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「ベスト・キッド」シリーズについて語る

2012.03.19
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 母親の仕事の都合で、ニュージャージーからカリフォルニアに引っ越してきたダニエル・ラルーソ。ビーチパーティで知り合ったお嬢様アリと良い雰囲気になった彼は、アリの元恋人ジョニーに目をつけられ、絡まれる。ジョニーは極悪な空手道場コブラ会のエリートで、少年カラテ選手権のチャンピオン。ダニエルが腕力で勝てる相手ではない。

 ある日、ジョニーたちにリンチされているダニエルを、アパートの管理人ミヤギが救う。ミヤギは沖縄出身の空手の達人。その外見からは想像出来ないほど強い。ダニエルに同情したミヤギはコブラ会に乗り込み、ジョニーの先生であるクリーズに、ダニエルへの不当な暴力をやめさせ、2ヶ月後の少年カラテ選手権で決着をつけようと掛け合う。

 不安になるダニエルだったが、さらに彼を不安にさせたのはミヤギが提示した練習メニュー。車のワックスがけ、塀のペンキ塗り、床のやすりがけなど、空手とは関係ないことばかりなのだ。恋愛の方も進展せず、パーティーでアリがジョニーに無理矢理キスされているところを目撃、誤解して凹む。

 空手の訓練を通じ、ダニエルの中で何かが変わっていくが、自分が強くなっているのかどうかはよく分からない。そんな状態のまま、選手権の日を迎えるダニエル。極悪なコブラ会の生徒たちを相手に、彼はどこまで戦えるのか。

 『ベスト・キッド』は1985年に公開され、空手ブームを巻き起こした大ヒット作。監督は『ロッキー』『セイブ・ザ・タイガー』のジョン・G・アヴィルドセンである。ストーリーの表層だけを辿れば、イジメられている転校生が謎の老人に空手を習って強くなり、イジメっ子を正々堂々叩きのめす、という話である。ラストの試合で追いつめられたダニエルが見せる「鶴の舞」など、当時小・中学生だった男子で真似をしなかった人はほとんどいないだろう。相手をやっつけたい、力を見せつけたいという欲に背を向け、力は誇示するために身につけるものではない、防御のために身につけるものだ、とするミヤギのメッセージも単純ながら深い。

 この映画を軽い大衆映画で終わらせていない最も大きな要素は、ミヤギの過去が明らかになるシーンだ。戦時中、彼は442連隊の軍曹で、マンザナール収容所で妻子を失っていた。過去を持つ彼は、できるだけ人と深く関わることを避け、孤独に生きてきたのだ。そんな生活がダニエルの出現によって大きく変わる。この場面は削除される予定だったらしいが、これがあるのとないのとでは映画の余韻がだいぶ違ってくる。ミヤギは仙人ではなく、辛い運命に揉まれてきた一人の男性なのだ、ということを確認させる大事なシーンである。

 これは青春映画の傑作である。お嬢様とのロマンスあり、喧嘩あり、人生の師との交流あり、学校でのパーティーあり、親子のすれ違いあり。不良に絡まれそうになった時、たまたま通りがかった先生に話しかけて危機を回避するシーンなんかも、学園モノによくある型の一つだ。ワンシーン、ワンシーンに青春が滲んでいる。

 アメリカのエンターテイメント映画の中で日本文化を描く際にしばしば見られる歪んだ描写、誤解を通り越して文化蔑視ではないかと思えるほどおちょくった表現は、『ベスト・キッド』にはない。ここが違う、あそこが違うという批判はいくらでもできるかもしれないが、少なくともこの映画に蔑視の意図はない。異文化を傷つけるレベルの不勉強、無理解も感じられない。それよりは、むしろ敬意の方を感じる。

 ミヤギを演じているのはノリユキ・パット・モリタ。全く強そうに見えないところが良い。だからこそダニエルを救うシーンは、観る者に衝撃と高揚感をもたらす。これを当初オファーを受けていた三船敏郎が演じていたら、こういうギャップは表現できなかっただろう。52歳だったパット・モリタはこの映画でスターになり、アカデミー助演男優賞にもノミネートされた。

 ラルフ・マッチオはどこか頼りない少年ダニエル役を好演。撮影時23歳だったとはとても思えない。風格も貫禄もなく、試合中もへっぴり腰で、「おいおい大丈夫なのか」とこちらが不安になるほど弱そうである。だから最後まで安心できないし、「こんな少年がどうやって勝ち抜くんだろう」と思わずにいられない。これで多少でも筋肉質で精悍な雰囲気を漂わせたヒーローが出てきたら、こうは思わない。

 最後、ダニエルが発する言葉がいい。「I did it!」ではなく、「We did it!」なのだ。これは1人でしたことではなく、ミヤギと2人でしたこと。そのことを歓喜の渦の中にありながらも忘れず叫んでいるところに、ダニエルの成長を感じることができる。すがすがしい感動を呼ぶ台詞である。

 ダニエルに興味を持つお嬢様、アリ役のエリザベス・シューは、これが映画初出演。健康的なアメリカ美人で、重すぎず軽すぎない存在感がいかにもこの作品にふさわしい。こういう映画では、ヒロインが存在感を主張すると煙たくなるし、存在感が無いなら無いで何のために出ているのかわからないという不満も出てくる。トム・クルーズとの『カクテル』も、演技派女優へと脱皮を遂げた『リービング・ラスベガス』も良かったが、私にとっては『ベスト・キッド』のエリザベス・シューがベストである。
 ほかにウィリアム・ザブカ、マーティン・コーヴ、チャド・マックイーン(スティーヴの息子)が出演し、脇を固めている。
(阿部十三)


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