映画 MOVIE

遅咲きのアメリカンニューシネマ 〜『サンダーボルト』のホロ苦い詩情〜

2011.06.10
THUNDERBOLT
 画面一杯に広がる黄金色の麦畑と鮮やかな青い空。アイダホ州の片田舎の、のどかな風景を映し出し、『サンダーボルト』はスタートする。続いて画面が切り替わり、小さな教会から賛美歌が聞こえてくる。教会の中に入ると、人々が神妙な面持ちで牧師の説教に耳を傾けている。長身でスリムな牧師が目を引く......クリント・イーストウッド!

 本作が公開されたのは1974年。イーストウッド=タフガイというイメージが特に強かった時期のはずだから、当時、この映画を観た人は、「なんでイーストウッドが牧師!?」と、さぞかしびっくりしたことだろう。そして、そこからが、さらなるサプライズの連続だ。教会の中へ踏み込んできた男が、演壇に立つイーストウッドをいきなり狙撃する。教会の外へ飛び出し麦畑の中を走るイーストウッド。銃を連射しながら追う男。そこにジェフ・ブリッジスが運転する車が猛スピードでやってくる。イーストウッドが止めようとすると、車は麦畑の中へと突っ込んで行き、イーストウッドを追ってきた男を跳ねる。走り去ろうとする車の助手席側につかまり、乗り込もうとするイーストウッド。猛スピードで蛇行運転を繰り返して振り落とそうとするブリッジス。しかし、イーストウッドが牧師の服装であることに気付くと、「警察かと思ったぜ」とブリッジスはニヤリと笑う。こうしてイーストウッド演じるサンダーボルト、ブリッジス演じるライトフットの奇妙な旅は始まる......。

 意外性の連鎖で煙に巻きつつも、観客を一気に物語の世界へ引き込む演出が抜群に冴えている。本作を手掛けたのはマイケル・チミノ。『ダーティハリー2』(1973年)の脚本でイーストウッドに才能を評価されたチミノの監督デビュー作が、この『サンダーボルト』だ。後に『ディア・ハンター』(1978年)でアカデミー賞の数々の部門に輝く彼の才能の片鱗が、『サンダーボルト』には満ち溢れている。

 大金を掴むことを夢見るライトフット、銀行強盗のプロであるサンダーボルト。互いのことを知り、意気投合した2人はひたすら車を走らせて、あてどない旅を続ける。しかし、そこにサンダーボルトの旧友、レッドとグッディーが合流したことで、物語は急展開する。かつて襲撃した銀行から同様の手口で現金を強奪することになった4人。地道に働きながら資金を貯めて計画を進め、やがて実行の日を迎える。

 犯罪映画としても絶品だが、『サンダーボルト』の魅力の核は別にある。本作に漂っている、このやるせない詩情は一体何であろう? 故障した車を捨て、遊覧船に乗り込んだサンダーボルトとライトフット。無一文となった2人は途方に暮れながら船尾に並んで立ち、水面を眺める。「おい見たかい? デカいニジマスだ。綺麗だなあ」突然、ライトフットは飛び跳ねたニジマスを指差して笑う。物語の本筋とは全く関係ないが、印象に残る美しいシーンだ。多くを語らずともサンダーボルトとライトフットの友情が深まり、互いの抱える翳を理解し合う様が伝わってくる。そんなさり気ない場面やセリフが、本作の随所には織り込まれている。そして、息を呑むのは物語の終盤だ。結末を明かすことになるので説明は最小限にするが、中盤で張られた伏線を回収する出来事によって、ついに大金を手にするサンダーボルトとライトフット。白いキャデラックを買い、ライトフットを助手席に乗せて走りだすサンダーボルト。しかし、そんな2人の旅は突然終わりを告げる。悲劇に至るまでの2人のやり取り。そして、山間の真っ直ぐな道をひた走り、遠ざかって行くキャデラックを後方から捉えながら迎えるエンディングが、胸に静かに沁みる。

 若き日のブリッジスの演技が素晴らしい。彼は本作でアカデミー助演男優賞にノミネートされた。後のキャリアによって証明される通り、単なるアクション俳優ではないことを示すイーストウッドの演技と存在感も最高だ。しかし、『サンダーボルト』を高く評価する声があまり聞こえてこないのが、僕には以前から意外で仕方ないのだ。イーストウッドのアクション俳優としての華々しい活躍が続いた70年代の作品群の中で、本作の異色なトーンは、どうしても埋没しがちなのかもしれない。

 僕が初めて『サンダーボルト』を観たのは、小学生5、6年の頃。たしかフジテレビのゴールデン洋画劇場だったと思う。解説の高島忠夫がやたらと興奮して語っていたことを良く覚えている。まあ、彼はいつも興奮した口調で語っていた気もするのだが......。既にマカロニウエスタンや『ダーティハリー』(1971年)などを観ていて、イーストウッドが世界一かっこいい男だと信じていた当時の僕は、『サンダーボルト』によってますます彼に憧れるようになった。ポール・ウィリアムスが歌う主題歌「Where Do I Go From Here」にも心を動かされた。後に再びテレビで『サンダーボルト』が放送された際、この曲をテレビからカセットテープに録音し、何度も繰り返し聴きながら、アメリカの真っ直ぐな道への憧れで胸を膨らませたことが思い出される。大好きだった『サンダーボルト』。この原稿を書くにあたって久しぶりに観たのだが、やはり変わらず全てが輝いていた。そのことに僕はささやかな幸福を感じている。
(田中大)

【関連サイト】
Clint Eastwood Forums
『サンダーボルト』(DVD)