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バーバラ・スタンウィック 〜彼女の前に難役なし〜

2014.09.01
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 バーバラ・スタンウィックの演技はひとつの理想である。常に軽々と役にフィットし、どんな難役であっても、気構えやストレスを微塵も感じさせない。むしろ難役であればあるほど輝きを増すのである。一例だけ挙げても、『ステラ・ダラス』(1937年)のステラ、『レディ・イヴ』(1941年)のジェーン、『群衆』(1941年)のアン、『教授と美女』(1941年)のオ・シェイ、『深夜の告白』(1944年)のフィリスといった具合に、一癖も二癖もある役がずらりと並ぶ。今となってはバーバラ以外の女優が演じることを想像するのが難しいものばかりだ。そんな演技力が身についたのも、長い下積み経験があったからだろう。15歳の時、ジーグフェルド・フォーリーズのコーラス・ダンサーになり、やがて舞台女優に転じた彼女は、実地で才能を磨き、多様な役柄を掌中におさめる大器へと成長したのである。

 抜群に艶やかな容姿とすばらしい脚線美の持ち主でもあった。ダンサーだったこともあり、身体能力も高かった。そのダンスと脚線美は、『教授と美女』で(伝説のドラマー、ジーン・クルーパの演奏と共に)たっぷり堪能することが出来る。『大平原』(1939年)でも、鉄火肌らしく高い段差のある所から階段を使わずに飛び降りたりしている。
 なお、この2作に関していえば、複数の男の間を揺れるヒロインを演じているが、彼女の芝居には嫌みなところが全然なく、変に媚びた顔つきもせず、どこかさっぱりしている。色気や情感をにじませても、じめじめしていないところが良い。『群衆』でジョン・ドーを売り出すキャリアウーマンのアンも、ほかの女優が演じていたら、もっといやらしい印象を与えたことだろう。バーバラはキャラクターの複雑な心理や立場をうまく観客にのみこませる術を心得ていたのである。

 代表作として挙げられることが多いのは、キング・ヴィダー監督の『ステラ・ダラス』とビリー・ワイルダー監督の『深夜の告白』である。前者は娘のために自分を犠牲にする、いわゆる「母もの」。これによりバーバラは初めてオスカーにノミネートされた。後者は保険金殺人を扱った犯罪もの。私はワイルダー作品の良い鑑賞者ではないが、ファム・ファタールのフィリスが出てくるシーンの演出には気合いが感じられる(美脚にアンクレットをつけさせた気持ちもよく分かる)。

 しかし、なんといっても彼女が他の追随を許さぬほどに才能を発散させているのはコメディ作品である。名コメディエンヌと言われる人の演技を観て笑うことがほとんどない私のような者でも、バーバラが演じるヒロインを前にすると、つい頬が緩み、降伏してしまう。
 まず挙げておくべき作品は、プレストン・スタージェス監督の『レディ・イヴ』だろう。ヘンリー・フォンダ扮するビール会社の御曹司パイクが、アマゾンでヘビの研究にいそしんだ後、船上でカード詐欺師のジェーンと会い、愛を語り合う場面で、次のような会話が交わされる。

「ヘビは僕の人生なんだ(Snakes are my life, in a way.)」
「何て人生なの!(What a life!)」

 「What a life!」と言いながら、バーバラは大して感嘆しているわけではない。そのなめらかな声のトーンとエロキューションだけでも傑作で、笑いがこらえられなくなる。とぼけた味わいの中にも粋を感じさせる、その「アンバランス加減」が絶妙だ。下手に面白くしようとして空回りすることがない。
 ここで思い出すのは、ハワード・ホークス監督が『赤ちゃん教育』(1938年)でキャサリン・ヘプバーンと組んだ時のエピソードである。ホークス監督曰く、「大問題は、(キャサリンが)面白くしようとしてしまうことだった。面白くやらないようにすれば、面白いわけだ。私はどうしようもなくなり、ジーグフェルド・フォーリーズなどの喜劇役者(ウォルター・キャトレット)に会いに行った」。もしかするとバーバラは喜劇の演技の勘をジーグフェルド・フォーリーズ時代に養っていたのかもしれない。むろん、『レディ・イヴ』の見所はこのシーンだけでなく、二転三転するストーリー、ウェディング・ドレスを着たバーバラの美しさ、コケまくるヘンリー・フォンダ、完璧なラストなど、いっぱいある。

 私が最も好きなバーバラの出演作は、リー・ジェイソン監督の『美人は人殺しがお好き』(1938年)である。彼女の華やかなキャリアの中では重視されることのないRKOの低予算映画だが、これは一世一代のコメディエンヌの魅力を最大限引き出した成功作だ。
 主人公は大富豪のお嬢様メルサ・マントン。ある晩、彼女は空き家で死体を発見するが、警察を呼んで再び現場に戻ると、死体は消えていた。彼女は嘘をついていないと主張するが、普段の素行が良くないため、警察は信用してくれない。新聞社も自分のことをネタにして、「警察相手に悪ふざけ」と中傷記事を書く。怒ったメルサは、大人数の女友達の協力を得て事件解決に乗り出すが、次々と犠牲者が出て、次第にメルサの身も危うくなる。きちんと伏線を張っていて推理物としてもよく出来ているし、ロマンティック・コメディとしても楽しめる軽いサスペンスである。バーバラの表情、仕草、粋なエロキューションのひとつひとつが笑いの種になり、普通なら半時間もすれば笑い飽きてくるところ、最後まで食傷することがない。また、シンプルな演出空間の中、照明や音楽(ないし無音)を効果的に用いることで、ほどよい緊張感も生んでいる。秀逸なのはメルサが真犯人と2人きりになるラスト。明るい照明の中、だだっ広い部屋で、音楽もなく、それまでの賑やかさが嘘であるかのような静寂に満たされる。一風変わったクライマックスである。

 バーバラの演技はリズムに乗っていて、見るからに楽しそうである。警部補と新聞社の広報が密談をしているのを盗み聞きしようと、パーティ会場内をすばしこく動き回るシーンなど本当にキュートだ。ちなみに、メルサと喧嘩しながら理解を深め、恋に落ちる三枚目的な新聞社の広報担当、ピーター役を演じているのは、これまたヘンリー・フォンダである。
 女性たちが娯楽半分のノリで事件解決に奔走する設定は、後年の仁木悦子の推理小説を思わせなくもない。私はこの楽しげな雰囲気にはまってからというもの、50回以上観ている。もはやビデオを取り出さなくても、頭の中で再生することが可能な状態だ。我ながら異常である。

 バーバラはオスカーに4度ノミネートされたが、受賞にはいたらなかった。これほどの名女優が受賞していないのは、アカデミー賞の歴史の汚点である(結局、1981年度のアカデミー賞で名誉賞を授与された)。ただ、「バーバラ・スタンウィック」の名を不滅のものにする作品は十指に余るほどある。先に挙げたタイトル以外にも、美貌とセクシーな肢体が眩い『風雲のチャイナ』(1933年)、電話相手の一人芝居(大半は回想シーンだが)で観る者を牽引する『私は殺される』(1948年)、愛していない夫への感情の変化を繊細に表現した『タイタニックの最期』(1953年)があるし、さらにテレビの歴史にも『バークレー牧場』(1965年〜1969年)や『The Thorn Birds』(1983年)で足跡を残している。これだけあれば、女優冥利に尽きるというべきかもしれない。
(阿部十三)


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Barbara Stanwyck
[バーバラ・スタンウィック略歴]
1907年7月16日、ブルックリン生まれ。4歳で孤児となり、姉に育てられる。15歳でジーグフェルド・フォーリーズのコーラス・ダンサーとなり、ブロードウェイに進出し、舞台女優として成功した。1930年、フランク・キャプラ監督の『希望の星』に出演。以後キャプラのお気に入り女優となる。1937年にはキング・ヴィダー監督作『ステラ・ダラス』でオスカーに初ノミネート。女優としての地位も安定し、作品にも恵まれた。1960年代から映画出演が減るが、テレビの『バークレー牧場』で人気を維持した。人柄も良かったことから多くの共演者、スタッフに愛されたという。私生活ではコメディアンのフランク・フェイ、二枚目俳優ロバート・テイラーと結婚し、いずれも離婚。年齢差のあるロバート・ワグナーとのロマンスも話題になった。1981年度のアカデミー賞で名誉賞を受賞。1990年1月20日、心不全により死去。