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『サンバーン』について 〜ファラ・フォーセットのモニュメント〜

2013.05.31
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 1979年に公開された『サンバーン』はファラ・フォーセットの代表作である。「チャーリーズ・エンジェル」にはなんだかんだいっても3人のヒロインがいるが、これはファラ主演の、ファラの魅力を最大限引き出すために作られたようなロマンティック・サスペンスである。
 かつてファラ・フォーセットのことをダイヤにたとえたCMがあったが、それが大袈裟な表現でないことは、映画を観れば分かる。マスメディアが有名人女性を紹介する際にしばしば用いる「美人すぎる」という言葉も、『サンバーン』のファラ・フォーセットを知る者からすれば、痴れ言としか思えない。

 映画の舞台はアカプルコである。莫大な保険金がかけられたソーレンが死亡。その死の原因をつきとめるため、保険調査エージェント、ジェイク・デッカー(チャールズ・グローディン)がメキシコに向かう。その際、ジェイクは身元を隠すために作家と称し、偽夫婦として現地に乗り込む。デッカー夫人役として雇われたのは、ブロンド美女のエリー(ファラ・フォーセット)。彼女は暴力夫と離婚したばかりで、この仕事で心機一転をはかろうとしていた。しかし、ジェイクとエリーが相手にするソーレン・ファミリーは、酒乱気味のネラ(ジョーン・コリンズ)やプレイボーイのカール(ロビン・クラーク)など曲者揃い。ジェイクたちは、私立探偵マーカス(アート・カーニー)の助力を得て、少しずつ核心に近づいていくが、事件の背景にマフィア組織が絡んでいることを知り、命を狙われる羽目になる。

 有名なハイレグ・ウェットスーツを着たファラのセクシーなビジュアルを見て、これがメインの衣装なのか、と色めく人もいるかもしれないが、一部のシーンで着ているだけである。この作品の売りはそこだけではない。
 まずジョン・キャメロンによるサントラが絶品である。アカプルコの太陽光を音に置き換えるとこんな風になるのかな、とイメージ出来るくらいトロピカルで繊細な色彩が揺らめいている。『バニシング・ポイント』のリチャード・C・サラフィアンが監督していることもあり、豪快なカーチェイスのシーンも見所だが、そこにグラハム・グールドマンが歌う「サンバーン」が加わることで、ぐっと風通しが良くなり、爽快になる。なんとも粋な音楽の使い方である。

 エリーは天然系の明るい女性。暗い過去を持っているが、それを引きずっていない。たわいないことでよく笑うし、アクティヴである(「ウルトラブライト」のCMで注目を浴びたファラらしく、笑う時に見える歯の美しさも格別だ)。飛行機内でジェイクと出会うシーンでは、自分で彼のズボンにカカオ・リキュールをこぼしておきながら大笑いしている。困った人だが、どこか憎めない。後半、ジェイクが町一番の店でエリーに夕食をおごっている時の無防備な笑顔を見れば、大抵のことは許せそうである。笑顔だけでなく、ジェイクがネラと一夜を過ごした、と思い込んだ後のエリーの脱力した表情も魅力的だ。ファラ・フォーセットはまさに適役といえる。

 事の真相にナチスドイツの存在が絡んでいたり、斧で浴室のドアをぶち破るシーンが出てきたり(これを観るたびに翌年公開の『シャイニング』を思い出すのは私だけではあるまい)、サスペンスらしい緊張感や恐怖感もほどほどに盛り込まれている。ただし、終盤、ジェイクとマーカスがエリーを救出しに行くシーンには緊張感も恐怖感もない。クライマックスとしては完全に弛緩している。ここはコメディとして受け入れないと、肩すかしを食らってしまうだろう。サスペンスとしての温度感とコメディとしての温度感が二層になっていて、融合していない部分である。
 あまり意味があるとは思えないシーンは、ほかにもいくつかある。ただ、作品としてはうまくまとまっているし、非日常感をたっぷり堪能させてくれる。何よりラストシーンが素晴らしい。オープンカーでシャンパンをあけるファラを見ていると、映画の惜しい部分を全て忘れて、「最高!」といいたくなる。

 1970年代のセックス・シンボルであるファラ・フォーセット。爆発的に売れたピンナップ・ポスターの被写体として、「チャーリーズ・エンジェル」のジル・マンローとして、彼女は伝説的な存在になっている。しかしながら、映画女優としての代表作はそんなに多くない。『シャレード'79』も良いとか、あれもこれも良いという意見はあるだろうが、文句なしに彼女の魅力を封じ込めた作品の筆頭は、やはり『サンバーン』だ。このフィルムに刻まれているファラの笑顔は、当然ながら、これから後に彼女を待ち受ける波乱の人生を感じさせない。シャンパンのように美しく、はじけていて、相手を心地よく酔わせる笑顔である。
(阿部十三)
[ファラ・フォーセット略歴]
1947年2月2日、テキサス州生まれ。テキサス大学のミスカレッジに選ばれ、芸能界入り。1970年、『あの愛をふたたび』で映画デビュー。1973年にリー・メジャースと結婚。ファラ・フォーセット・メジャースを名乗る。CM、モデルとして頭角を現し、「ウルトラブライト」などのCMで人気沸騰。1976年、ドラマシリーズ「チャーリーズ・エンジェル」でスターの仲間入りを果たした。当時、ピンナップ・ポスターが600万枚(800万枚ともいわれる)売れたというエピソードが残っている。1978年、『シャレード’79』で主演。『サンバーン』、『スペース・サタン』、『キャノンボール』、『レイプ・殺意のエンジェル』などに出演した。私生活ではメジャースと1982年に離婚、ライアン・オニールと同棲。様々なトラブル、病気に悩まされ、2009年6月25日、マイケル・ジャクソンと同じ日に亡くなった。