文化 CULTURE

ムード音楽のすすめ

2017.01.28
はじめに

 ムード音楽は、マントヴァーニの「シャルメーヌ」が発売された1950年代に人気を得て、パーシー・フェイスの「夏の日の恋」が爆発的にヒットした1960年頃から各国で大衆化し、1980年代まで量産された。はかないブームのようにみなす人もいるが、これは数十年も続いた音楽スタイルであり、一過性の流行現象として扱うべきではない。

 多くのムード音楽には原曲がある。それに魅惑のアレンジを施し、各オーケストラが奏法ないしアンサンブルの特性を活かしながら再構築することで成り立っていると言ってもいいだろう。その出来は玉石混淆だが、真に名曲と呼ぶに値する作品は確かにあり、その価値は流行がどんなに変わろうと減ずることはない。ヴィブラフォンの音色が印象的なビリー・ヴォーンの「真珠貝の歌」も、そんな作品のひとつ。オリジナルはハワイアン・ソングだ。私がムード音楽の存在を知る前に聴いた曲で、(記憶は曖昧だけど)このジャンルで聴いた最初の曲ではないかと思う。私の中では平和な休日というイメージがあり、憂鬱なときもこれを聴くと心が和む。

 ここで「ムード音楽」と呼ぶ曲は、人によっては「イージーリスニング」と呼ぶ方がしっくりくるだろう。私自身は軽快なリズムの曲を、何となく「イージーリスニング」と呼んでいた。しかしこれは感覚的な使い分けであり、定義でも何でもない。呼び方が何であれ、このジャンルは、CDが広まると、LPと運命を共にするかのように停滞し、垣根を失った。もはや小難しい定義に時間を費やす必要はない。文中では、ムードに浸ることができるというざっくりとした意味で「ムード音楽」と呼ぶが、今となってはジャンル云々で語られるよりも、普遍的なメロディーとアレンジを備えた音楽として語られるのがふさわしい。

フランスのカリスマ

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 日本にも浸透したムード音楽、イージーリスニングについて語る上で、絶対に外せないカリスマが、ポール・モーリアだ。「恋はみずいろ」「オリーブの首飾り」「涙のトッカータ」など誰もが知るヒット曲を持ち、日本では特に人気があった。出世作は「恋はみずいろ」。この曲にはさまざまなバージョンがあるが、ポール・モーリアのレコードが最も美しく、聴き手をひきつける力がある。もう一曲、忘れがたいのが「エーゲ海の真珠」。冒頭の数小節を聴くだけで、憂愁のロマンへと心を駆り立てられる。突然曲調が変わり、ブラスが華々しく活躍するところも高揚感があって格好良い。

 レイモン・ルフェーヴル楽団の「シバの女王」は、まさにムード音楽の女王のような存在。原曲はミシェル・ローランの「サバの女王」で、1969年にルフェーヴル版が日本でシングル・カットされ、大ヒットした。アレンジはこれ以上望めないほどの完璧さ。流麗なストリングス、ノスタルジックな女声コーラスを効果的に用いている。彼の代表曲の中では、「リラの季節」も魅力的なアレンジで大好きなのだが、こちらは緻密な演奏とは言えない。

クラシック音楽のアレンジ

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 アルフレッド・ハウゼ楽団の「真珠採り」(「真珠採りのタンゴ」とも)は、ビゼーのオペラ『真珠採り』の「耳に残るは君の歌声」をタンゴにアレンジしたもので、実に美しい仕上がり。原曲の歌詞にある「魅惑的な夜」の世界がデフォルメされていて、その幻想的なムードの中に吸い込まれそうになる。アルフレッド・ハウゼなら「碧空」がベストだという意見が多数であろうことを承知の上で、私は「真珠採り」を推す。クラシック音楽をムーディーにアレンジした作品は、正直なところ、薄っぺらなものが多いし、アレンジする必然性も感じられないので共感しにくいが、例外もあるのだ。

 「トゥ・ラヴ・アゲイン」の原曲は、ショパンの夜想曲作品9-2。カーメン・キャバレロによる演奏が、1956年の映画『愛情物語』で印象的に使われてヒットした。私は子供の頃に『愛情物語』を観て何度も泣いた人間なので、感傷を抜きにして聴くことができない。最近観直してみたところ、映画の内容には共感できなかったのに、ラスト数分でこれを演奏する場面になった途端、涙が止まらなくなった。ここで流れるのは、一般的な「トゥ・ラヴ・アゲイン」と異なり、後半からオーケストラが加わって短くも輝かしいクライマックスを築くバージョンで、サントラの全曲盤に収録されている(なので、厳密には、ムード音楽というよりサントラに属する)。

ムード・トランペット

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 ムード・トランペットの代表格、ベルト・ケンプフェルト楽団の出世作「真夜中のブルース」も映画絡みである。これは1957年のドイツ映画『朝な夕なに』のテーマ曲だった。フランツ・グローテ作の穏やかなメロディーは、青春の喜びと悲しみを誇張することなく写し取っているかのよう。ヴィブラフォンが醸す愛らしさもたまらない。どこか寂しげな風情があるので、お店の閉店時間にかけたら最高だろう。ムード・トランペットの括りでは、イタリア出身のニニ・ロッソが吹く「夜空のトランペット」も胸にしみる。1960年代から親しまれているスタンダード・ナンバーだ。

 ムード音楽の名曲はほかにもまだまだあり、マントヴァーニの「シャルメーヌ」、パーシー・フェイスの「夏の日の恋」、フランク・プゥルセルの「ミスター・ロンリー」はその筆頭格にあたる。これら大御所に比べるとキャリアは浅いが、サン・プルーの「ふたりの天使」も定番中の定番。作曲当時、サン・プルーはまだ10代だった。私はテレビなどで頻繁に使われるダニエル・リカーリのスキャットよりも、オケ・パートの擬バロック風の趣に魅せられた口である。

1970年代の名曲

 1973年にカラベリが世に送り出した「レット・ミー・トライ・アゲイン(愛をもう一度)」は王道路線。ブラスもストリングスもピアノも活躍させた贅沢なアレンジで聴き手を楽しませる。しかし、グランド・オーケストラ主体のムード音楽、イージーリスニングの表現の可能性はこのあたりが限界で、ディスコナンバーを原曲とするポール・モーリアの「オリーブの首飾り」が1975年にヒットすると、マンネリからの脱却を図るかのように、ディスコサウンドに接近してゆく。無論、従来のムーディーなオーケストラ曲も生まれ続けたが、決め手に欠けるというのが正直な感想だ。

 一方で、ソロのピアニストをフィーチャーしたメロディー重視のオリジナル作品が生まれ、一世を風靡する。フランク・ミルズの「愛のオルゴール」「街角のカフェ」、リチャード・クレイダーマンの「渚のアデリーヌ」「愛しのクリスティーヌ」だ。ミルズの「愛のオルゴール」は日本語詞付きで、「潮騒のメロディー」(さこみちよ、高田みづえ)という歌になっている。クレイダーマンはその後も「愛のコンチェルト」「午後の旅立ち」をヒットさせ、日本で大いに支持された。

 「哀しみのソレアード」は、イタリアのダニエル・センタクルツ・アンサンブルの演奏により広まった1974年の作品。高田みづえの名前を書いて俄に記憶がよみがえったのだが、「楽しかったひとときが今はもう過ぎてゆく」という歌詞付きで、『カックラキン大放送!!』のエンディングを飾っていた。ソレアードは「陽だまり」の意。寂しさの中にあたたかみが感じられる曲だ。これもメロディーが魅力的なので、多くの人が歌詞を付けて歌っている。

まとめ

 個人的に好きな曲を中心にして書いたので、あの曲もない、この曲もない、と言われそうだが、ここまで挙げたのは玉石混淆のムード音楽の「玉」のみだという自信はある。以上の曲の中からピックアップして、私のムード音楽ベストを作ると、このようになる(「玉」と書いたことを意識して、曲名に「真珠」が入っているものを3つも選んだわけではない)。

01. 真珠貝の歌(ビリー・ヴォーン)
02. 恋はみずいろ(ポール・モーリア)
03. エーゲ海の真珠(ポール・モーリア)
04. シバの女王(レイモン・ルフェーヴル)
05. 真珠採り(アルフレッド・ハウゼ)
06. トゥ・ラヴ・アゲイン(カーメン・キャバレロ)
07. 真夜中のブルース(ベルト・ケンプフェルト)
08. シャルメーヌ(マントヴァーニ)
09. 夏の日の恋(パーシー・フェイス)
10. ミスター・ロンリー(フランク・プゥルセル)
11. ふたりの天使(サン・プルー)
12. レット・ミー・トライ・アゲイン(カラベリ)
13. 愛のオルゴール(フランク・ミルズ)
14. 午後の旅立ち(リチャード・クレイダーマン)
15. 哀しみのソレアード(ダニエル・センタクルツ・アンサンブル)

 ムード音楽は企画盤やベスト盤が多い。なので、気に入った曲が沢山入っているものを入手すればいいという手軽さがある。とはいえ、オリジナル・アルバムにも良質のものがあり、その中ではマントヴァーニの『ワルツ・アンコール』のクオリティが傑出している。最初に私は「LPと運命を共に」と書いたが、こういう音楽はちょっとした手間を惜しまず、レコードで聴き、美音とノスタルジーにじっくりと浸りたいものだ。
(阿部十三)


【関連サイト】
マントヴァーニ『ワルツ・アンコール』
ミシェル・ローラン『サバの女王』
富士レコード社