オーティス・レディング 『オーティス・ブルー』
2011.03.08
オーティス・レディング
『オーティス・ブルー』
1965年作品
青天の霹靂。セイテンのヘキレキと読む。何の前触れもなしに、突然に降りかかる全く予期していなかった出来事を指す。英語でいうなら"out of the blue(突然に、出し抜けに/the blue=青空)"。洋の東西を問わず、ドギモを抜かれるような出来事は、空から降ってくるものらしい。
今なおR&B/ソウル・ミュージック史にその名を太く深く刻んでいる故オーティス・レディング(1941年〜1967年)の代表作『オーティス・ブルー』(65年)の"ブルー"とは、ブルースのblueであり、悲しみや憂鬱のblueである。が、どんなメロディを歌っても、どんなに有名な他人の曲を歌っても、徹底的に自分のものにしてオリジナル・ソングに変えてしまう彼の唱法は、それこそ青天の霹靂だった。ウソだと思うなら、『オーティス・ブルー』に収録されている超有名曲ーーテンプテーションズの「マイ・ガール」、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」ーーのカヴァーを聴いてみて欲しい。耳にこびりついて離れない原曲のイメージが、瞬時にして吹っ飛んでしまうから。熱狂的なオーティス・ファンの古い知人が口癖のように言ってたっけーー「オーティスが歌えば、スタンダードだろうが他人のヒット曲だろうが新曲になる」ーーそう言えば、クリスマス・アルバムのシブいコンピ『Soul Christmas』(68年)に収録されているオーティスが歌った「ホワイト・クリスマス」は、歌詞に耳を傾けなければその曲だと全く気づかない。それどころか、クリスマス・ソングには絶対に聞こえない。まさに新曲、まさにディープ・ソウル、まさにオーティス節そのものなのである。
古くからアメリカで生まれたソウル・ミュージックは、南部のサザン・ソウル、北部のノーザン・ソウルに二分されてきた。その背景には60 年代に膨大なヒット曲を世に送り出した南部のスタックス、北部のモータウンという二大レーベルの存在がある。スタックスがあくまでもブルースを母体とするリズム&ブルースにこだわっていたとするなら、モータウンは白人マーケットをも視野に入れた、洗練されたポップ路線のR&Bを生み出すことに躍起になっていた。60年代、スタックス(と傘下のヴォルト)の黄金期に所属していたアーティストをざっと挙げてみるとーールーファス・トーマスとその娘カーラ・トーマス、「ソウル・マン」のヒットで知られる男性デュオのサム&デイヴ、エディ・フロイド、ステイプル・シンガーズ、アルバート・キング、アイザック・ヘイズ、そして忘れちゃならないオーティス・レディングーーといった面々。シ、シブい! 余りにシブ過ぎるラインナップに、改めて「サザン・ソウル=ディープ・ソウル」ということを痛感する。取り分け、不幸な飛行機事故で26歳という若さでこの世を去ったオーティスが、わずか4年間の活動期間に遺した強烈かつ鮮烈な歌声は、スタックスにとって、いや、アメリカのミュージック界、延いては世界中のR&B/ソウル・ミュージック愛好家にとっての貴重な遺産となった。
さて、再び『オーティス・ブルー』である。Otis Reddingの名前は知らなくても、哀愁が漂う波の音と調子っぱずれな口笛が印象的な「ドック・オブ・ザ・ベイ」は聴いたことがある、けど、それ以外のオーティスの曲は知らない、という人にこそ、この『オーティス・ブルー』を聴いてドップリと青色オーティスに浸ってもらいたい。もちろん、オーティスを全く知らない人にも。アルバムのカヴァーにアンニュイな金髪のおネェさんが写ってるからといって、これは決してムード歌謡(←死語/笑)のようなR&B/ソウルのアルバムじゃない。それじゃあ、何故にパツキン?と不思議に思うだろう。実は、このアルバムがリリースされた65年とその前後の数年間は、R&B/ソウルのジャケ写にはこうした奇妙奇天烈なものが少なくなかった。当時のアメリカでは公民権運動(アフリカ系アメリカ人にも正当な権利を、と唱えた大々的な社会運動)が盛んだったが、その一方で、「R&B/ソウル・シンガーの顔をジャケ写に出すと白人がレコードを買わなくなる」という人種差別的な風潮があり、苦肉の策として、レコード会社は白人モデルやイラストなどをアルバムのカヴァー・デザインに用いていたのである。白人マーケットへの進出に大成功したモータウンですら、1964年〜1966年には「何これ?!」と思うような妙ちきりんなジャケ写のアルバムを多くリリースしていたものだった。『オーティス・ブルー』のジャケ写がパツキン・ムード歌謡なのは、そういった時代背景があったから。諺にもあるじゃないかーー「本の中身の善し悪しを表紙で判断してはいけない」。
話が思いっ切り横道に逸れてしまった。ここいらで軌道修正しないと。さてさて、『オーティス・ブルー』の肝心の中身である。先にヒット曲を明かしてしまうと、アレサ・フランクリンのカヴァーでも有名なオーティス作の「リスペクト」、死後に全米No.1になった「ドック・オブ・ザ・ベイ」以前の最大ヒット曲「愛しすぎて」(全米No.21)、サム・クックのカヴァー「シェイク」、そして先述の「サティスファクション」の4曲が、このアルバムからシングル・カットされた。ちなみに、「チェンジ・ゴナ・カム」と「ワンダフル・ワールド」もS・クックのカヴァーだが、いずれもカヴァーの域を遙かに逸脱、あ、いや、超越している。オーティス節の最たるもの"gotta, gotta, gotta..."が冴える「リスペクト」や「サティスファクション」も捨て難いが、何と言っても「愛しすぎて」が心を顫わす。原題「I've Been Loving You Too Long(To Stop Now)」に込められた狂おしいまでの思いーーこんなにも長い間、お前を愛してきたんだから、今さらこの気持ちを止められないんだよーーに、心底、泣ける。今どきの男性R&Bシンガーたちは、女性に向かって"Please..."を連呼して簡単にひざまずくことはできても、オーティスのように「魂の叫び」を歌に託すことはなかなかできるもんじゃない。だからこそ、オーティスはこう呼ばれるのであるーー最後の魂男(ソウル・マン)ーーと。
骨太だけれど繊細。魂と肉体が結びついたソウルフルな歌声。たまには、青い稲妻の如きオーティスの歌声に全身を打たれてみたい。
【関連サイト】
OTIS REDDING THE LEGACY CONTINUES(英語)
オーティス・レディング
『オーティス・ブルー』
1965年作品
青天の霹靂。セイテンのヘキレキと読む。何の前触れもなしに、突然に降りかかる全く予期していなかった出来事を指す。英語でいうなら"out of the blue(突然に、出し抜けに/the blue=青空)"。洋の東西を問わず、ドギモを抜かれるような出来事は、空から降ってくるものらしい。
今なおR&B/ソウル・ミュージック史にその名を太く深く刻んでいる故オーティス・レディング(1941年〜1967年)の代表作『オーティス・ブルー』(65年)の"ブルー"とは、ブルースのblueであり、悲しみや憂鬱のblueである。が、どんなメロディを歌っても、どんなに有名な他人の曲を歌っても、徹底的に自分のものにしてオリジナル・ソングに変えてしまう彼の唱法は、それこそ青天の霹靂だった。ウソだと思うなら、『オーティス・ブルー』に収録されている超有名曲ーーテンプテーションズの「マイ・ガール」、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」ーーのカヴァーを聴いてみて欲しい。耳にこびりついて離れない原曲のイメージが、瞬時にして吹っ飛んでしまうから。熱狂的なオーティス・ファンの古い知人が口癖のように言ってたっけーー「オーティスが歌えば、スタンダードだろうが他人のヒット曲だろうが新曲になる」ーーそう言えば、クリスマス・アルバムのシブいコンピ『Soul Christmas』(68年)に収録されているオーティスが歌った「ホワイト・クリスマス」は、歌詞に耳を傾けなければその曲だと全く気づかない。それどころか、クリスマス・ソングには絶対に聞こえない。まさに新曲、まさにディープ・ソウル、まさにオーティス節そのものなのである。
古くからアメリカで生まれたソウル・ミュージックは、南部のサザン・ソウル、北部のノーザン・ソウルに二分されてきた。その背景には60 年代に膨大なヒット曲を世に送り出した南部のスタックス、北部のモータウンという二大レーベルの存在がある。スタックスがあくまでもブルースを母体とするリズム&ブルースにこだわっていたとするなら、モータウンは白人マーケットをも視野に入れた、洗練されたポップ路線のR&Bを生み出すことに躍起になっていた。60年代、スタックス(と傘下のヴォルト)の黄金期に所属していたアーティストをざっと挙げてみるとーールーファス・トーマスとその娘カーラ・トーマス、「ソウル・マン」のヒットで知られる男性デュオのサム&デイヴ、エディ・フロイド、ステイプル・シンガーズ、アルバート・キング、アイザック・ヘイズ、そして忘れちゃならないオーティス・レディングーーといった面々。シ、シブい! 余りにシブ過ぎるラインナップに、改めて「サザン・ソウル=ディープ・ソウル」ということを痛感する。取り分け、不幸な飛行機事故で26歳という若さでこの世を去ったオーティスが、わずか4年間の活動期間に遺した強烈かつ鮮烈な歌声は、スタックスにとって、いや、アメリカのミュージック界、延いては世界中のR&B/ソウル・ミュージック愛好家にとっての貴重な遺産となった。
さて、再び『オーティス・ブルー』である。Otis Reddingの名前は知らなくても、哀愁が漂う波の音と調子っぱずれな口笛が印象的な「ドック・オブ・ザ・ベイ」は聴いたことがある、けど、それ以外のオーティスの曲は知らない、という人にこそ、この『オーティス・ブルー』を聴いてドップリと青色オーティスに浸ってもらいたい。もちろん、オーティスを全く知らない人にも。アルバムのカヴァーにアンニュイな金髪のおネェさんが写ってるからといって、これは決してムード歌謡(←死語/笑)のようなR&B/ソウルのアルバムじゃない。それじゃあ、何故にパツキン?と不思議に思うだろう。実は、このアルバムがリリースされた65年とその前後の数年間は、R&B/ソウルのジャケ写にはこうした奇妙奇天烈なものが少なくなかった。当時のアメリカでは公民権運動(アフリカ系アメリカ人にも正当な権利を、と唱えた大々的な社会運動)が盛んだったが、その一方で、「R&B/ソウル・シンガーの顔をジャケ写に出すと白人がレコードを買わなくなる」という人種差別的な風潮があり、苦肉の策として、レコード会社は白人モデルやイラストなどをアルバムのカヴァー・デザインに用いていたのである。白人マーケットへの進出に大成功したモータウンですら、1964年〜1966年には「何これ?!」と思うような妙ちきりんなジャケ写のアルバムを多くリリースしていたものだった。『オーティス・ブルー』のジャケ写がパツキン・ムード歌謡なのは、そういった時代背景があったから。諺にもあるじゃないかーー「本の中身の善し悪しを表紙で判断してはいけない」。
話が思いっ切り横道に逸れてしまった。ここいらで軌道修正しないと。さてさて、『オーティス・ブルー』の肝心の中身である。先にヒット曲を明かしてしまうと、アレサ・フランクリンのカヴァーでも有名なオーティス作の「リスペクト」、死後に全米No.1になった「ドック・オブ・ザ・ベイ」以前の最大ヒット曲「愛しすぎて」(全米No.21)、サム・クックのカヴァー「シェイク」、そして先述の「サティスファクション」の4曲が、このアルバムからシングル・カットされた。ちなみに、「チェンジ・ゴナ・カム」と「ワンダフル・ワールド」もS・クックのカヴァーだが、いずれもカヴァーの域を遙かに逸脱、あ、いや、超越している。オーティス節の最たるもの"gotta, gotta, gotta..."が冴える「リスペクト」や「サティスファクション」も捨て難いが、何と言っても「愛しすぎて」が心を顫わす。原題「I've Been Loving You Too Long(To Stop Now)」に込められた狂おしいまでの思いーーこんなにも長い間、お前を愛してきたんだから、今さらこの気持ちを止められないんだよーーに、心底、泣ける。今どきの男性R&Bシンガーたちは、女性に向かって"Please..."を連呼して簡単にひざまずくことはできても、オーティスのように「魂の叫び」を歌に託すことはなかなかできるもんじゃない。だからこそ、オーティスはこう呼ばれるのであるーー最後の魂男(ソウル・マン)ーーと。
骨太だけれど繊細。魂と肉体が結びついたソウルフルな歌声。たまには、青い稲妻の如きオーティスの歌声に全身を打たれてみたい。
(泉山真奈美)
【関連サイト】
OTIS REDDING THE LEGACY CONTINUES(英語)
オーティス・レディング
『オーティス・ブルー』収録曲
01. オール・マン・トラブル/02. リスペクト/03. チェンジ・ゴナ・カム/04. ダウン・イン・ザ・ヴァレー/05. 愛しすぎて/06. シェイク/07. マイ・ガール/08. ワンダフル・ワールド/09. ロック・ミー・ベイビー/10. サティスファクション/11. 恋を大切に
01. オール・マン・トラブル/02. リスペクト/03. チェンジ・ゴナ・カム/04. ダウン・イン・ザ・ヴァレー/05. 愛しすぎて/06. シェイク/07. マイ・ガール/08. ワンダフル・ワールド/09. ロック・ミー・ベイビー/10. サティスファクション/11. 恋を大切に
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