タグ「シューベルト」が付けられているもの

  • 特別な雰囲気 クララ・ハスキルはルーマニア出身のピアニストで、モーツァルト弾きとして定評があった。幼少期から才能を発揮していたが、病気等に悩まされて思うようにキャリアを積めず、実際に大きな注目を浴びたのは戦後、50歳を過ぎてからのことだった。 ハスキルのピアノの特徴を一言で表現するのは難しい。あっと言わせるような解釈があるわけでも、絢爛たる技巧があるわけでも...

    [続きを読む](2024.02.06)
  • 練習魔 天才のなかには練習嫌いが少なからずいるが、ルドルフ・ゼルキンは練習魔で、毎日何時間もピアノに向かっていた。まず非常に遅いテンポでスケール練習を行い、時間をかけて徐々にテンポを速め、最終的に最速で弾くのがお決まりだった。何度も演奏したことがある曲でも、手を抜かずに練習をくり返した。それはもはや練習というより、音楽に奉仕する儀式だったのかもしれない。グレ...

    [続きを読む](2023.02.04)
  • 孤独と不安をこえて シューベルトのピアノ三重奏曲第2番は1827年11月に着手された。完成時期と初演日ははっきりしない。1827年12月26日に初演されたという説もあるが、間違いなく演奏されたのは1828年3月26日の自作演奏会においてである。そのときは好評をもって迎えられたという。 シューベルトは1828年11月19日に31歳で亡くなった。なので、1827...

    [続きを読む](2022.08.05)
  • 「彼女は心で歌うことを知っていた」 イルムガルト・ゼーフリートは、戦後のウィーンで活躍した「モーツァルト・アンサンブル」の一員である。オペラのみならず、リートやオラトリオでも高く評価されていた人で、かつて同じ舞台に立っていたエリザベート・シュヴァルツコップからは次のように賞賛されていた。「私たちは、皆、彼女のことを羨んでいました。私たちが苦心して身につけなけ...

    [続きを読む](2022.04.03)
  • 天高く響き、地を揺るがす ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」を聴いていると、不思議な気分になることがある。一体全体この巨大な音楽はどこから生まれてきたのだろうかと。作曲者から生まれたものだと言ってしまえばそれまでだが、彼がどういう気持ちで書いていたのか読めないのである。私はそこに一個人の喜怒哀楽や信仰心や創作意欲を超えた自然の意思のようなものを感じ...

    [続きを読む](2021.06.02)
  • リヒテルのプロフィール 1955年、戦後初めて鉄のカーテンを越えて訪米したソ連のピアニスト、エミール・ギレリスは、各地でセンセーションを巻き起こし、絶賛された時、こう言ったという。「私のことを褒めるのは、リヒテルの演奏を聴くまで待ってください」ーーこれはギレリスの人柄を表すエピソードであり、2人の優劣を示すものではないが、この発言から西側におけるリヒテル伝説...

    [続きを読む](2021.01.08)
  • より高く、広い空へ 「歌曲の王」と呼ばれるシューベルトはその短い生涯に600曲以上の歌曲(リート)を作曲した。『冬の旅』、『美しき水車小屋の娘』などの歌曲集、あるいは「魔王」、「野ばら」、「楽に寄す」、「シルヴィアに」、「セレナード」、「糸を紡ぐグレートヒェン」など、全てシューベルトの筆から生まれたものである。ドイツリートで「これは」という名曲の多くは、シュ...

    [続きを読む](2020.12.11)
  •  若い頃のカルロ・マリア・ジュリーニについて、プロデューサーのウォルター・レッグは、「彼が最も必要としたものはレパートリーだった」と書いている。しかし、ジュリーニは限られたレパートリーでも特に不自由することなく、自分がきちんと理解している作品しか指揮せず、やがて誰もが認める巨匠となった。 人柄は誠実で、権力欲もなかった。ジュリーニが誰かとポストを争って蹴落...

    [続きを読む](2020.08.02)
  •  自分の好きな作品を紹介し、おすすめの演奏を挙げる時、ルドルフ・ケンペの名前を出していることが少なくない。若い頃は極度の激しさ、奈落の底の暗さ、えぐるような鋭さを求めがちで、過剰な表現に走らないケンペに惹かれることは稀だったが、心身を満たす充実感を味わいたいという気持ちが強くなっている今、何度も聴きたくなる演奏となると、この人の録音に食指が動くのだ。 過剰で...

    [続きを読む](2019.07.04)
  • ベートーヴェン弾きとして ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集は、モノラルとステレオの2種類ある。前者は1950年から1954年、後者は1959年から1969年にかけて録音された(「ハンマークラヴィーア・ソナタ」は除く)。演奏に関しては、モノラル盤の方が構築的である。ピアニッシモの美しい音色や聴き手に違和感を与えないアゴーギクの妙技も、神経質すぎない程度に磨か...

    [続きを読む](2017.03.13)
  • 何もかもが音楽的 ヴィルヘルム・バックハウスは「鍵盤の獅子王」と呼ばれたドイツのピアニストで、ベートーヴェンやブラームスを得意としていた。質実剛健、謹厳実直と言われることが多いが、その音楽性は決して堅苦しいものではなく、聴き手に息詰まるような緊張を強いるものでもない。むしろ、すぐれた音楽作品に封じ込められた神秘をあっさりと解き放ち、難解さやいかめしさとは異な...

    [続きを読む](2017.03.10)
  •  アーリーン・オジェーの歌声は心を洗う光、雑念を消す光である。まさしく真の美声だ。普通の歌手なら中年にさしかかるあたりで声が重くなったり固くなったりして、高音の出し方にも力みが感じられるようになる。しかし、オジェーは表現の幅を広げることはあっても、気品と透明感のある美声を失うことはなかった。彼女はそのキャリアの中で、厳密な意味で「衰えない」という奇跡を積み重...

    [続きを読む](2015.10.23)
  • ピアノ・ソナタの詩情 シューベルトのピアノ・ソナタの中で最高傑作と評されることが多いのは、第21番である。これに対して異論を唱える人はほとんどいないだろう。私自身も最初はこの晩年の作品に魅了され、シューベルトのピアノ・ソナタを聴くようになった。ただ、私が無性に惹かれたのは第21番の第1楽章であり、ほかの楽章がそこまで自分の心に深く浸潤したかというと、やや疑わ...

    [続きを読む](2015.04.10)
  • 楽想は深淵の傍に シューベルトの音楽を聴いていると、必ずと言っていいほど楽想というものに考えが及ぶ。彼はひとつの作品の中にさまざまな楽想を織り込み、それらを有機的につなげることで、えもいわれぬ美の世界と独創的な構成を獲得した。その作品では、次から次へと美しい楽想があらわれ、こともなげに連鎖する。たとえそれが理論上異質な要素であっても、同じ空気の中で結合し、包...

    [続きを読む](2015.01.09)
  • 音による表現のエッセンス アントン・ヴェーベルンの「弦楽四重奏のための5つの楽章」は1909年に作曲された。作品番号は5。アルノルト・シェーンベルクのもとで研鑽を積んでいた頃、オペラの作曲計画が頓挫した後に起こった創作意欲の爆発を示す傑作である。まだ20代半ばだったヴェーベルンはここで調性的な世界から離れ、音の配列、強弱、音響、そして演奏法を徹底的に吟味し、...

    [続きを読む](2014.07.25)
  • 『アイズ ワイド シャット』について 『アイズ ワイド シャット』は当時結婚していたトム・クルーズ、ニコール・キッドマンを起用したR-18指定作品で、キューブリックの遺作である。舞台は宇宙、無人ホテル、戦場といった極限的なものではなく、日常の世界だ。その日常の死角にある陥穽にはまり、一人の男が悪夢を体験する。 主人公ビル(トム・クルーズ)は腕利きの医者で、美...

    [続きを読む](2014.01.16)
  • 憧れはいつまでも 私にとってシューベルトは、憧れと諦めの感情を最も刺激する作曲家である。とりわけ死の年に書かれた作品を聴くと、もう手の届かない憧れに想いを馳せ、甘くて痛い喪失感の中にこの身を浸したくなる。その音楽は絶美だが、無菌質ではない。親しみと孤独が手を取り合った世界から生まれる美しさである。 ヴァイオリンとピアノのための幻想曲は、シューベルトが晩年に書...

    [続きを読む](2013.03.16)
  • 数々の名盤 名指揮者と呼ばれる人で「ザ・グレイト」を録音(ライヴ録音も含む)していない人は、ほとんどいない。裏を返せば、それだけ指揮者にとって自分の個性、技術、工夫を投影しやすい作品なのだろう。私の手元にも50種近くのCDがあり、我ながらよくここまで集めたものだと呆れている。 中でも愛聴しているのは、以下の5種である。・ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、...

    [続きを読む](2012.02.23)
  • 奇蹟の楽想 シューベルトは31歳で亡くなったが、その短い生涯に人が何年生きても書けないような神韻縹渺たる傑作をいくつも完成させた。途方もない音楽的深度を獲得したそれらの作品は、私たちの心の暗部にまで届き、孤独感や苦悩や渇望と呼応し、調和的な余韻で満たす。作曲家に対して共感以上のもの、友情すら感じさせるような親密さと清廉さがその音楽には潜んでいる。 交響曲第9...

    [続きを読む](2012.02.22)
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