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オルネラ・ムーティ 〜ふたりだけの恋の島〜 [続き]

2011.12.21
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 私がオルネラ・ムーティのことを知るきっかけとなった作品は『スワンの恋』である。これを観たのは20年くらい前。その時は、素敵な女優だなと思いつつも、フォルカー・シュレンドルフの演出が鼻につき、さほど惹かれることはなかった。『チェイサー』、『フラッシュ・ゴードン』、『予告された殺人の記録』といった有名作も、話としては楽しめたし、オルネラの存在感もそれなりに発揮されていたが、「オルネラ・ムーティの映画」というわけではない。これらをきっかけに彼女の虜になることはなかった。

 ある日、イタリア映画に詳しい知人から突然メールが送られてきた。そこには動画サイトのURLが記されており、「後世に残すべき名シーン」という一言が添えられていた。そこにアクセスしてみたら、冒頭の川のシーンが始まったのである。2分にも満たない動画だったが、私は魅入られたように陶然としてしまった。
 早速、『ふたりだけの恋の島』を購入し、全編を観た。それから、たがが外れたようになってオルネラ・ムーティ主演作を収集し始めた。『ガラスの旅』、『UN SOLO GRANDE AMORE』、『アパッショナータ』、『LA STANZA DEL VESCOVO』、『ありきたりな狂気の物語』、『トリエステの恋人』......この中でオルネラの妖しさと美しさが際立っていたのは、『UN SOLO GRANDE AMORE』と『アパッショナータ』である。
 前者は、プールに浮かんでいる冒頭のシーンからオルネラのエロティックな魅力が爆発している。扇風機越しに映されるベッドシーンもロマンティックな音楽と相乗効果を成して美しい。ただ、後半ではヒロインのサンドラが精神を病み、哀しいラストを迎える。相手役はグレン・リー。美人母娘と関係を持つ羨ましい、否、実にけしからん役どころだ。
 後者は、娘が父親を愛するあまり精神病を患う母親を追い込んでゆく話。友人役はエレオノラ・ジョルジ。ファンにはたまらない組み合わせである(役としてはオルネラよりもジョルジの方が好感が持てる)。また、ピエロ・ピッチオーニによる抒情的なメロディーがストーリーの重さと暗さを緩和しているのもポイント。名曲がひしめくピッチオーニのスコアの中でもこれはかなり秀抜な出来ではないだろうか。ところで、この作品には、昔、『欲望の果実/許されぬ愛の過ち』という邦題が付けられていた。いちおう内容に沿ったタイトルだが、B級エロスのような印象があるので、『アパッショナータ』で統一して良いと思う。

 『トリエステの恋人』では深みのある表現力を備えた女優の堂々たる演技を観ることが出来る。彼女が演じているのは愛に飢え、四六時中構ってもらわないと情緒不安定になる、神経を病んだ美女。こんな女に捕まったら男の人生はメチャクチャだ。オルネラの体当たりの演技には圧倒すらされるが、『ふたりだけの恋の島』の素朴なオルネラを知る人は、女優の凄みが滲み出てきた彼女の成長ぶりを観て、一抹の寂しさを覚えることだろう。

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 聖女のような妖婦を演じさせたら右に出るものはないオルネラ・ムーティ。彼女は当たり前のように男を破滅させる極めて危険なファム・ファタールだ。男の方も彼女のために破滅することに何の躊躇も覚えないだろう。同じ系譜に属する人として思い浮かぶのは、6歳後輩のナスターシャ・キンスキーくらいである。ただ、オルネラが持つ肉感性はナタキンにはない。あの肉感が男を底なし沼へと誘い込む。
 私生活では『シシリアの恋人』『ふたりだけの恋の島』で共演したアレッシオ・オラーノと同棲し、後にフェデリコ・ファチネッティと結婚して2人の子供をもうけた。ファチネッティと別れた後は医者と暮らしているという。オラーノと同棲する前か後かは分からないが、1974年にスペイン人プロデューサーとの間に一女(ディオールの元モデルで、女優のナイケ・リベリ)をもうけてもいる。1974年といえばまだ19歳。『アパッショナータ』で処女の娘を演じた年である。つくづく女優というのは大変な生き物だと思う。

 最後に、現在入手可能な『ふたりだけの恋の島』のDVDについて書いておきたいことがある。画質と字幕がひどいのだ。メジャー・メーカーのDVDカタログに閉塞感が漂う中、こういう作品をDVD化してくれたことには感謝したいが、瑕やノイズが多く、字幕も翻訳ソフトを使っているらしく9割以上が意味不明である。説明的な映画ではないから、ストーリーを掴むのには全然苦労しないとはいえ、もう少し愛情を注いでこの作品を扱ってほしいと思ったのは私だけではあるまい。聖女だった頃のオルネラ・ムーティを後世に残すためにも、良質なマスタリングと正確な字幕を望む。
(阿部十三)


[関連サイト]

[オルネラ・ムーティ略歴]
1955年3月9日イタリアのローマ生まれ。本名はフランチェスカ・ロマーナ・リベリ。ジャーナリストだった父は66年に死去。69年、姉クラウディアが受けた『シシリアの恋人』のオーディションに同行し、ダミアノ・ダミアニ監督に見出される。以後、『ガラスの旅』『ふたりだけの恋の島』『アパッショナータ』などに出演。イタリアで絶大な人気を誇る。77年には『チェイサー』でアラン・ドロンと共演し、国際的なスターに。『シシリアの恋人』『ふたりだけの恋人』で共演した二枚目俳優アレッシオ・オラーノと同棲後、1988年にフェデリコ・ファチネッティと結婚。1974年に生まれた娘のナイケ・リベリも女優に。ナイケの父はスペイン人プロデューサー、ホセ・ルイス・ベルムデス・デ・カストロ。