音楽 CLASSIC

シューベルト 弦楽五重奏曲

2015.01.09
楽想は深淵の傍に

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 シューベルトの音楽を聴いていると、必ずと言っていいほど楽想というものに考えが及ぶ。彼はひとつの作品の中にさまざまな楽想を織り込み、それらを有機的につなげることで、えもいわれぬ美の世界と独創的な構成を獲得した。その作品では、次から次へと美しい楽想があらわれ、こともなげに連鎖する。たとえそれが理論上異質な要素であっても、同じ空気の中で結合し、包括されるのである。

 音楽でも、文学でも、創作の途中で、現在取りかかっている作品には必ずしも合わないかもしれない、しかしとびきりすぐれた発想が突然湧いてくることはあり得る。その場合、普通なら、別の機会のためにとっておこうとするが、おそらくシューベルトは自分の旋律が持つ力を信じ、ひとつの作品に集中的に取りかかっている間に生まれたものを、変にいじることなく注ぎ込み、繋げていく人だったのだろう。それがシューベルトの音楽特有の生気やインスピレーションに支配された雰囲気を形成しているのではないかと私は思う。

 1828年に書かれた弦楽五重奏曲は、そんなシューベルトの作曲スタイルが最も鮮明にあらわれた傑作のひとつである。1828年といえば人生最後の年。彼が出版社プロープストに宛てた手紙(10月2日付)から推察するに、9月頃に書かれたものらしい。つまり、死の2ヶ月前の作品ということになる。

 私は並外れた天才について語るとき、年齢について云々するのは好まないし、死の年だからといって深みがどうのこうのと訳知り顔で語ることにも抵抗を感じるのだが、シューベルトは例外的な存在である。彼は31歳を迎えた年に、まるで何かに憑かれたかのように多くの傑作を書いた。いわば駆け込むようにして、ベートーヴェンにまさるとも劣らぬ「傑作の森」の時期が訪れたのである。最後の年、彼の中で何が起こったのかは想像するほかない、否、想像を絶している。

 シューベルトは自身初となる弦楽五重奏曲(かつ最後の室内楽曲)の作曲に際し、ヴァイオリン2挺、ヴィオラ1挺、チェロ2挺という編成をとった。ヴィオラ2挺にしたモーツァルトやベートーヴェンの弦楽五重奏曲とは異なる編成である。これは交響曲に匹敵する響きの充実を求めたためではないかと言われている。事実、低音の厚みやヴァリエーションは倍加し、豊かな音域を集約することに成功している。編成のことに限らず、スケールの面でも、構成の面でも、楽想の豊かさの面でも、室内楽曲の範疇に括ることが憚られるほど規格外で、孤高の域に達している。なおかつ外向的でなく、どこか闇に包まれているような密室的閉塞感がある。

 第1楽章はアレグロ・マ・ノン・トロッポ。弱音で始まる美しい第1主題から体にしみ込んでくる。清らかさと抒情に溢れた楽章だが、5つの楽器のやりとりは極めて繊細で込み入っている。第2楽章の楽想は崇高だが隠しようのない深淵さをのぞかせ、聴く者に惻々と迫る。中間部では劇的な展開を見せるが、最後はそれも静まり、哀切の感触を残して消える。第3楽章はスケルツォ。冒頭から活気がみなぎり、各パートが躍動する。中間部ではコラール風の主題が登場し、厳かな雰囲気に包まれる。この主題がゆるやかに歌謡的な起伏を形成した後、再び活気が取り戻される。第4楽章はアレグレット。舞曲風の第1主題が奏された後、第1楽章と関連のある第2主題が提示され、2つの主題が巧妙に入れ替わりながら進行する。その経過の中、哀切が徐々に浮き彫りになる。と同時に、そんな闇の中をくぐり抜けていく意思も感じることができる。最後はプレストで疾駆するが、そのまま高揚することなく、重々しい和音で全曲が閉じられる。

 ウォルター・レッグによると、ピアニストのディヌ・リパッティは、亡くなる30分前にベートーヴェンの「セリオーソ」を聴きながら、「偉大な作曲家になるってことだけじゃ充分とはいえないんだねえ。あのような音楽を書くためには、君は神の選ばれ給うた楽器にならなければいけないんだよ」と妻に言ったという。神が選んだ楽器ーーこれは弦楽五重奏曲を書いたシューベルトにもそのまま当てはまる。私は以前、シューベルトの最後の家を訪ねたとき、ふとこの言葉を思い出した。と同時に、頭の中に弦楽五重奏曲の第2楽章が流れ、涙が止まらなくなった。幸い部屋の中には私以外、観光客は一人もいなかった。

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 私はウィーン・コンツェルトハウス四重奏団による演奏でこの作品を知った。1950年の録音である。ほかの団体で聴くと微妙なズレや不自然な気合いの入れ方が気になる第1楽章も、すんなり耳に入ってくる。いちいち事細かに意思疎通を図らなくとも、奏者の呼吸が自ずから合わさるべくして合っているように感じられる。第2楽章の透き通るような切ない美しさも、過剰な演出がなくて共感できる。ベルリン・ブランディス弦楽四重奏団の1979年の録音も、第2楽章や第3楽章が素晴らしい出来で、密室的な雰囲気はないが、アンサンブルの精妙さと豊かで深い響きに魅力を感じる。21世紀のものだと、アウリン弦楽四重奏団による2001年の録音が良い。響きは重厚で、意欲的な表現も不思議と鼻につかず、真摯な情熱が迸っている。


【関連サイト】
FRANZ SCHUBERT:STRING QUINTET D.956(CD)
フランツ・シューベルト
[1797.1.31-1828.11.19]
弦楽五重奏曲 ハ長調 D.956

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団
ギュンター・ヴァイス(vc)
録音:1950年

ベルリン・ブランディス弦楽四重奏団
イェルク・バウマン(vc)
録音:1979年

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