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『冷血』について トルーマン・カポーティの業

2014.04.05
 『冷血』は1959年11月15日にカンザス州西部のホルカム村で起こった殺人事件をもとに書かれたノンフィクション・ノヴェルである。犠牲になったのはクラター家の4人で、その殺害方法は、喉をかき切る、顔を猟銃で撃ち抜くなど残虐なものだった。
 平和な村で、およそ誰の恨みも買いそうにない一家を襲ったのは2人の男、リチャード(ディック)・ヒコックとペリー・スミスである。犯行を計画したのはディックで、獄中で知り合ったクラター家の元使用人フロイド・ウェルズから家族構成、家の間取り、金庫の有無を聞き出し、ペリーを誘って実行に移したのだ。実際に4人を殺害したのは、「生まれながらの殺し屋ーー絶対に正気だが、良心を持たず、動機の有無にかかわらず、冷酷無比な死の打撃を与えることのできる人物」とディックが見込んだペリーだった。
 しかし、クラター家に金庫は存在しなかった。2人の男が犯行によって得たのは、「40ドルと50ドルの間」のお金とポータブル・ラジオだけだった。

 カポーティは早い段階からこの事件に興味を示し、ホルカム村とその周辺のリサーチ、緻密な聞き込み、加害者へのインタビュー、文通を行った。そして、完全に事実に即してはいるが、そこに巧みな編集を施した「ノンフィクション」と「ノヴェル」の融合体を作り出したのである。
 この作品の最も大きな特徴は「私」の隠滅である。作者の主観的な記述はほとんど出てこない。最後の方に「ヒコックは、自分が文通したり、定期的に自分を訪問することを許されていたジャーナリストに語った」とあるが、カポーティ自身が明確に登場するのはこの箇所くらいである。実際のところは、捜査官とも殺人犯ともかなり密接に関わり、事件のほぼ全容を把握していたので、「私」の立場から利いた風な意見や警句を述べることはいくらでも出来たはずである。しかし、カポーティは周到に「私」を排除した。人物や場面をどういう風に描くか、誰のコメントを選択するか、に己の主張の全てを込めたのである。おそらく『冷血』を書くことは、「私」を削る行為との格闘でもあったのではないかと推察される。

 細部の徹底も『冷血』の特徴である。クラター家の人々の経歴、ペリーとディックの経歴はもちろんのこと、事件に対する住民たちの様々な反応にもーー嘆き悲しむ人からそうでもない人までーー細かく言及し、さらにはカンザス州の過去の死刑囚に関するデータまで盛り込んでいる。なお、気が遠くなるほど厖大な量の聞き込みを行うにあたり、カポーティはメモ帳や録音機器を用いなかったという。これには驚くほかない。

 カポーティがひとかたならぬ関心を寄せたのはペリーであり、文通を始めたのもペリーからである。ペリーはインディアンとの混血で、複雑な家庭環境の中で育った、足の不自由な青年だ。残虐性を持ちながらも、歌とギターが好きで、絵が上手であるという一面を持つペリーから、カポーティは多くの話を聞き出すが、『冷血』を読んでも、ペリーを擁護するような言葉は見当たらない。ペリーもディックも本に書かれることによって自分たちの立場が多少でも上向くことを期待し、高名な作家を頼りにしていたが、カポーティにはそういう期待に応える気はなかった。本の題名が『冷血』(原題「In Cold Blood」)だと知った時、ペリーは憤慨したそうだが、カポーティはその情報は間違っているとごまかした。
 本を完成させるためには結末が必要である。その結末は死刑が執行されたことを告げるものでなければならない。カポーティは2人の死刑が延期になるたびに、ジレンマに襲われた。一方では2人の理解者であり、一方では2人が死ぬのを待っているのである。その自我の苦痛は長く続き、1965年4月14日にようやく終わりを迎える。カポーティは死刑執行の現場に行き、2人の死を見届けた。

 『冷血』はカポーティの最高傑作と評されているが、同時に、彼自身のどの小説にも似ていない異色作ともいえる。作者の眼は直視的で、事件をめぐる全てのことにピントを合わせている。そのピントは冷徹なほど正確であり、感情に流されることなく、情報量も凄まじく多い。
 ただ、カポーティらしい心理傾向は、『冷血』の態度からもうかがえる。それは異常なものに対する強い関心であり、その後にやってくる嫌悪や破壊行為である。初期の短編「無頭の鷹」は、名も知らぬ奇妙な娘との関係が終焉するまでの話だが、この中に次のような記述がある。

「彼が愛してしまう人間はいつもどこか少しおかしなところ、壊れたところがあるのは事実だった。ただ彼の場合、そうした性質のために、はじめは風変わりなもののなかに魅力を見つけ出しはするのだが、結局、最後にはその魅力を壊してしまうのだ」
(川本三郎訳)

 似たような傾向は、有名な「ミリアム」や「夜の樹」などにも見られるが、結末は作品によってまちまちだ。『冷血』では、カポーティと2人の殺人犯の関係は壊れる。壊れることで世紀の傑作が生まれたのである。
 しかし、『冷血』は後々苦しみの枷になる。ジェラルド・クラーク著『カポーティ』の中で、カポーティはこう語っている。

「(『冷血』は)骨の髄までぼくを削り取ったんだ。ぼくを殺しかねなかった。ある意味では、殺したも同然だと思う。その作品に取りかかる前は、比較の問題だが、ぼくは安定した人間だった。そのあと何かが起こった」
(中野圭二訳)

 絞首刑の様子を目の当たりにしたカポーティはその記憶に悩まされたが、『冷血』ではせめてもの慰めとして、捜査官がクラター家の墓参りをし、殺されたナンシー・クラターの親友であるスーザンと出会い、会話を交わす平和的な場面を最後に持ってきている。この場面は『冷血』の中で唯一感傷的な部分であり、批判の対象にもなったが、彼はこれを書かずにはいられなかった。

 カポーティが『冷血』を書き始めた時の高揚感は、『草の竪琴』に出てくるムクロジの木を想像させる。『草の竪琴』では、家にいられなくなったドリーとキャサリンとコリンがムクロジの木の上に居場所を見出し、生活しはじめる。そこへクール判事や問題児ライリーが加わり、束の間心を通わせる。しかし、木から降りた途端、全てが終わる。ドリーは天に召され、コリンが一時的に仲良くしていたライリーとの関係も、「僕たち二人の間には一度だって理解などありはしなかったかのように思えた」というむなしい終わり方をするのだ。
 ペリーとディックの協力なしには書けない『冷血』を完成させることも、その木から降りることを意味する。少なくとも執筆の途中まで、カポーティは自分の「居場所」でかつてない新しいタイプの小説を生み出す情熱に燃え、集中力をみなぎらせていた。しかし、遅かれ早かれそこから降りなければならない時が来る。降りた時、彼らはそれまでの関係ではなくなる。仮にペリーとディックが何かの間違いで自由の身になったとしても、カポーティは彼らと関わり続けることは出来なかっただろう。

 カポーティが人生の最後に着手していた『叶えられた祈り』は、自分が身を投じていた社交界をターゲットにしたものである。いわば社交界の異常性に溺れるだけ溺れた後、破壊行為を試みたのだ。魅力を感じた後、粉々にする。それはカポーティの業みたいなものである。いくつかの章が発表されると、彼はセレブたちから激しく非難された。その後、『叶えられた祈り』は放置される。
 ローレンス・グローベルとの対話集『カポーティとの対話』では、本の構成を変えて執筆しているため時間がかかっているのだと言い訳し、「純粋に幸福な終わり方をする数少ない小説のひとつ」になると語っているが、本当かどうかは分からない。一方では、執筆に行き詰まっていることを示唆する発言が『カポーティ』で紹介されている。

「この本を書くのは、すごく高い飛びこみ台のてっぺんまで登って、はるか下のちっぽけな、切手くらいの大きさのプールを見るようなものだ。だめだからと言って、はしごを降りて戻るのは自殺行為に等しい。やることはただ一つ、かっこよく飛びこむことしかない」
(中野圭二訳)

 結局、カポーティははしごを降りることなく、飛びこむこともなかった。『叶えられた祈り』を未完の状態にしたまま、1984年8月25日に59歳でスキャンダラスな人生の幕を閉じたのである。
(阿部十三)


【関連サイト】
トルーマン・カポーティ(書籍)