音楽 CLASSIC

ショパン ピアノ協奏曲第2番

2013.01.04
憧れの人を想いながら

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 ショパンのピアノ協奏曲第2番ヘ短調は1829年に作曲され、1830年3月17日にワルシャワで初演された。実際は第1番ホ短調より早く書かれたのだが、出版されたのが後になったため、「第2番」となっている。
 作曲当時ショパンは19歳。彼はある想いを込めて、この作品の第2楽章を書いた。1829年10月3日に友人ティトゥス・ヴォイチェホフスキ宛に書かれた有名な手紙を引用したい。
「これは僕にとって不幸なことかもしれないが、僕は理想の女性を発見した。まだ一言も話したことはないのだが、半年の間、僕は心の中で彼女に仕えてきた。彼女のことを夢見て、彼女のことを想いながら、僕は〈コンチェルト〉のアダージョを書いた」
 彼女の名はコンスタンツィア・グワドコフスカ。ワルシャワ音楽院声楽科の生徒で、ショパンと出会ったのは1829年4月といわれている。ワルシャワ王城の離宮を管理する役人の娘で、男子からの人気は高かったようである。

 1年半の間、ショパンはこの恋心にときめいていた。1830年夏、再びポーランドを発ってウィーンへ行くことを決意したショパンは、10月11日に告別演奏会を開く。彼の希望で、コンスタンツィアの出演も実現した。その手紙によると、コンスタンツィアは白いドレス姿で、髪に薔薇を挿して舞台に立ち、ロッシーニの『湖上の美人』のアリアを見事に歌ったという。彼自身も「ポーランド民謡による大幻想曲」の演奏で会心の出来を示した。当日のプログラムにはピアノ協奏曲も入っていたが、披露されたのは第2番ではなく、第1番の方である。
 11月2日、ショパンはポーランドを発つ。これ以後、彼は再び帰国することなく、コンスタンツィアとも会うことはなかった。

 コンスタンツィアはショパンが持ち歩いていたアルバムに詩を書き込んでいる。その中に次のような言葉がある。「忘れないで、忘れがたき人。ポーランドにはあなたを愛している人がいることを」ーー2人がどういう関係だったのかはわからないが、「まだ一言も話したことはない」状態からは進展していたことがうかがえる。その後、コンスタンツィアは1832年に地主と結婚し、5人の子供の母になった。

 青春時代の恋のエピソードを背景に持つピアノ協奏曲第2番には、青い詩情と胸を焦がすような旋律が波打っている。第1楽章はマエストーソ。協奏曲風のソナタ形式で、複雑な構成ではない。2つの主題が織りなすロマンティックな音のドラマが魅力的だ。オーボエによって奏でられる第2主題は、数多くの名旋律を生み出したショパンの作品の中でも、トップクラスの美しさを持つものだと思う。第2楽章はラルゲット。甘い匂いを立ち上らせながら静かに燃焼する恋のメロディーである。これも「ピアノの詩人」が書いた最も美しい音楽のひとつに数えていい。第3楽章はアレグロ・ヴィヴァーチェ。華やかで軽快でありながらも、マズルカ風のリズムが独特の起伏を形成している。ショパンの強い民族意識をうかがわせる内容である。ちなみに、映画などにも使われている夜想曲第20番嬰ハ短調は、ピアノ協奏曲第2番の練習用に書かれた作品。両者を比べて聴くと、類似点があることが分かるだろう。

 かつてロベルト・シューマンはショパンのピアノ協奏曲第2番を絶賛し、「僕たちがみんなで束になってかかっても、かなわない」と書いたが、一般的には第1番の方が高く評価されている。たしかに第1番の方が幾分こなれていて、緻密で、ドラマティックである。ただ、ショパンらしいポエジーがより色濃く揺曳しているのは第2番の方ではないだろうか。

 私がそんな風に思うようになったのは、アルフレッド・コルトーの録音を聴いてからである。それまでは第1番ばかり聴いていたが、コルトーの演奏を体験し、作品への接し方が変わった。1935年の録音で、音はそれなりに古いが、演奏は古くない。ピアノが歌っている。それにつられるようにしてオーケストラも歌っている。ここまでロマンティックな演奏はそうそうないだろう。ショパンの真情を代弁しながらも、気品を失うことなく、露悪的になることがない。1944年にウィレム・メンゲルベルクと協演した際のライヴも名演奏。良好とはいえない音質もミスタッチも全く気にならなくなるほど、甘美で深く、切ない青春が幻像のように描き出されている。こんな風にピアノが弾けたらいいのに、と思わずにいられない。

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 クリスティアン・ツィマーマンやエヴァ・クピークの演奏も良い。ツィマーマンは1999年に録音した時メンゲルベルクを意識していた、という記事を何かで読んだが、聴けば「なるほど」と誰もが納得することだろう。ポゴレリチが演奏した1983年の録音も、理智と情念と演出意欲が並存している感じで、個人的には好きである。ラ・フォル・ジュルネでこれを演奏した時は、常軌を逸したテンポの遅さに唖然とさせられたが、この作品への偏執的な(というか執念にも似た)愛着は伝わってきた。

 ヨウラ・ギュラーが独奏を務めた1959年のライヴ音源も、第2楽章に関していえば最高である。甘い溜め息のようなピアノがいかにも耽溺的で、その空気に溺れそうになる。もしコンスタンツィアがこんな演奏を聴いていたら、ショパンの人生は変わっていたのではないか、と想像したくなるほどである。
(阿部十三)


【関連サイト】
Fryderyk Chopin Institute
ショパン:ピアノ協奏曲第2番(CD)
フレデリック・ショパン
[1810.3.1-1849.10.17]
ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
アルフレッド・コルトー(p)
ジョン・バルビローリ指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
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クリスティアン・ツィマーマン(p、指揮)
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