音楽 POP/ROCK

リッキー・マーティン 『リッキー・マーティン』

2026.02.27
リッキー・マーティン
『リッキー・マーティン』
1999年作品

Ricky Martin j1
 2026年最初の2カ月が終わろうとしている中、音楽界の話題を一手に引き受けているように見えるアーティストと言えば、第68回グラミー賞でスペイン語作品では史上初の最優秀アルバム賞を獲得し、NFLスーパーボウルのハーフタイム・ショーでのパフォーマンスで絶賛を浴びた、プエルトリコ出身のバッド・バニーである。これは、トラディショナルな中南米の音楽に根差したラテン・ポップと総称されるスペイン語(一部ポルトガル語)のポップ・ミュージックが長い時間をかけて着々と人気を高め、ジャンルと言語の壁を超えて広く浸透してきたプロセスのひとつの自然な帰結点と言えるだろう。

 もちろん、ここに至るまでに幾つものマイルストーンがあった。例えば、ロス・ロボスの「La Bamba」がスペイン語曲として初めて全米ナンバーワンに輝いたのが1987年で、1999年にラテン・グラミー賞が設立され、2005年にダディ・ヤンキーの「Gasolina」が大ヒットしてレゲトン・ブームに火を点け、2018年にはそのダディ・ヤンキーとルイス・フォンシの「Despacito」が米国でラテン・ポップ・シングルとして初めてダイアモンド・セールス(1千万枚以上)を記録。そして2020年にバッド・バニーが『El Último Tour Del Mundo』でスペイン語アルバム初の全米チャート1位を獲得したわけだが、そんな中で最初にひとつのムーヴメントとしてラテン・ポップのパワーを世界に示したのがいわゆる〈ラテン・エクスプロージョン〉であり、バッド・バニーの同郷の先輩リッキー・マーティンこそがその旗手だった。

 そう、まだまだラテン・ポップとメインストリームなポップの間に歴然とした壁が聳えていた1990年代末、すでにスペイン語圏でキャリアを築いていたアーティストたちが、サウンドはラテン路線のまま、英語で歌うアルバムを相次いで発表。幅広いリスナーにアピールすることで、続々より大きな舞台にクロスオーバーしていく。スペイン系米国人のエンリケ・イグレシアス然り(1999年の『Enrique』)、サルサ界のスーパースターであるプエルトリコ系米国人のマーク・アンソニー然り(1999年の『Mark Anthony』)、コロンビア出身のシャキーラ然り(2001年の『Laundry Service』)......。中でもリッキーは1999年5月に逸早く、通算5枚目にして初の英語アルバム『リッキー・マーティン』をリリースし、ラテン・アーティストとして初めて全米チャート初登場1位を記録。やはりラテン・アーティストのアルバムとしては最多とされる、世界合計約1500万枚を売り上げることになる。

 何しろこの時点でリッキーは上昇気流に乗っていた。12歳にしてプエルトリコ発のボーイズ・グループ=メヌードに参加。彼らが世界的人気を誇った黄金期に在籍し(1985年の来日公演で早くも日本武道館のステージに立った)、17歳の時に脱退するとソロに転向して、ラテン・ポップ界でさらなるスターダムを極めた彼は、フランスで開催された1998FIFAワールドカップのオフィシャル・ソング「La Copa De La Vida/The Cup of Life」を歌い、これがヨーロッパと中南米を中心に大ヒットを博した。殊に、1999年2月のグラミー賞授賞式での伝説的パフォーマンスは計り知れないインパクトを刻み、その翌月、ラテン・エクスプロージョンの起爆剤となるお馴染みのシングル「Livin' La Vida Loca」が登場。ボン・ジョヴィやエアロスミスを始め無数のアーティストにヒット曲を提供してきた大御所ソングライターのデズモンド・チャイルドと、メヌードの同期生でかねてからコラボ関係にあったロビ・ドラコ・ロサ(彼が2004年に発表した英語アルバム『Mad Love』も名盤だ)が手を組み、〈ラテン版エルヴィス〉をイメージして作ったというこの曲は、まさにジャンルと言語の壁を飛び越える破壊的なパワーをもって、英米ほか世界中でナンバーワンを獲得するのだった。

 そんな「Livin' La Vida Loca」で幕を開ける『リッキー・マーティン』は、様々な役割を担ってリッキーをルーツとつなぐロビ、デズモンド、そして曲によってはウォルター・アファナシエフやダイアン・ウォレンといったデズモンドに劣らぬヒットメイカーたちを交えて制作。サンバ(「Livin' La Vida Loca」「I'm On My Way」)、サルサ(「Love You for a Day」)、ラテン・ファンク(「Shake Your Bon-Bon」)、ボレロ(「You Stay With Me」)といったスタイルを程よく取り入れて、実に完成度の高いメロディックなポップソングを揃えている。何よりも特筆すべきは、贅を尽くしたアレンジだろう。シンセティックなプロダクションのダンスポップやR&Bが主流だった当時、全編でオーケストラ級の数の管弦楽器プレイヤー及びパーカッショニストを迎えて、トラディショナルなラテン音楽ならではの華やかなアレンジを施した。ヘタをしたらヴォーカルを圧倒しかねないスケールなのだが、歌い手として圧巻のスキルとセンスと艶やかさを備えたリッキーにはこれくらいがちょうどいい。ソングライティングには一切関わらずインタープリター/解釈者に徹している彼は愛を誓い、愛の力を讃え、愛の痛みを吐露し、でも決してダーティーな域には立ち入らず、曲によってはスペイン語もミックスしながら、ひたすら熱く甘く愛を歌い続ける。中でもヴォーカル面のハイライトを挙げるとしたら、甘みを最大限に強調した「You Stay With Me」、もしくは、マドンナをデュエット・パートナーに迎えて抑制の効いた声をふたりが重ねる「Be Careful(Ciudado Con Mi Corazón)」だろうか? アップテンポだろうとダウンテンポだろうと常にエンターテイニングなリッキーは、英語で歌わずして遅かれ早かれ世界を魅了していたと思うのだが、本作がそれをスピードアップさせたことは間違いない。

 こうして『リッキー・マーティン』はひとつのテンプレートとなり、エンリケやシャキーラがあとに続いて、ジェニファー・ロペスがミュージシャン・デビューを果たしたりもするわけだが、多くのアーティストが同じレーベルに所属していたこともあってラテン・エクスプロージョンは〈つくられたムーヴメント〉との批判も受けた。それも一理あると思う。ただこれらの英語作品は実際にラテン・アーティストたちの魅力を我々に知らしめ、言語とカルチャーを共有する巨大なシーンが存在することを教えてくれた。以来四半世紀の間に米国のヒスパニック人口は2倍近く(全人口の約2割に相当する約6800万人)に増加。スペイン語を母語とするミュージシャンはもはや英語で歌う必要がなくなった、リッキーも2005年の『Life』以降英語作品は作っておらず、最近は自らソングライティングに関わってよりパーソナルな曲を歌うと共に、積極的に後輩たちとコラボしている。バッド・バニーとも彼のデビュー作『X 100pre』(2018年)やリッキー自身のEP『Pausa』(2020年)で共演。2019年に、女性や性的マイノリティへの差別的な発言を理由にプエルトリコ知事の辞任を求める大規模デモが起きた時も、一緒に声を上げたものだ。

 そして先日のハーフタイム・ショーにもゲスト出演したリッキーは、バッド・バニーの「Lo Que Le Paso a Hawaii(=ハワイに何が起きたのか)」をカヴァーした。プエルトリコでの過剰な開発に警告を発する曲だ。終演後、バックステージで固く抱き合うふたりの様子が報道されたが、バッド・バニーの表情からは深い敬意と謝意が読み取れるような気がしてならなかった、リッキーの功績の上に今の自分があるのだ、という。
(新谷洋子)


【関連サイト】
RICKY MARTIN 「Livin' La Vida Loca」

『リッキー・マーティン』収録曲
1. Livin' La Vida Loca/2. Spanish Eyes/3. She's All I Ever Had/4. Shake Your Bon-Bon/5. Be Careful (Cuidado Con Mi Corazón)/6. Love You For A Day/7. Private Emotion/8. I'm On My Way/ 9. I Am Made Of You/10. La Diosa Del Carnaval (Spanish Eyes)/11. You Stay With Me/12. Livin' La Vida Loca(Spanish Version)/13. Bella(She's All I Ever Had)/14. I Count The Minutes

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