音楽 POP/ROCK

マントヴァーニ 『ワルツ・アンコール』

2013.03.02
マントヴァーニ
『ワルツ・アンコール』
1958年作品


MANTOVANI_J
 時折、マントヴァーニのレコードを無性に聴きたくなる。そして、そのストリングスの響きに耳を傾けるたびに、えもいわれぬ恍惚感に包まれる。と同時に、マントヴァーニほど特異で鋭敏な聴覚を持った音楽家は、歴史上、数えるほどしかいないのではないか、と思わされる。

 ただ、この巨匠の業績も、ムード音楽というジャンルの衰微と共にさほど顧みられなくなっている。はっきりいってしまえば、今やムード音楽もイージーリスニングもヒーリングもスーパーでかかっているBGMも全部一緒にされる傾向にある。音楽そのものを楽しむための音楽ではなく、日常生活を演出する小道具としての音楽。そういう受容のされ方に異を唱えるつもりはないが、ムード音楽の中には日常生活を忘れてのめり込んでしまうような作品もあることを忘れてほしくない。もしスーパーで実際にマントヴァーニの「グリーンスリーヴス」やアルフレッド・ハウゼの「真珠採りのタンゴ」やレイモン・ルフェーブルの「シバの女王」なんかが流れていたら、私は買い物どころではなくなってしまうだろう。

 マントヴァーニは1905年11月15日にイタリアのヴェネチアで生まれ、イギリスで教育を受けた音楽家である。本名はアヌンツィオ・パオロ・マントヴァーニ。父親はミラノ・スカラ座のヴァイオリニストで、アルトゥーロ・トスカニーニの指揮の下、コンサートマスターを務めていた。マントヴァーニはピアノとヴァイオリンを習い、16歳でヴァイオリニストとしてデビュー。その時弾いた曲は、ムードたっぷりのブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番だったという。その後、ポピュラー音楽に転向し、ロンドンのメトロ・ポール・ホテルのサロン・オーケストラを率いて活躍、少しずつ知名度を上げていった。
 戦後、天才編曲家ロナルド・ビンジのアイディアを採用し、オーケストラの大部分を弦楽器が占める編成に変更。ヴァイオリンのセクションを3つ(6つともいわれる)に分け、微妙にずらして演奏させることで、斬新で個性的なオーケストラ・サウンドを獲得した。光彩を放ちながら、なめらかに曲線を描き、滝のように流れていくその耽美的な響きは、「カスケーディング・ストリングス」と呼ばれ、多くの人に愛された。1951年の「シャルメーヌ」、1952年の「グリーンスリーヴス」、1953年の「ムーラン・ルージュの歌」を筆頭に、ヒット曲も数多く存在する。1963年に来日。亡くなったのは、1980年3月29日のことである。

 マントヴァーニはオーディオ史の中でも大きな役割を果たしている。1953年、デッカ(高音質の代名詞的な存在)でステレオ実験録音が行われた時、彼のオーケストラが起用されたのである。この事実からも、マントヴァーニ・サウンドがジャンルを超えて注目されていたことがうかがえる。
 「シャルメーヌ」、「グリーンスリーヴス」、「ムーラン・ルージュの歌」は、その後ステレオで再録音され、『ワルツ・アンコール』に収録された。1958年に発表されたこのアルバムが大ヒットしたことはいうまでもない。マントヴァーニは60枚以上のレコードを出したが、そのエッセンスは『ワルツ・アンコール』で味わえると私は思っている。それほどの名編曲、名演奏、名録音である。さらにもう3枚、『フィルム・アンコールVol.1』と『不朽の旋律』とガーシュインのピアノ協奏曲(ピアノはジュリアス・カッチェン)も聴いておけばいうことなしだ。

 マントヴァーニの熱心なファンからはお叱りを受けそうだが、私は彼の録音の全てを賛美する者ではない。「この編曲はちょっと......」といいたくなるものも少なからずある。有名な『シュトラウス・ワルツ集』(ロングセラー・レコードである)も、メリハリのきいたアレンジが施されているが、結果的にストリングスと対比をなす各パートの音がちぐはぐに聞こえてきて、濃厚な味わいは得られない(「宝のワルツ」は魅力的である)。
 ただ、『ワルツ・アンコール』は別格である。全12曲、隙がない。美しいもの以外、ここには存在しないのである。変に捻ったアレンジをせず、ひとつひとつの楽曲からできるだけ多くの美を抽出することに専念している。1曲目「シャルメーヌ」から12曲目「ドリーム・ドリーム・ドリーム」まで、その姿勢は一貫している。「カスケーディング・ストリングス」が、聴き手を美のムードの中に封じ込め、身動きを取れなくさせてしまう。これほどの美の織物を作るために、当時どれだけの才能、技術、そして情熱が注ぎ込まれたのか、想像するだけで鳥肌が立つ。

 数年前、マントヴァーニの『ワルツ・アンコール』の輸入盤を探しに某中古レコード店に行ったことがある。しかし、見当たらない。店員に尋ねると、マントヴァーニの名前すら知らない。こちらが説明すると、「そういったものは買い取っていないから、ここには無いです」という。その口調にカチンときてすぐ店を出たが、これが現実であり、ムード音楽が置かれている状況なのである。
 このシーンの衰微につながった主な要因としては、後継者の不在、楽団の質の劣化、流行や嗜好の変化などが挙げられるだろう。クラシック音楽でもポピュラー音楽でもない、という曖昧なイメージも、プライオリティーを低くしているのかもしれない。ただ、だからといって、抜きん出た才能を持つカリスマたちがのこした遺産の音楽的価値が減ずることは、一切ない。

 『ワルツ・アンコール』は、レコードで聴くことをお薦めしたい。既述したようにムード音楽を取り扱っていない中古レコード店も多いが、品揃えが充実しているところもある。例えば、神保町のレコード社本店。ここにはマントヴァーニのコーナーもあるし、アルフレッド・ハウゼのコーナーもある。中野のRAREに行った時も、マントヴァーニの輸入盤がリーズナブルな価格で売られていた。

 レコードをお薦めしたい、というのは、あくまでも私の個人的なこだわりである。ムード音楽をCDで流すのはちょっと味気ない。ムード音楽は聴く前からはじまっている。レコードを取り出し、ターンテーブルにのせ、針を落とす。その行為から、手さぐりで美にふれるようなロマンティックなムードが生まれる。そんなわけで、先ほどムード音楽が衰微した要因をいくつか挙げたが、最も致命的だったのは〈COMPACT DISC〉の登場だったのではないか、と私自身は考えている。マントヴァーニがCD誕生前に亡くなっているのも何か象徴的である。
(阿部十三)


【関連サイト】
マントヴァーニ
『ワルツ・アンコール』収録曲
01. シャルメーヌ/02. ワイオミング/03. ラ・ロンド/04. 恋はわが胸に/05. ラヴリー・レディ/06. ムーラン・ルージュの歌/07. グリーンスリーヴス/08. 孤独のバレリーナ/09. あなたの眼にくちづけを/10. ディア・ラヴ・マイ・ラヴ/11. アイ・リヴ・フォア・ユー/12. ドリーム・ドリーム・ドリーム