映画 MOVIE

野村芳太郎 〜万能のフィルムメーカー〜

2011.03.17
NOMURA YOSHITARO
 1952年に監督デビューして以来、会社から言われるままひたすら娯楽映画を撮り続けていた野村芳太郎が、初めてその尖った個性を見せたのは1958年の『張込み』からである。原作は松本清張。映画の大部分を占めるのは2人の刑事が犯人の元恋人宅を見張っているシーン。それが終盤、急展開をみせ、クライマックスへと驀進する。その演出の巧みさといったら、黒澤明の『天国と地獄』と互角に渡り合えるほどだ。これで名声を確立した野村は、以後、『ゼロの焦点』『影の車』『砂の器』など〈清張もの〉を積極的に手がけ、サスペンスの巨匠と呼ばれるまでになる。

 コメディ、時代劇、人間ドラマなどを撮らせても達者で、『拝啓天皇陛下様』『五辧の椿』『昭和枯れすすき』を成功させた実績もある。ひとことで言えば、万能のフィルムメーカー。1960年代から日本映画界を襲った不況も、彼にはあまり関係なかったようだ。また、名伯楽でもあり、それまで純情な娘役ばかりだった岩下志麻を『五辨の椿』で、映画俳優としてもうひとつパッとしなかった緒形拳を『鬼畜』で出世させたことでも知られる。

 作品数が多く、ジャンルも多岐にわたっているため、〈野村作品ベスト10〉を行ったら間違いなく票は分散する。それでもベスト10に入りそうなのは、先述の『張込み』、映画を観た松本清張が「原作より出来がいい」と絶賛した『砂の器』、「たたりじゃ〜」が流行語になった『八つ墓村』、岩下志麻がひたすら怖い『鬼畜』。ただ、『砂の器』や『鬼畜』は終盤にさしかかるにつれて湿度が高くなり、前半の緊迫感はどこへやら、松竹の人情劇らしい湿り気に覆われてしまう。ここは好みの分かれるところだ。
 湿っぽいメロドラマを好む人なら、『あの橋の畔で』を選ぶだろう。『君の名は』の菊田一夫原作によるこの大作は、1960年代の松竹の名花、桑野みゆきの代表作として記憶にとどめておきたい。島倉千代子が歌う主題歌も胸にしみる。

 私自身が一番最初に観た野村作品は金曜ロードショーで放送された『鬼畜』だが、この監督に惹かれるきっかけとなったのは偶然ビデオで観た『背徳のメス』である。メジャーな作品ではないが、医療ミスを扱った、1961年当時としては珍しい社会派サスペンス(原作は黒岩重吾)で、腐敗した病院の内幕に容赦なくメスを入れている。妻に裏切られてから放蕩三昧の生活を送っているやさぐれ医師、植秀人を田村高廣が好演。傲岸で腐り切った産婦人科科長、西沢を演じる山村聰も貫禄たっぷり。西沢に虐げられる婦長役の久我美子も「オールドミスのクソばばあ」という悲しい汚れ役に徹している。久我ファンにはおすすめできないが、医者という生きものの業の深さを、重々しいトーンに偏ることなく、硬質なタッチで、テンポよく描いた作品である。
(阿部十三)

©松竹株式会社
[野村芳太郎略歴]
1919年4月23日京都生まれ。父は監督の野村芳亭。慶応大学卒業後、松竹に入社。黒澤明の松竹作品『醜聞』『白痴』で助監督を務め、黒澤の信頼を得る。1952年『鳩』で監督デビュー。1958年『張込み』で高い評価を得た。1978年に松本清張と製作プロダクション「霧プロ」を設立。1984年解散。監督としての最後の作品は1985年の『危険な女たち』。2005年4月8日東京で死去。
[主な監督作品]
1958年『張込み』/1960年『最後の切札』/1961年『ゼロの焦点』、『背徳のメス』/1962年『左ききの狙撃者・東京湾』、『あの橋の畔で』/1963年『拝啓天皇陛下様』/1964年『五辨の椿』/1966年『おはなはん』/1968年『白昼堂々』/1969年『でっかいでっかい野郎』/1970年『影の車』/1973年『しなの川』/1974年『砂の器』/1975年『昭和枯れすすき』/1977年『八つ墓村』/1978年『事件』、『鬼畜』/1979年『配達されない三通の手紙』/1980年『わるいやつら』/1981年『真夜中の招待状』/1982年『疑惑』/1983年『迷走地図』