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内田吐夢 〜夢を吐く男。あだ名は「巨匠」〜

2011.06.05
 内田吐夢ほど浮き沈みの激しい人生を送った映画監督がいるだろうか。その歩みを追うだけでも劇的な長編小説を読むような思いがする。
 高等小学校中退後、ピアノ屋で丁稚奉公し、こき使われた少年時代。やがて映画に興味を持った彼は、谷崎潤一郎の『アマチュア倶楽部』の製作現場に飛び込むが、そのまま映画界に進むことなく、旅芸人の一座に入りドサ回りを体験。さらに、震災直後は浅草で日雇い人夫をしていたという。
 1924年に映画界入りし、日活で大監督になってからも、波乱は終わらない。戦中、満州映画協会(満映)に参加すべく中国へ赴くが、映画製作が頓挫。終戦直前、再び中国へ。玉音放送後、満映理事長の甘粕正彦が目の前で自決。思うところあって中国にとどまり、鉱山で働く人々に映画を教え、ようやく帰国したのは1953年のこと。55歳になった〈過去の大監督〉は、2年後に『血槍富士』で見事復活を果たす。

 そんな山あり谷ありの人生を送った彼の作品は、弱者への視線を失うことがない。つねに支配階級、貧富の差への怒りをたぎらせている。演出は骨太でダイナミック。それでいて『妖刀物語 花の吉原百人斬り』のように嫋々たる風情を醸すテクニックも心得ており、「女」を描かせてもうまい。
 役者やスタッフの力を搾り取る鬼監督として有名で、高倉健もその厳しい指導で演技開眼した。この監督の壮絶な人生と絢爛たる映画術については、名脚本家、鈴木尚之が著した『私説内田吐夢』に詳しく書いてある。本の中に出てくる「隷属意識からは、ものの発想は生まれませんよ!」という吐夢の言葉は、どんな境遇に落ちてもプライドを失うことのなかった彼自身の気概がよくあらわれていて、ひとしお胸に響く。

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 代表作は、戦前なら『限りなき前進』『土』、戦後なら『妖刀物語 花の吉原百人斬り』『宮本武蔵』『飢餓海峡』。とりわけ1964年の『飢餓海峡』は、私見では日本映画黄金時代の最後を飾る傑作だと思っている。これは内田吐夢が執念で作り上げた迫真の人間ドラマ。とある事件によって大金を手にした男と、男を一途に愛し続けた女。この2人が辿る悲劇的な運命を、戦後の混乱期を背景にダイナミックな演出で描破している。W106方式(16mmで撮ったものを35mmに拡大してフィルムの粒子をあえて粗くする)で生々しい映像的質感を獲得している点にも注目。今回、久しぶりに『飢餓海峡』を観直してみたが、ラストの地蔵和讃が消え入った後、しばらく震えが止まらなかった。

 代表作として挙がることは少ないが、戦後復帰第一作目となった『血槍富士』についてもふれておきたい。これは江戸へ向かって旅をしている一行の物語。主な登場人物は槍持ちの権八、酒乱の気がある主人の酒匂小十郎、そしてお供の源太。道中、旅芸人の母娘、大金を抱える挙動不審な男、身売りされる娘と老父の人生模様が入り乱れ、終盤、急転直下で悲劇へと驀進する。全編に漂う殺気が凄い。早い段階から「小十郎はお酒のせいで何かやらかすだろう」という予感を抱かせるが、それが次第に黒い殺気となって画面を覆い尽くしてゆく。
 クライマックスの殺陣は、大衆時代劇で見るような華麗なものではなく、見方によっては不格好ですらある。しかしスーパーマンが悪党を一刀のもとに斬り伏せるような殺陣より数段リアルに映る。槍持ちを演じるのは時代劇スターの片岡千恵蔵。彼がじたばたしながら槍を振り回し、転び、叫び、必死の形相で闘っている。その壮絶さと生々しさに引き込まれずにはいられない。殺し合う時は人間も動物も虫も変わらない。そこには綺麗なものなど存在しないのだ。そんな視点がここにはっきりと表れている。

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 『宮本武蔵』は全5部からなる超大作。「スーパーマン」のように強い男が主人公だが、そこは内田吐夢、ただのチャンバラ劇にしないために、武蔵が人間として成長する様を主役の中村綿之介の成長に合わせて撮ることにこだわり、5年の歳月をかけて完成させた。
 動物的に人を殺す無知な荒武者の武蔵が、沢庵和尚に諫められて「智」に目覚めるまでを描く第1部『宮本武蔵』。学問を修めた武蔵が剣の道を極めるべく、お通への慕情を断ち切り、1人修行の旅に出る第2部『宮本武蔵・般若坂の決斗』。柳生に追いつめられた武蔵がとっさの判断で二刀流を編み出す第3部『宮本武蔵・二刀流開眼』。己の剣に絶対的自信を持つ武蔵が73対1の死闘を繰り広げる第4部『宮本武蔵・一乗寺の決斗』。本当の強さとは何か悩み、迷い、人間として変化した武蔵が巌流島で佐々木小次郎と対決する第5部『宮本武蔵・巌流島の決斗』。どれも見応え十分だが、第1部と第4部はとくに評価が高い。武蔵が乗り移った中村綿之介の演技は圧巻の一言。ほかの配役も万全で、隙がない。こんな映画はもう撮れまい。
(阿部十三)


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[内田吐夢プロフィール]
1898年4月26日、岡山県生まれ。本名は常次郎。「トム」は不良少年時代からの渾名。様々な職を経て、1924年、国活巣鴨撮影所に入り、日活へ。1929年『生ける人形』で注目され、『限りなき前進』、『土』で地位を確立。戦中は満映に参加。戦後8年間を中国で過ごす。1955年、映画界に復帰。「巨匠」として尊敬を集めるが、1970年8月7日死去。
[主な監督作品]
1925年『義血』/1927年『競争三日間』/1929年『生ける人形』/1931年『日本嬢(ミスニッポン)』『仇討選手』/1932年『大地に立つ前後篇』/1933年『警察官』/1935年『白銀の王座前後篇』/1936年『人生劇場青春編』/1937年『裸の町』『限りなき前進』/1939年『土』/1940年『歴史』/1942年『鳥居強右衛門』/1955年『血槍富士』/1956年『黒田騒動』/1957年『大菩薩峠』(1959年まで)/1958年『森と湖のまつり』/1959年『浪花の恋の物語』/1960年『酒と女と槍』『妖刀物語 花の吉原百人斬り』/1961年『宮本武蔵』(1965年まで)/1962年『恋や恋なすな恋』/1964年『飢餓海峡』/1968年『人生劇場飛車角と吉良常』/1971年『真剣勝負』