映画 MOVIE
  • 今や絶滅した和風美人の代表、新珠三千代。「たおやか」とはこの人のためにある言葉ではないかと思わせるほど、そのたたずまいは楚々としていて、優美で、女らしい。体の線がしなやかで、着物姿のときなど、首がとても色っぽくみえる。一方で洋服もよく似合い、新進デザイナーだった頃の森英恵による衣装を着こなすそのセンスとスタイルの良さは、1950年代の日本女性にはあまり見られ...

    [続きを読む](2011.02.27)
  • 世の中には、傍目には不利としか思えないような条件を逆手に取り、そのつど成功を収めてしまうツワモノがいる。オットー・プレミンジャーはまさにそんなタイプの筆頭に挙げるべき映画監督である。1950年代当時はまだタブー視する人が多かったセックス(『月蒼くして』)、黒人のヒロイン(『カルメン』)、麻薬中毒(『黄金の腕』)、レイプ(『或る殺人』)といった題材や設定を扱い...

    [続きを読む](2011.02.24)
  • 映画史上、星の数ほどいる〈薄幸の美人〉の中でも、とびきりの美女であり、また数奇な運命をたどった女優、ジーン・ティアニー。彼女は1940年代のハリウッドを象徴する名花である。アメリカ人なのに、どことなくヨーロピアンな気品ただよう美貌と物腰に、当時はみんな夢中になった。その美しさは、いま観てもハッとするほどだ。もっとも、必ずしも役に恵まれていたとはいいがたい。テ...

    [続きを読む](2011.02.13)
  • ソフィスティケイテッド・コメディの達人、エルンスト・ルビッチはドイツで名声を確立した後、ハリウッドに招かれ、次々と洗練された恋愛映画を発表した。セックス描写が御法度だった時代に、脱げた靴を見せるだけで部屋で何が起こっているかを想像させる。また、一歩間違えばドロドロの愁嘆場になりかねないようなきわどいシーンにさしかかると、さっと場面を転換させる。さりげない視線...

    [続きを読む](2011.02.11)
  • 若尾文子は手の届かない「低嶺(ヒクネ)の花」である。親しみやすく、誰にでも手の届きそうな雰囲気があるのに、周囲を見回しても、彼女のような女性を見つけることはまずできない。どこにでもいそうで、絶対にいない。それが、最初から縁がないと諦めることのできる「高嶺の花」に対するよりも、ある意味、烈しい渇望へとつながる。こんな恋人がほしい、

    [続きを読む](2011.02.10)
  • 集中して観ることができる大作映画というのは、なかなか無いものである。大抵の場合、中だるみして、終わった後に必ず欠伸をしながらこう思う、「これが120分以内にまとまっていたらなあ」。つまらない映画を延々と見せられるのは苦痛、はっきり言って拷問である。その苦しみを快楽に転換させることができるのは、出演者か監督の熱狂的なファンか、よほどのマゾである。上映時間が3時...

    [続きを読む](2011.02.07)