映画 MOVIE

ミレーヌ・ドモンジョ 〜甘美な衝撃〜

2012.11.22
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 ミレーヌ・ドモンジョは、そのキュートなマスクとフォトジェニックなスタイル、そして確かな演技力で人気を集めたフランス女優である。彼女のプロフィールには、必ずといっていいほど「ブリジット・バルドーのライバルだった」とか「バルドーに追いつくことはできなかった」という意味のことが書かれている。しかし、ドモンジョとバルドーではそもそもファンが求めていたものは違っていたのではないかと私は思う。
 全盛期のバルドーには、触ったらやけどしそうな天然の悪女のオーラがあったが、一方のドモンジョには、悪女の色に染まろうとしても染まりきれない絶対的なキュートさがあった。『サレムの魔女』のアビゲイル役のように、妻子ある男への愛憎から酷く邪悪なことをしでかす女を演じても、実は心の奥底の部分は純粋なのではないか、改心の余地はあるのではないか、と思わせる隙がある。その隙が男心をくすぐるのだ。

 元々はピアニスト志望で、イーヴ・ナットとマルグリット・ロンに学んでいた。2人ともクラシック愛好家なら誰もが知っているような大ピアニストである。その後、モデルになり、女優に転向。ドモンジョを見出したのは、コリンヌ・リュシェールやピア・アンジェリをスターにした名伯楽、レオニード・モギー監督である。
 同監督の作品で1953年にデビューし、1957年にレイモン・ルーロー監督の『サレムの魔女』で評価され、同年公開されたアンリ・ヴェルヌイユ監督の『女は一回勝負する』で人気を沸騰させた。主な活躍期は1950年代後半から1960年代前半。当時の映画界に清潔な色気をふりまいた。作品の知名度だけでいうと、『悲しみよこんにちは』や〈ファントマ〉シリーズが有名だが、「ドモンジョの映画」というわけではないので、あくまでも彼女目当てに観るのであれば、ほかの作品を選んだ方がいい。

 例えば、1958年の『黙って抱いて』。文豪アンドレ・ジッドとの関係で知られるマルク・アレグレ監督作だが、若きドモンジョのみずみずしさ、スイートな美しさ、セクシーさをたっぷり引き出している。『女は一回勝負する』同様、これを観て、相手役のアンリ・ヴィダルに嫉妬しない男はいないだろう。あんな風にドモンジョに見つめられたら、たいていの男はのぼせてしまう。いわば愛らしさと親しみやすさを感じさせながら、男を桃源郷へと連れて行く眼差し。ある意味、最も怖いタイプの魔性である。昔、初めてこれを観た時、私は甘美な衝撃に打たれ、とにかく彼女が出ている作品を探そうと躍起になった。ただ、国内でソフト化されているものは少なく、飢渇感に襲われたものである。

 『黙って抱いて』でチンピラ役だったアラン・ドロンが主役を務めた1959年の『お嬢さん、お手やわらかに!』は、賑やかなロマンティック・コメディ。ドモンジョは、ハイエナのような二枚目ドロンに誘惑される3人の美女の中の1人に扮し(ほかの2人はパスカル・プティ、ジャクリーヌ・ササールという豪華さ!)、ミシェル・ボワロン監督の軽快な演出にのって、屈託のないコメディエンヌぶりを披露している。夢の中で、憎きドロンを車で追いつめるシーンのドモンジョがチャーミングで、個人的にお気に入りである。

 メキシコを舞台にした1961年の『黒い狼』はシリアス調。名優ジョン・ミルズ、ダーク・ボガードを相手に、情熱を秘めたヒロインを熱演している。英国を代表する2人の名優が随所で火花を散らす「競演」も見どころだが、それ以上にドモンジョに目を奪われる。ドモンジョの役どころは、神父に恋してしまう金持ちの娘。馬に乗ってやってくる登場シーンから魅力全開。どことなく力の抜けた柔和な雰囲気と、官能的な眼差しが堪らない。激情を迸らせて神父に熱いキスを求め、半ば強引にキスさせた後、何か微妙なものを感じ取る表情も雄弁である。
 ただし、作品全体としては、さほど高く評価することは出来ない。まず音楽の使い方に節操がない。そしてアクションや台詞に無駄なところが多い。そこさえ解消されていれば、これはドモンジョの代表作になっていたはずである。

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 父親はフランスとイタリアの混血。母親は白系ロシア人。これらの血がブレンドされて、あの明朗なキュートさと魅惑のセクシーさを兼ね備えたルックスが生まれた。いってみれば日本人好みである。ドモンジョ自身も親日家で、日本に友人が多い。その縁で、1984年に公開された武田鉄矢主演の和製『ローマの休日』=『ヨーロッパ特急』にゲスト出演している(江國香織原作の『東京タワー』にも出ているが、私は観ていない)。老いてなお出演作は絶えず、演技に対する評価も高い。『あるいは裏切りという名の犬』(2004年)、『La Californie』(2006年)ではセザール賞にノミネートされている。

 映画史に燦然と輝く傑作に出ているわけではないし、貫禄で圧倒する大女優という感じでもないが、『女は一回勝負する』、『黙って抱いて』などのフィルムやスチルが存在する限り、これからも映画ファンに甘美な衝撃を与え続けることだろう。ミレーヌ・ドモンジョはそのように評するに足る魅力を持った、フランス映画の美しきアイコンである。
(阿部十三)

【関連サイト】
Mylène Demongeot
[ミレーヌ・ドモンジョ略歴]
1938年9月29日、ニース生まれ。ピアニストを目指していたが、女優志望に転じ、15歳の時にレオニード・モギー監督の『Les Enfants de l’amour』で銀幕デビュー。1957年にレイモン・ルーロー監督の『サレムの魔女』でイヴ・モンタン、シモーヌ・シニョレを相手に熱演、注目を浴びる。その後海外に進出し、知名度を上げた。日本とも縁が深く、来日回数が多い。私生活では写真家アンリ・コストと離婚後、ジョルジュ・シムノンの息子マルク・シムノンと再婚したが、1999年に死別。2004年の『あるいは裏切りという名の犬』、2006年の『La Californie』でセザール賞にノミネートされた。