音楽 CLASSIC

ベートーヴェン 交響曲第1番

2017.05.12
次の世代の作曲家として

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 ベートーヴェンの交響曲第1番は、遅くとも1800年3月までに書かれ、同年4月2日に作曲者自身の指揮により初演された。30歳を迎える前にようやく最初の交響曲を完成させたわけだが、これが嚆矢となり、ベートーヴェンは30代の間に第2番から第6番「田園」まで書き上げることになる。

 第1番の作風については、ハイドン、モーツァルトの影響から脱し切れていない頃の若きベートーヴェンの挑戦心あふれる意欲作という風に語られることが多い。その評自体は間違いではないとしても、一方で、ほかに褒め言葉がないから、お茶を濁しているだけのようにも見える。もっと言えば、誰もが高評価を下すエロイカ以降の交響曲との比較を前提にして、それ以前の作品を前哨戦のようにみなしている節がある。

 ベートーヴェンが第1番を完成させた時、モーツァルトはすでにこの世になく、ハイドンは交響曲第104番「ロンドン」を書き終えていた。そんな2人の天才の交響曲を前に、ベートーヴェンはどんな思いで第1番を書き上げたのか。これは想像することしかできないが、考えてみる価値はある。

 若いとはいえ、この作曲家は1800年3月の時点で29歳になっており、18年ほどの作曲キャリアがあり、第10番までのピアノ・ソナタをはじめ少なからぬ作品を書いている。交響曲のスケッチも何度か書いている。自身初の交響曲に対して、かなり慎重であったことは容易に想像がつく。それに、ハイドン、モーツァルトの作品を強く意識していた彼が、初の交響曲を書き上げるにあたり、斬新さや面白さで対抗しようとしていたとも考えにくい。いや、対抗するどころか、第2楽章にはモーツァルトの交響曲第40番の第2楽章を思い出させるフレーズが登場するではないか。また、第1楽章と第4楽章の序奏部が、いくら大胆不敵で、聴衆の意表をつく独創的なものだとしても、そういう仕掛けの面白さはハイドンのそれと無縁とは言えないだろう。

 私はむしろハイドン的な仕掛けやモーツァルト的なフレーズを明確に、聴衆にも分かるように取り込んでいる点に、作曲家の意思を感じる。これは「ハイドン、モーツァルトの影響から脱し切れていない」のではなく、むしろ、ハイドン、モーツァルトの影響を咀嚼し、自由に武器にできる次代の作曲家としての自負のあらわれと見るべきだ。はっきり言えば、彼らの次は自分の番だと告げているのである。こういった気概は、マーラーやショスタコーヴィチの一部の交響曲からも感じ取れるが、ベートーヴェンの第1番にもそれがある。

 第1番は、ハイドンやモーツァルトとはひと味もふた味も違うベートーヴェンらしいロマンティックな旋律が波打っていたり、ティンパニを大いに活躍させていたりと、それまでにない新しさを感じさせる。最も興味深いのは、第3楽章だろう。この楽章はメヌエットとされているが、実質的にはスケルツォ(正式に「スケルツォ」が交響曲に採用されるのは第2番から)である。冒頭、上行音階がアウフタクトで始まり、スタッカートをきかせたリズムで前進してくる。しかし前進といっても、どこかブレーキがかかっているような印象がある。それが次の第4楽章の主部になると、関連性のある上行音階を使い、アウフタクトで始まり、スタッカートをきかせながら、つまり、第3楽章冒頭と似たような条件を用いながら、今度は溜め込んだ力を解き放つ疾走感を作り出している。どちらも同じアレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェである点を踏まえると、こうした対比が明確に意図されたものであることは明らかだ。精緻な構成の中でなされるこのようなドラマが、そこまで聴き手に意識されずとも、確実にその心理に作用し、鑑賞後の充実感を深めていることは間違いない。

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 この作品はいくらでも気持ち良く、快活に演奏することが出来るが、ピリオド奏法にありがちな緩急強弱のデフォルメに傾くと、動的な快感しか残らず、味気なくなる。その点、アンドレ・クリュイタンス&ベルリン・フィルの演奏(1958年録音)には色彩感と艶やかさがあり、肝となる弦・木管・ティンパニのアンサンブルも完璧に配慮されている。特に第2楽章は魅惑的だ。ジョージ・セル&クリーヴランド管の録音(1964年録音)も良い。このコンビのイメージを裏切らない爽快な演奏を楽しめる。それでいて、決して一本調子にならない。第1楽章でアレグロ・コン・ブリオに変わった後、巧みにテンポを動かして、しっかりと木管を歌わせるところなど、簡単にやっているようだが、妙技と呼ぶべきだろう。フランツ・コンヴィチュニー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管の演奏(1959年録音)は、スケール感があり、これぞドイツと言いたくなるような拍節感から生じる重みが、腹の底にまで伝わってくる。軽く見られがちな第1番のイメージを変える演奏だ。世評の高いヘルベルト・ブロムシュテット&シュターツカペレ・ドレスデンの録音(1979年録音)は、アンサンブルが美しく、オケの響きには厚みも迫力もあり、何よりティンパニの素晴らしさが突出している。ただし、耳に心地よく、すんなりと咀嚼出来るところは、私にはやや物足りない。


【関連サイト】
Beethoven Symphony No.1(CD)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
[1770.12.16-1827.3.26]
交響曲第1番 ハ長調 作品21

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
フランツ・コンヴィチュニー指揮
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
録音:1959年

アンドレ・クリュイタンス指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1958年