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ジュリアン・デュヴィヴィエ 〜失われたフランスを求めて〜

2011.05.05
 「フランス映画=アンハッピーエンド」のイメージが日本で定着したのは1930年代のことである。そのアンハッピーなフランス映画の代表的な監督として人気を博していたのがジュリアン・デュヴィヴィエだ。人生に疲れを感じた時、その作品は強いお酒のように胸にしみる。

 デュヴィヴィエはジャン・ギャバンを育てた人でもある。このコンビは、日本でいえば黒澤明と三船敏郎のようなもの。『白き処女地』『ゴルゴダの丘』『地の果てを行く』『我等の仲間』『望郷』など、2人が組んだ作品は次々とヒットし、高評価を得て、フランス映画のイメージを確立した。

 かつて日本の映画ファンには絶対的だったデュヴィヴィエの名前も、ヌーヴェルヴァーグの若き映像作家たちに否定され、「時代遅れ」の烙印を押され、今ではほとんど忘れられている。しかし、このまま忘れられていいものだろうか。今観るとどこが時代遅れなのか分からないほどリアルで、イデオロギーに溺れたヌーヴェルヴァーグ作品より長い生命を保っている作品もあるのに。
 まあ、一口にヌーヴェルヴァーグといっても傾向は様々だし、過去を否定して新しい映画の文法を作ろうとした才気煥発な監督たちの野心や気概を一蹴するつもりはないが、まず技術や説明を先に感じさせてしまうような作品には感情移入できない。その点、デュヴィヴィエ映画には役者たちの「本気」が張り詰めている。とにかく皆大真面目である。そこから生まれるリアリティと緊張感は、驚くべきことに今も弛緩していない。

DUVIVIER_bandera
 キャリアのピークは1930年代。最も人気が高いのはアルジェのカスバを舞台にした『望郷』。港でのラストシーンはあまりにも有名だ。チープなお涙頂戴に走りがちな現代の監督が撮ったらただのベトベトしたおセンチ映画になることだろう。しかしデュヴィヴィエは必要以上の感傷を持ち込まない。そこが良い。
 外人部隊に逃げ込んだ殺人犯とそれを追う密偵の顛末を描く『地の果てを行く』も傑作。演出は力強く、しかもシャープである。原住民の娘を演じたアナベラの熱演も忘れ難い。『巴里祭』の可憐な少女の面影は微塵もなく、女優として一皮むけたところを見せている。密偵役のロベール・ル・ヴィガンは嫌味でしつこいが、その一元的に見える人物描写が終盤で思わぬギャップを生み出している。
 そしてマリー・ベル、ルイ・ジュヴェ、ピエール・ブランシャールなどフランス演劇界の名優が総出演した『舞踏会の手帖』。高校時代、私はこの映画をビデオで何度も観た。そもそものきっかけは芥川比呂志が書いたエッセイ集である。そこでルイ・ジュヴェが絶賛されていたので興味を持ち、その演技が見たくなってビデオを借りた。フランシス・ジャムの詩を諳んじるシーン、あれは本当に素晴らしかった。ああいう風にフランス語が喋れたら良いのにと思ったものである。しかし、これは人生への幻想と失望を容赦なく描いた残酷な作品だ。人生経験がなかった当時は「この役者うまいなあ」で済んでいたが、今はストーリーが痛々しすぎて直視できそうもない。

DUVIVIER_SOUS LE CIEL DE PARIS
 後期の代表作は、コミカルでシニカルな『アンリエットの巴里祭』とミステリアスで重々しい雰囲気の『埋れた青春』。ただ、ストーリーテリングの工夫の跡は見えるものの、1930年代の諸作品と比べると演出力の衰えは隠しようがない。前者は可憐なダニー・ロバン、後者は官能的なエレオノラ・ロッシ・ドラゴと知的なマドレーヌ・ロバンソンに救われている。「女優頼み」と言えなくもない。
 純粋に作品として評価するなら、パリに生きる人々を活写した群像劇『巴里の空の下セーヌは流れる』の方が秀でている。キャストは地味だが、その分ドキュメンタリー風の趣がよく出ている。

 遺作はアラン・ドロン主演の『悪魔のようなあなた』。謎が謎を呼ぶ、手に汗握るサスペンスと言いたいところだが、駄作である。無駄に伏線を張りすぎて完全にテンションがだれている。見どころはセンタ・バーガーのお色気のみ。これがデュヴィヴィエの最後の作品とは寂しい。

 余談だが、『我等の仲間』はアンハッピーエンド版とハッピーエンド版の2種類あり、後者は唖然とするほど強引な終わり方をする。一作で二度楽しませるためにこういうことを試みたのだろうか。単に米国市場向けにハッピーエンド版も作ったのだろうか。私は高校時代、無性にこの映画が観たくなってレンタルビデオ店で探したが見つからず、僅かな貯金をはたいてビデオを買った。それがよりによって和気藹々としたハッピーエンド版の方で、かなりアンハッピーな気分を味わったことがある。今はDVDで両方のバージョンを観ることができるからそういう心配はない。
(阿部十三)

【関連サイト】
映画監督ジュリアン・デュヴィヴィエ(書籍)
舞踏会の手帖(DVD)
地の果てを行く(DVD)
[ジュリアン・デュヴィヴィエ略歴]
1896年10月8日フランス生まれ。舞台俳優を経て、1919年に監督デビュー。1932年の『にんじん』で注目され、ジャック・フェデー、ルネ・クレール、ジャン・ルノワールと並ぶ4大巨匠に。戦中はフランス国外で数本撮るが、めぼしいのはマール・オべロン主演の『リディアと四人の恋人』くらい。戦後はフランス映画界に復帰。1967年10月30日交通事故で死去。
[主な監督作品]
1932年『にんじん』/1933年『モンパルナスの夜』/1934年『商船テナシチー』『白き処女地』/1935年『ゴルゴタの丘』『地の果てを行く』/1936年『我等の仲間』『旅路の果て』/1937年『望郷』『舞踏会の手帖』/1938年『グレート・ワルツ』/1941年『リディアと四人の恋人』/1947年『パニック』/1948年『アンナ・カレニナ』/1951年『巴里の空の下セーヌは流れる』『陽気なドン・カミロ』/1952年『アンリエットの巴里祭』/1954年『埋れた青春』/1955年『わが青春のマリアンヌ』/1959年『自殺への契約書』/1962年『フランス式十戒』/1967年『悪魔のようなあなた』