映画 MOVIE

アンジェイ・ムンク 〜深遠なる人間模様〜

2013.02.14
 アンジェイ・ムンクは1921年に生まれて戦争を生き延びたポーランドを代表する映画監督の一人である。ポーランド映画の奥深さを静かに知らしめるグレイトな企画だった〈ポーランド映画祭2012〉の中でも、ムンクの作品群はぼくの心臓に最も深々と刻まれた。
 39歳で亡くなり、遺した長編映画は4本だけ。それにもかかわらず、『アンナと過ごした4日間』の監督として知られるイエジー・スコリモフスキをはじめとして、ムンクは様々な人に愛されて影響を与え続けている。仕掛けを施したナチュラルな脚本が人間の意識を炙り出し、特にモノクロの長編映画は人間の内面そのものの表われのような光と影や陰影で彫りが深い映像力も際立つ。何しろすべてのカットが必然だから観た者すべてが一生忘れない映画になるのである。

 ムンクは決して一色ではない。一つ観て次に別の作品を観て意表をつかれる。でも理詰めではなく生活感も滲むフツーの人間の翳りの匂いで一貫している。
 長編デビュー作でもある傑作『鉄路の男』(1956年)は特に人間臭い映画だ。いくら時代が変わろうが周りから嫌われようが空気を読むことはなく、おのれの仕事をまっとうするために自分のやり方を貫き通す頑固一徹な老機関士の〈真実〉を描き、黒澤明の『羅生門』の流れをくむ入り組んだ構成ながらも豪胆かつ繊細な展開で一気にみせる。この映画も悲劇を含むが、労働の証の汗と汚れ、蒸気機関車と夜の濃い黒色、力強い鉄道の音、そのすべてがブレンドした重厚な味わいの中から戦後ポーランドの復興の熱気も湧いている肯定的な作品なのだ。

 『鉄路の男』は社会主義政権下ならではの社会性をはらみつつポリティカルな色は薄めである。でもナチス・ドイツによるヨーロッパの惨劇が集約されたポーランドの映画監督だけに、ムンクにも政治的なニュアンスの映画が多い。ただし5つ年下のアンジェイ・ワンダの映画『地下水道』『灰とダイヤモンド』などとは異なり、何かに抗う人間というよりは、過酷な運命を受け入れてジタバタしながらクールにやりすごし、時に自分自身と格闘する人間に向き合ってじっくりと描いた。第二次世界大戦の〈最前線〉で多感な時期に戦争を体験した人間ならではの、複雑な人間心理の描写力から生まれた苦渋の後味がたまらない。戦後の成長とソ連の支配下に置かれた政治状況の中で息づくポーランドの倦怠の空気感も漂っている。

Andrzej Munk_a1
 むろん単なる悲劇や反戦の類いで終わらせず〈戦争映画〉でも派手な戦闘や死はみせず。映画ならではの深い表現で意識に訴えかけるのがムンク流で、特に『エロイカ』(1957年)は第二次世界大戦中のストーリーを2編みせることでムンクの特性が露わになっている。第一部では、ナチス・ドイツ占領下の1944年に起こったワルシャワ蜂起の中で右往左往する気弱なお調子者の男の物語をコミカルな手法も織り交ぜて進める。第二部では収容所内の「脱走兵」を取り巻く捕虜たちの心の揺れを捉え、閉ざされた空間の中での静かなる緊張感に覆われている。まったく別の2つ物語を続けて1つの作品として提示した形だが、ユーモラスとシリアスの2本立て映画の連続上映みたいな作りも奏功し、フツーの人間が抱く煩悩や葛藤で歪んだ光と影が堪能できるのだ。

 一方、『不運』(1960年)はムンク流儀のユーモアとペーソスに満ち溢れたストレンジな〈快作〉である。1930年代から1950年代までの激動の時代のポーランドを舞台に、一人の男の数奇な人生をフラッシュバック・スタイルで綴っていく。狡猾な欲を隠し持つ〈善人〉のズッコケぶりがたまらないが、政治や社会にロマンスも絡めた話で甘酸っぱくなりそうだったのに苦い展開をしていき、何度も暗転するあまりにも哀れな話だから笑い声も出ないひきつった笑いを誘発する。なにしろ男の挙動と表情と言葉のひとつひとつが可笑しく物哀しく、〈笑い涙〉と〈哀し涙〉が薄っすらと滲んできて溜め息が止まらない。それでも暗く感じさせないのはスピード感とリズム感に貫かれているからで、ユダヤ人排斥などの時代時代の政治情勢の煽りを受けて確かに不運だが、主体性に欠けるヘタレ男の悲哀は普遍的だから現代的ですらあるのだ。

 そんなムンクも『パサジェルカ』(1963年)の撮影終盤の1961年の9月に事故で他界する。アウシュヴィッツ収容所の女看守と〈女囚〉という、デリケートな立場の女性2人の微妙な交感による張りつめた空気の中から浮かび上がった激しくも淡い情感に引き込まれる映画だ。最終的な構成はムンクの頭の中にしか存在しなかったようで、大半の中核の部分が完成していたとはいえ、制作途中だった序盤と終盤は物語をぼかしてムンクの周りの人間がスチール写真とナレーションでつなげた〈スライド無声映画〉状態になっている。むろん〈未完〉が惜しまれるが、観る者のイマジネーションも大切にするムンク作品の個性を逆手に取って仕上げられた佳作である。

 巨匠と呼ばれるような歳に至る前に他界したからでもないだろうが、これだけの映画を残しているにもかかわらずムンクにはあまり大物感が漂ってない。だがムンクを伝説の中に封じ込めることは誰にもできないし、埋もれさせることもできない。多彩な作風の中で息をしている諦観めいた人間模様は、結果がわかっていても二度三度観るとますます深みにハマりじわじわじわじわと味わいが増す。ほろ苦い〈スルメ作品〉であり、底無し沼のように深遠極まりない。だからこそムンクの映画もやはり「これぞ映画!」と言い切りたいのだ。
(行川和彦)


【関連サイト】
ポーランド映画祭2012
アンジェイ・ムンク(DVD)
[アンジェイ・ムンク略歴]
1921年10月16日、クラクフ生まれ。ワルシャワ工科大学に進むが中退。ワルシャワ大学で法学を専攻し、その後ウッチ映画大学に入学。1955年、中編セミドキュメンタリー『白い決死隊』で評価される。1956年に『鉄路の男』で長編映画デビュー。1957年に『エロイカ』、1960年に『不運』(『やぶにらみの幸福』と訳されるケースも)を発表。1961年9月20日、『パサジェルカ』の撮影地、アウシュヴィッツ強制収容所に向かう途中、トラックと正面衝突し死去。死後、アンジェイ・ムンク映画賞が創設された。
[主な監督作品]
1955年『白い決死隊』/1956年『鉄路の男』/1957年『エロイカ』/1960年『不運』/1963年『パサジェルカ』