俳優が誰なのか分からない点、そして、彼女の膝に人面を焼き込む合成があまりにもリアルな点である。彼女はなんとしても映画を観てみたいと思うが、なかなかタイミングが合わない。
 その後、彼女は日東写真会社のH氏から興味深い話を聞く。『人間の顔を持った腫物』は、怪異を起こす化け物のような映画で、日中に大勢で観る分には問題ないが、夜一人で観ると、気が狂ったり、病気になったりするというのだ。スクリーンから微かに人面疽の笑い声が聞こえてきて、それが精神に影響を及ぼすらしい。彼女はH氏から会社内にフィルムが所蔵されていると聞き、早速それを透かして見てみる。しかし、そこに映っている乞食の顔には見覚えはなかった。謎は謎のまま解決を見ず、この小説は終わる。

医学書に記された奇病

 古くから奇病とされ、恐れられていた人面瘡(人面疽)に関する資料は少なからずある。戦国時代の医学全書『古今医統大全』(1556年)の巻之九十二によると、多くは腿(股)の上に出来、口と目があり、口からは飲食を行うという。治療薬は貝母(アミガサユリ)とされる。
 『伽婢子』(1666年)の巻之九「人面瘡」には、ある農民が発熱に苦しんだ後、左腿の上に「目口ありて鼻耳はなし」の人面が浮き上がり、その人面が酒を飲んだり食事をしたりする逸話が記されている。農民は痩せ疲れ、死を待つばかりとなるが、旅僧が貝母を粉末にし、人面瘡の口を押し開いて強引に飲ませたところ、17日後に病が癒えた。
 曲亭馬琴の読本『新累解脱物語』(1807年)では、4歳の美しい娘さくが岸辺で転び、膝を怪我した後、その膝に女性の人面瘡が出現する。それは怨霊の祟りによるものであり、罵ったり、毒気を吐いたりするなど攻撃的な性格を持ち、周囲の人々を巻き込んでの大騒ぎとなる。谷崎は馬琴の読者だったので、着想はこの辺りから得たのではないかと推測される。

美しい足に醜い顔を

 谷崎が(男女問わず)美しい足を好み、崇めていたことはよく知られている。『刺青』(『新思潮』 1910年11月号)で彫物師に狙われる女も、まず足が魅力的だったし、『少年』(『スバル』 1911年6月号)では信一の「真っ白な柔かい足の裏」を3人の子供が舐める場面がある。足の描写に変態的な情熱を注いだ『富美子の足』(『雄弁』 1919年6月号)もある。

 一方で、谷崎には美しいものに醜いもの、痛々しいもの、汚いものを付着させる趣味があった。ただし、それは汚辱趣味とは異なる。谷崎自身は、醜いとされるものに得体の知れない美しさを見出す感性の持ち主だった。評論『活動写真の現在と未来』(『新小説』 1917年9月号)でも、「たとえどんなに醜い顔でも、其れをじっと視詰めて居ると、何となく其処に神秘な、崇厳な、或る永遠な美しさが潜んで居るように感ぜられる」と書いている。こういった物の見方は老年まで変わることなく、『過酸化マンガン水の夢』(『中央公論』 1955年11月号)では、夢の中で、自分の排泄物の色に見惚れている。

 谷崎にとって、美しいものに醜いものをくっつけるという一見いびつな取り合わせは、単純な美しさに様々なやり方で異種のものを配合し、複雑な美しさを作り出そうという意図から為されている。いわば美の実験であった。
 例えば、初期の『飈風』(『三田文学』 1911年10月号)では、美しい肉体を持つ直彦の足に大量の膿を含んだ「根太」ができるという形で表現されている。『アヴェ・マリア』(『中央公論』 1923年1月号)でも、白人の男子の足には「鼠の糞のような」垢がたくさん付着している。『人面疽』で「白繻子のような美しい膝頭」に醜い人面疽を浮き上がらせたのも、そういった嗜好の現れとみていいだろう。

同時代の人々

 「笛吹きの乞食」の顔はどれほど醜いものだったのか。それについては、『プラーグの大学生』(1913年)に出演していたドイツの俳優パウル・ヴェゲナーに匹敵するほどの「陰鬱な、物凄い表情」と記されている。では、ヴェゲナーの映画を観て小説を書くヒントを得たのかというと、そういうわけでもないらしい。谷崎に私淑していた今東光によると、実際にモデルとしていたのはヴェゲナーではなく、漢学者・木蘇岐山の息子で、作家兼翻訳家の木蘇穀だという(「文壇三大醜男」の一人だったらしい)。

 歌川百合枝というキャラクターは、1910年代にハリウッドで活躍した日本人女優・青木鶴子と、高い身体能力を持っていたサイレント初期の活劇の女王パール・ホワイトを合わせたようなところがある。
 青木鶴子は後の早川雪洲夫人。彼女は1914年にトマス・H・インス監督の『火の海』に出演しているが、これも『人間の顔を持った腫物』のように、日本人の娘が海の向こうからやってきたアメリカ人船員と恋に落ちる設定であった。
 もっとも、共通する設定はそこだけで、『人間の顔を持った腫物』に漂う毒々しさ、血なまぐささ、邪悪な雰囲気は、あくまでも谷崎の創造物である。その世界観は『お艶殺し』(『中央公論』 1915年1月号)を思わせるもので、毒婦物の講釈本に通暁していた谷崎の趣味が色濃く反映されている。

あの日本人は何者なのか

 この作品の最大の謎、「笛吹きの乞食」役の青年が何者なのかという問題については、答えがないまま放置されている。ひとつ確かなのは、百合枝が会ったこともない日本人男性だということだ。
 実はこの謎について、谷崎は物語の半ばで、答えをほのめかしている。映画の内容を聞かされた後、「百合枝は何だか、自分が実際の菖蒲太夫であって、怪しい一人の日本人に呪われて居るような心地がした」と。

 谷崎の主張に従うと、映画というものは、俳優本人ですら気が付いていない顔や肉体の魅力をしっかりと見せ、観客に気付かせるものである。これによって、俳優本人や家族以上に観客の方がその俳優のことを細部まで知るようになる、という現象が起こる。
 8年後に書かれた『青塚氏の話』(『改造』 1926年8〜11月号)は、まさにその現象をテーマにした作品だ。女優・深町由良子の出演作を事細かに観ることによって、彼女の身体の特徴、各部位の動き方を知り尽くした異常なファンが登場し、由良子の夫を精神的に脅かすのである。

 「笛吹きの乞食」役の青年も、おそらく熱狂的な歌川百合枝ファンなのだろう。彼女に対して叶わぬ想いを抱き、その作品を収集できるだけ収集し、細かく切って自分好みのストーリーに編集し、自ら焼き込み技術まで習得して、自分の顔を、百合枝の肉体の中で最も魅力的な部分、足の膝に刻印したのである。

 『人間の顔を持った腫物』の邦題は『執念』だが、それはまさに製作者の執念のなせるわざであり、怨念のような情熱の結晶である。その想いが強すぎるゆえに、この作品を観る者に災いをもたらすほどの強い念を発してしまうのだ。
 災いをもたらす映像と言うと、『リング』(1998年)などが思い浮かぶかもしれないが、1910年代から、映像が呪いを撒き散らすという発想はあったのである。もし当初の計画通り、『人面疽』が映画化されていたら、呪いの映画として宣伝されたかもしれないが、実現にはいたらなかった。

 余談だが、『人面疽』が書かれた頃、フィルムには「呎画」という字が当てられていたことがあった。「呎」はフィートの意味だが、「呪」の形とあまりに似ている。これは単なる偶然なのだろうか。
(阿部十三)


【関連サイト】
谷崎潤一郎 『人面疽』

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