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マックス・オフュルス 〜サイコロ勝負に勝つ監督〜

2011.05.15
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 なめらかなカメラワークと洗練されたカットでヌーヴェルヴァーグの監督たちを魅了した才人、マックス・オフュルス。彼もまた先輩エルンスト・ルビッチと同じく、ナチス以前のモダンだった頃のドイツ映画界で修練を積んだ人である。その演出スタイルはルビッチに勝るとも劣らずエレガント。単にうまいだけでなく、鳥肌が立つほどうまい。
 彼はワンカットに己の美学を注ぎ込む。それでいて作為的なぎこちなさを見せず、流麗、天衣無縫である。オフュルスのファンだったジャン=リュック・ゴダールはこんな賛辞を寄せている。「(オフュルスは)サイコロをひと振りするたびに勝負に勝つ映画作家だ」

 代表作は1950年の『輪舞』。フランスの人気俳優が総出演したリレー形式の恋愛劇である。ダニエル・ダリュー、シモーヌ・シニョレ、オデット・ジョワイユー、ダニエル・ジェラン、シモーヌ・シモン、ジャン=ルイ・バロー、ジェラール・フィリップ、アントン・ウォルブルック......と配役を見ているだけで目が眩みそうだ。そして個性の強いスターたちを適材適所で使いこなすオフュルスの隙のない演出。白眉はダニエル・ジェランとシモーヌ・シモンのエピソード。フランス映画界の至宝クリスチャン・マトラによるカメラワークも神がかっている。

 オフュルスにとって唯一のカラー映画である『歴史は女で作られる』は、1955年公開当時、興行的に失敗した作品。ブリジッド・バルドー以前に活躍した肉体派女優マルティーヌ・キャロルの人気はこれ以降下り坂になる。オフュルスも編集権を奪われ、失意の底にあったらしい。しかし、この映画、今観るとすこぶる面白い。ルートヴィヒ一世の愛人でもあったダンサーで、数々の男を渡り歩いたローラ・モンテスの半生を描いた物語だが、ベタベタになりがちな愛欲、恋愛の描写を抑制の利いた演出で見せ、それでいて情感を忘れない。どこを取ってもオフュルスの美点が結晶化している。
 数年前にオフュルスの遺志に沿った形で修復、ニュープリント版が上映されて話題になったが、私はまだ観れていない。海外ではブルーレイが出ているようなので、日本でも発売して欲しいところだ。

 ハリウッドで撮られた『魅せられて』も良い。貧しいモデルのレオノーラは富豪のスミスと結婚するが、夫の奇矯な性格と空虚な生活に耐えかねて家を飛び出す。そして高潔な医者ラリーと出会い、惹かれ合うのだが......という話。ジェームズ・メイソン扮するラリーとロバート・ライアン扮するスミスが対面するシークエンスの素晴らしさには溜め息が出る。こちらの撮影は『モロッコ』『上海特急』のリー・ガームズ。

 『ヨシワラ』『忘れじの面影』『たそがれの女心』も代表作に入れていいだろう。言ってしまえば、どれも現代の恋愛感覚からかけ離れた古めかしい悲恋メロドラマだが、そこに漂う香気はまぎれもなくオフュルスならではのものだ。
(阿部十三)


[マックス・オフュルス略歴]
1902年5月6日、ドイツのザールブリュッケン生まれ。本名マックス・オッペンハイマー。記者、舞台俳優、演出を経て、1930年に監督デビュー。1933年にアルトゥール・シュニッツラー原作の『恋愛三昧』で成功。パリに移住。以後フランスとアメリカで活躍。1957年3月26日、『モンパルナスの灯』を準備中に急逝。
[主な監督作品]
1933年『恋愛三昧』/1937年『ヨシワラ』/1947年『風雲児』/1948年『忘れじの面影』/1949年『魅せられて』/1950年『輪舞』/1952年『快楽』/1953年『たそがれの女心』/1955年『歴史は女で作られる』