2011年3月アーカイブ

真面目で妻思いだったはずの農夫が、都会からやってきた女に誘惑され、堕落する。彼は愛人にそそのかされ、妻をボートで連れ出して殺そうとするが、土壇場で思いとどまる。一方、純真な妻は、夫が自分を殺そうとしたことにショックを受け、泣きぬれる。やがて夫は激しい後悔の念に苛まれて改心し、妻も夫を許す。愛の涙の中で仲直りする夫婦。そこへ新たな災いがふりかかるーー。 平...
[続きを読む](2011.03.31)
カール・ベームの指揮法の秘密に迫り、独自の個性をいい当てるような表現を探し、「こういうタイプの指揮者だ」と定義することは難しい。あえてそれを行おうとしても、最終的には自ずから平凡な、ほかの巨匠たちにもあてはまる次のフレーズに頼らざるを得なくなる。すなわち、「カール・ベームは本当に素晴らしい指揮者であり、真の音楽家であった」。 1894年8月28日、カール・...
[続きを読む](2011.03.29)
龍膽寺雄と書いて「りゅうたんじ・ゆう」と読む。「りんどうじ・ゆう」でも「りんどう・てらお」でもない。龍胆寺雄、竜胆寺雄と記されることも多い。 昭和初期に活躍したこの作家の名前を、今どれくらいの人が知っているだろうか。私が学生だった20年ほど前は「再評価の機運が高まっている」などと言われていたものだが、それからどうも尻すぼみになってしまったような気がする。 ...
[続きを読む](2011.03.26)
日本の監督で、女優の魅力を引き出すのが最もうまいのは誰か。この問いに対し、成瀬巳喜男や木下惠介と答える人は、おそらく吉村公三郎の名前を知らないか、忘れている。成瀬も木下も女心のひだを撮る名手として知られているが、起用する女優は大体いつも同じだった。しかし、吉村は全くタイプの異なる女優を次々と主役に据え、その持ち味を発揮させる、まさに「女優映画」の達人だった...
[続きを読む](2011.03.25)
憂愁のロマン クラシックの世界で3大ヴァイオリン協奏曲といえば、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの作品を指す。そこにチャイコフスキーの作品を加えて、4大協奏曲という言い方をすることもある。だが、「3大」とか「4大」といっても、一般的には知名度にかなりの差があるようだ。この中で圧倒的に聴かれているのは、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調(略...
[続きを読む](2011.03.25)
青春が輝きだすその一瞬 『ラ・ボエーム』ほど「甘く切ない」という表現がぴったりくる青春オペラはほかにない。貧しさの中無茶をしたり、たわいもないことで大騒ぎしたり、一瞬で異性に心奪われたり、といった若者たちのエピソードは、きっと私たちの青春の記憶を刺激し、胸を締めつけることだろう。今青春真っ盛りの人が聴けば、おそらく自分の分身をこの作品の中に見出すのではないか...
[続きを読む](2011.03.22)
ピンク・フロイド『狂気』1973年作品 プログレッシヴ・ロックの巨人ピンク・フロイド。その始まりは多くのバンドと同様、非常にささやかなものであった。ロンドンの建築工芸学校に通っていたロジャー・ウォーターズ、リック・ライト、ニック・メイソンはシグマ6を結成。グループ名を気紛れに何度も変更しつつ、遊びの延長という程度の活動を展開していた。しかし、65年にロジャー...
[続きを読む](2011.03.22)
ポリス「見つめていたい」(1983年/全米No.1、全英No.1) 大学時代、スティングの熱狂的なファンの同級生がいた。今でも忘れられないのは、当時、リリースされたばかりのポリスの新譜『シンクロニシティー』のLP(当時まだCDプレイヤーは高価で、大学生ごときに買える代物ではなかった)を買ったその日に彼女が筆者の部屋に泊まりに来て、その夜と翌日、同アルバムを何...
[続きを読む](2011.03.21)
世の中には、目が合っただけで男の心を乱し、「俺に気があるんじゃないのか」と思わせてしまう女がいる。アルヌールは、まさにそういう女優である。しかも、それをスクリーン越しにやってしまうのである。 ツンと澄ました感じがなく、ド迫力ボディのグラマーでもなく、「わたしは金のかかる女です」と言わんばかりのセレブなムードを漂わせてもいない。親しみやすいけれど少し陰があり...
[続きを読む](2011.03.19)
イーストウッドの鉄砲への憧れが再び燃え上がったのは、社会人2年目頃のことだ。ある時、僕はイーストウッドのマカロニ・ウエスタン3作のビデオを購入したのだが、久しぶりに観たことにより「やっぱりイーストウッドと同じ鉄砲が欲しい!」と性懲りもなく思ってしまったのだった。そして、入手する術を求めて銃器専門誌を近所の本屋で立ち読みしたところ、ガラガラ蛇グリップを製作し...
[続きを読む](2011.03.19)
1952年に監督デビューして以来、会社から言われるままひたすら娯楽映画を撮り続けていた野村芳太郎が、初めてその尖った個性を見せたのは1958年の『張込み』からである。原作は松本清張。映画の大部分を占めるのは2人の刑事が犯人の元恋人宅を見張っているシーン。それが終盤、急展開をみせ、クライマックスへと驀進する。その演出の巧みさといったら、黒澤明の『天国と地獄』...
[続きを読む](2011.03.17)
交響曲作曲家としての真価 シューマンの名前を聞いて多くの人がまず思い浮かべる作品は、おそらく「クライスレリアーナ」「謝肉祭」「子供の情景」などのピアノ曲か、「詩人の恋」「女の愛と生涯」「ミルテの花」といった歌曲だろう。この分野での評価には揺るぎないものがある。だが、他方、交響曲の作曲家としてはそこまで評価されることがない。「シューマンは管弦楽の扱いが稚拙だっ...
[続きを読む](2011.03.14)
まず第一にミトロプーロスの真価を伝えて余すところのない記録として、私は迷うことなくザルツブルク音楽祭でのライヴ盤を挙げる。オーケストラはウィーン・フィル。このオケはミトロプーロスのことを格別の敬愛を以て迎え、全幅の信頼を寄せていたという。この手のエピソードはたいてい美化されて伝わっているものだが、ミトロプーロスに関しては事実だったのではないかと思う。それく...
[続きを読む](2011.03.13)
映画を観た後に、あなたの胸を一杯にしているものは何でしょうか? 綿密に練られていたストーリー? 女優さんの眩いばかりの美貌? ド迫力のVFX? ロマンチックなラブシーン? 綺麗な音楽や風景? えっ、劇中に登場した銃器類ですって! ユニークなご趣味をお持ちのようで。でも、そういう方もいらっしゃるのでしょうね。銃の所持が厳しく規制されている日本ですけど、どうい...
[続きを読む](2011.03.12)
カーペンターズ「スーパースター」(1971年/全米No.2、全英No.18) 高校〜大学時代、『朝日ウィークリー』紙を購読していた。週に一度配達されるいわば週刊誌ならぬ週刊紙で、英語記事や海外アーティストのインタヴュー記事、洋楽ナンバーの英詞と訳詞などが掲載されており、今でも当時のスクラップを大切に保存してある。 インターネットもなく、日本のTVで当たり前の...
[続きを読む](2011.03.11)
ギリシャが生んだ巨星、ディミトリ・ミトロプーロスが遺したレコードには凄絶な輝きがある。一度この指揮者の魅力にとりつかれたが最後、もう逃れられない。 生前のミトロプーロスは、人間離れした記憶力でどんな複雑な総譜も完全に暗譜し、作品の核をえぐり、オーケストラがそれまで出したことがないマグマのような音を奔出させ、聴き手を畏怖と緊張と興奮で縛りあげた。指揮棒は晩年...
[続きを読む](2011.03.10)
彼女を本気で好きになってしまったら、きっとただではすまない。いや、間違いなく不幸になる。それでも多分男たちは喜んで己の人生を捧げるだろう。ナスターシャのためならば。 聖女のように清らかな美貌、エキゾチックなムード、野性的な目つき、そして官能的な唇と男を狂わせる肢体――ナスターシャ・キンスキーは男の夢である。と同時に、男を自滅の快楽へと誘い込む危険な天使でも...
[続きを読む](2011.03.09)
オーティス・レディング『オーティス・ブルー』1965年作品 青天の霹靂。セイテンのヘキレキと読む。何の前触れもなしに、突然に降りかかる全く予期していなかった出来事を指す。英語でいうなら"out of the blue(突然に、出し抜けに/the blue=青空)"。洋の東西を問わず、ドギモを抜かれるような出来事は、空から降ってくるものらしい。 今なおR&am...
[続きを読む](2011.03.08)
ドン・シーゲルはもったいぶらない人である。いきなり冒頭から緊張感がはりつめ、事件が起こる。ゆっくり、徐々に盛り上げて、などと回りくどいことはしない。このスタイルは初期の『仮面の報酬』から、出世作『殺人者たち』、代表作『ダーティハリー』、『突破口!』、『テレフォン』に至るまで変わらない。アクションの描写も、昔の映画とは思えないほど切れ味が凄い。さすがサム・ペ...
[続きを読む](2011.03.06)
1955年、『文学界』に発表された石原慎太郎の「太陽の季節」は、一大センセーションを巻き起こした。1956年1月には芥川賞を受賞、同年5月公開の映画も大成功、加えて石原自身の人気も手伝って、反響は文壇内にとどまらず、太陽映画ブーム、慎太郎刈り、そして「太陽族」(大宅壮一)なる造語まで生まれた。マスコミに「芥川賞の学生作家」と華々しく取り上げられたり、「もう...
[続きを読む](2011.03.05)
日本の年末を彩る不朽のメロディー ベートーヴェンの第九といえば、今や日本では年末になくてはならない音楽となっている。コンサート、テレビ、ラジオ、雑誌でも、11月くらいになると、こぞって第九が取り上げられる。ほかの国にはこういった習慣はないので、これはもう日本の風物詩と言っていい。 そもそも第九の日本初演が行われたのは1918年のこと。場所は徳島の俘虜収容所で...
[続きを読む](2011.03.03)
ザ・ドアーズ「ハートに火をつけて」(1967年/全米No.1、全英No.7) 芸術と称される世界――美術、音楽、文学......etc.――では、早世したアーティストや作家が、ある種、伝説化もしくは神格化される傾向が強い。ドアーズの中心人物だったジム・モリスンもまた、27歳の若さで客死した(1971年7月31日にパリにて急死)。 もともと詩人を目指していたと...
[続きを読む](2011.03.01)
その夜、過去のあやまちは浄化される 20世紀から21世紀の今日に至る音楽の流れをさかのぼっていくと、一人の男の名前に行き着く。その男が1923年に考え出した「十二音技法」は音楽界に一大革命を起こし、それまで常識とされていた作曲法、ひいては音楽のフォルムそのものに、大きな変化をもたらした。そして、この作曲フォーマットの誕生以来、これに匹敵するほどの音楽史的事件...
[続きを読む](2011.03.01)