音楽 CLASSIC

ヴェーベルン 弦楽四重奏のための5つの楽章

2014.07.25
音による表現のエッセンス

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 アントン・ヴェーベルンの「弦楽四重奏のための5つの楽章」は1909年に作曲された。作品番号は5。アルノルト・シェーンベルクのもとで研鑽を積んでいた頃、オペラの作曲計画が頓挫した後に起こった創作意欲の爆発を示す傑作である。まだ20代半ばだったヴェーベルンはここで調性的な世界から離れ、音の配列、強弱、音響、そして演奏法を徹底的に吟味し、音そのものを表現するための音楽ともいうべき小宇宙を作り上げた。十二音技法を用いる15年前のことである。

 ヴェーベルンの作品はいずれも短いものばかりで、全作品をあわせても大した演奏時間にはならない。細密画にもたとえられるその構造は極めて精緻なもので、厳格な秩序が保たれ、個々の音が機能的な意味を持っている。冗長さは全くない。とくに「弦楽四重奏のための5つの楽章」のような作品にふれると、危険なほど美しいバランスと禁欲的なニュアンスの処理に抗いがたい魅力を感じる。

 とはいえ、精緻さ、厳格さ、機能性、革新性は、ヴェーベルンのみの特性ではない。それはヴェーベルン自身が愛したバッハやベートーヴェンやシューベルトやワーグナーの傑作も有しているものだ。この4人に限らず、音楽の長い歴史の中でそういう作品を探そうとすれば、いくらでも見つけることが出来る。
 ヴェーベルンが特殊なのは、そこから「音による表現のエッセンス」ともいえる部分のみを取り出してみせたことである。これは音楽の神経細胞といいかえてもいいだろう。「弦楽四重奏のための5つの楽章」において、ヴェーベルンは無調の立場からその神経の一部を丹念に抽出し、さらにコル・レーニョ、スル・ポンティチェロ、ハーモニクス、トレモロなどの奏法にも音の配列と同等の価値を付与することで、「新しい音響的語彙」(クロード・ロスタン)を獲得したのである。

 「弦楽四重奏のための5つの楽章」の1楽章は「激しく躍動して」。めまぐるしいダイナミクスと大胆な音の移り変わりが印象的で、精密だが激しい音の運動により不安定な世界が現出する。その思い切った筆運びには感嘆するほかない。2楽章は「非常にゆっくりと」。緊張感をはらんだ短い緩徐楽章で、弦楽器の音色に微妙な表情づけがなされている。3楽章は「きわめて活発に」。リズミカルな冒頭で劇的傾向が示されるが、すぐに僅かな助走をつけるようにしてクライマックスが訪れ、幕切れとなる。4楽章は「非常にゆっくりと」。幻想的な雰囲気の中で響く音色が美しい。まるで雅楽のようである。5楽章は「やさしく活気づいて」。弱音の表現を追求した音楽である。静かに波打つ弦の波に光が降り、やがて闇がひろがるのを見るような気分へと誘われる。全体の演奏時間は大体10分程度である。

 「弦楽四重奏のための5つの楽章」は、音による表現のエッセンスを鮮やかに抜き出している点で時代性を超越している。革新的な構成や音響の向こう側に、最も純粋な音の在り方が提示されている。表現法も音響も独自のものだが、現代音楽としても古典としても聴くことが可能である。この後、ヴェーベルンは「大オーケストラのため6つの小品」や「ヴァイオリンとピアノのための4つの小品」を書き、音楽の集中性と凝縮性を追求した小形式を確立させる。集中とか凝集とかいっても、それは詰め込みによる密度の濃さを意味するのではない。あくまでも最低限の表現で、断片に終わらず、十分な機能を果たして完結される音楽を意味するのである。

 録音では、ジュリアード弦楽四重奏団、イタリア弦楽四重奏団、アルバン・ベルク弦楽四重奏団、エマーソン弦楽四重奏団の演奏が有名である。どれを聴いても作品の印象が損なわれることはないだろう。ちなみに、私はジュリアード弦楽四重奏団の録音を好んでいる。
 なお、1929年にヴェーベルンはこの作品を管弦楽版に編曲しているが、こちらも人気がある。私はピエール・ブーレーズ、ヘルベルト・ケーゲルの指揮による演奏を双璧だと思っていて、気分に合わせて聴いている。それぞれのヴェーベルン観が明確に出ているので、聴き比べることをおすすめしたい。
(阿部十三)


【関連サイト】
antonwebern.com
アントン・ウェーベルン
[1883.12.3-1945.9.15]
弦楽四重奏のための5つの楽章 作品5

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット)
ジュリアード弦楽四重奏団
録音:1970年2月27日

ピエール・ブーレーズ指揮
ロンドン交響楽団
録音:1969年6月2日

※いずれもピエール・ブーレーズ監修『ヴェーベルン全集』に収録

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