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今更あそぼう!ピンポンパン 〜30年遅れの素晴らしき大人達への感謝

2011.02.27
 2010年に最も活躍した女性グループとして挙げて誰もが異論がないはずのAKB48。そのメンバーの1人、宮澤佐江のことをみなさんはご存知だろうか。昨年の6月に行われた選抜総選挙では第9位に輝いたメンバーだ。ボーイッシュな佇まいの彼女は女性ファンを多数獲得していて、AKB48のメンバーからも〈イケメンガール〉として大人気。太陽のようにパッ!と周囲を明るくしてしまうあの笑顔を見てキュンとしてしまう男性ファンも数知れず。彼女がセンターを務めて歌う「奇跡は間に合わない」のカッコ良さと言ったらない......というようなことを鼻息荒く書いている僕が、いい歳をして彼女の大ファンであるのは、困ったことに今更隠しようもないわけだが、この原稿の主役は宮澤佐江ではない。

 「宮澤佐江のお父さんは元俳優。体操のお兄さんもやっていたらしいよ」という噂をある時耳にした僕は、早速ネットを使って調べてみた。そしてすぐに行き当たったのは、『ママとあそぼう!ピンポンパン』の体操のお兄さんをしていた宮澤芳春であった。彼が出演していたのは1979〜1982年。僕がこの番組を観ていた幼少期とほぼ重なる。僕は熱心なピンポンパン・ファンの子供だったというわけではないし、お兄さんよりもお姉さんの方に関心があるタイプだったはずなので、残念ながらハッキリとはその顔と名前を覚えていなかったのだが、判明したこの事実には少々胸躍らずにはいられなかった。「どんな曲をやっていたのかな?」と、Amazonのショッピング・サイトで『ママとあそぼう!ピンポンパン ベスト・コレクション』というコンピレーション盤を試聴してみたところ、聴き覚えのある「コマーシャルたいそう」「ストップ・ゲーム」に行き当たった。そして、全く覚えてはいなかったのだが、"うた:宮澤芳春、ビッグ・マンモス、ピンポンパンちびっこ合唱団"というクレジットが記された「ブッチュンキッスだ!ピンポンパン」に、僕はすっかり釘づけになってしまったのだ。気にならないはずもないタイトルのこの曲......ドキドキしながら試聴ボタンをクリックしたところ、少年達の歌声が流れ始めた。《♪あやしいぞ あやしいぞ だれかとだれか》。少年達の純朴な歌声の合間で《アタックアタック!》《それええええ?!》という掛け声を発しているのが宮澤芳春だ。元気の良い掛け声で子供達を鼓舞するのは体操のお兄さんとして当然だが、どうやら彼の掛け声の目的とするところは、要約するならば、"好きだったら恐れないでブッチュンキッスしちゃいなよ!"という激励であるらしい。このユニークな曲をフル尺で、歌詞もじっくり読みながら聴きたくなった僕は、行きつけのTSUTAYAで『ママとあそぼう!ピンポンパン ベスト・コレクション』を借りた。

 素晴らしかった! 特に1番、2番の後半の盛り上がりにワクワクした。とりあえず1番の後半部分を紹介しておこう......《マッハビームのはやわざで ブッチュンキッス つばつけた》という大胆な告白の後、《ああ けっこんて なんだろう》と少年は悩みを吐露する。彼が至る結論は《つまりのけっきょくで わかんない わかんない》。大人でも答えの出せない難解な問題に向き合ったまま、少年は《みんなで みんなで みんなで みんなで ドッカーン》という思い切った行動へと走る。そして、結びの言葉は《ふれあいのときは いま》......ファンキーな展開に笑ってしまうのも事実だし、こうして紹介すると茶化しているようにどうしても見えてしまうのが困ったところだが、僕にそんな意図は全くない。異性を意識し始める幼少期の気持ちを、歌っていて楽しくなる言葉の響きを絶妙に盛り込みながら描いた傑作だと心から思っている。作詞をしたのは荒木とよひさ。テレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」などで知られる大御所だ。作曲は「ルパン三世」を手がけた大野雄二。仰天! 超ビッグネーム達によって誕生した曲だったのだ。

 そして、『ママとあそぼう!ピンポンパン ベスト・コレクション』に収録されている他の曲も聴いた僕の驚きは膨らむばかりであった。筒美京平、服部克久、すぎやまこういち、宇崎竜童、小林亜星、森田公一、渡辺岳夫、井上忠夫、阿久悠、岩谷時子、森雪之丞、阿木燿子などなど。超一流のクリエイターが名を連ねている。「あの子の心はボクのもの」の作詞は荒井由実。ユーミン! 「ロボラボ・ピンポンパン」の編曲は鈴木慶一。このテクノポップなアレンジは、子供達を大喜びさせたはずだ。すごい大人達が我々の世代のために素敵な音楽を届けてくれていたのだという事実に気付き、今更ながら頭が下がらずにはいられなかった。最近の僕は、お気に入りとなったこのアルバムをiPodで聴きながら、神妙な顔つきで外を歩き回っている。傍から見たら想像もつかない自分であるというのは、なかなか気持の良いものだ。37歳の男がピンポンパンの歌を聴きながら闊歩しているとは誰も思うまい。大胆なTバックをこっそり穿いている淑女や、起爆ボタンを隠し持っている爆弾魔は、おそらくこんな気分なのだろう。

 後日、宮澤芳春が出演していた時代の『ママとあそぼう!ピンポンパン』の映像を観た。「ブッチュンキッスだ!ピンポンパン」の映像は見つけられなかったが、「コマーシャルたいそう」「ストップ・ゲーム」「ロボラボ・ピンポンパン」は観ることが出来た。スラリとした長身、長い手足を軽やかに動かしながら踊り、とびっきりの笑顔、世界中の元気と善意を集めたような声を発する宮澤芳春は、遅ればせながらファンにならずにはいられないほど輝いていた。彼もまた、紛れもなく子供達のために全力で力を振り絞ってくれていた尊敬すべき大人であった。もしもタイムマシンがあるならば、歌のお姉さん......正確に言うならばお姉さんの太腿にばかり関心を持っていたはずの幼少期の僕を思いっきり叱ってやりたい。とはいえ、そんな僕だからこそ、今になって大切な事実を知ることが出来たのだとも言える気がするのだが。可愛い女性を見ると舞い上がってしまうという、いくつになっても治らない軽薄さが、思わぬ発見へと僕を導いてくれた。
(田中 大)

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