音楽 CLASSIC

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第1番

2012.09.04
若き日に書いた〈最初の傑作〉

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 若きベートーヴェンが書いた傑作である。ベートーヴェンのピアノ協奏曲というと第4番、第5番「皇帝」がポピュラーだが、私が最も好んで聴くのは第1番である。文字通り〈爽快〉かつ〈壮快〉な作品で、全体を通して聴いた後、重さもアクも残らない。思索的な面では、後期の作品に比べて物足りないという人もいるかもしれない。ただ、何も考えたくない時、無条件に音楽を楽しみたい時、こういう作品は純粋にメロディーとリズムとアンサンブルだけで耳の中をいっぱいにしてくれる。私は心地よい後味のみを残すこのコンチェルトが大好きである。

 作曲年代については、1795年に第1稿が完成し、同年3月29日にベートーヴェン自身の独奏により初演された、というのが今日の定説になっている。〈第1番〉とあるが、ベートーヴェンが書いたピアノ協奏曲としては3作目にあたる。1作目は1784年に書かれたクラヴサンまたはピアノフォルテのための協奏曲変ホ長調WoO 4、2作目はピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.19、そして3作目がこのピアノ協奏曲第1番ハ長調Op.15である。最終稿の現在の形にまとまったのは、1800年のこと。そして1801年3月、モロ社より出版された。その後、第2番が1801年12月にホフマイスター&キューネル社より出版された。つまり第1番、第2番は、作曲順ではなく出版順である。

 1795年3月というと、ベートーヴェンはまだ24歳。真の意味で傑作と呼べるような作品はまだ書いていなかった。そういう意味でも、これはベートーヴェンが書いた〈最初の傑作〉といっていいだろう(先に書かれた第2番は、「傑作」とまではいいがたい)。第1楽章はアレグロ・コン・ブリオ。堅牢な構成を持ち、前へ前へと進もうとする力強さをみなぎらせながらも、優雅さや幻想性もそこはかとなくたたえている。第2楽章はラルゴ。聴いているだけで力が抜けるような美しい旋律で編まれている。とくに耳を奪われるのは91小節から。ppで入ってくるピアノが聴き手を瞑想的な気分へと誘い込む。若き天才の筆運びを感じさせる箇所だ。第3楽章はロンド、アレグロ・スケルツァンド。冒頭でいきなりピアノがロンド主題を奏でる。華やかなピアニズムとオーケストラとの対話が楽しめるが、これを聴くと、私は連鎖反応的にモーツァルトの「ジュノム」を思い出す。

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 お薦めの録音は2種。グレン・グールドが1958年4月に録音したものと、スヴャトスラフ・リヒテルが1960年に録音したものである。前者はヴラディミール・ゴルシュマン指揮、コロンビア響によるサポート。これがまた痛快なまでにオーケストラをドライヴさせた演奏で、躍動感と疾走感に溢れている。後者の伴奏はシャルル・ミュンシュ指揮によるボストン響。オケの演奏はいかにも男性的で荒々しく尖っているのに、ピアノの音色はつやつやしていてどこまでもなめらか。まるで両者が別世界から呼応しているかのように聞こえる。その不可思議なブレンドがたまらない。むろん、ほかにも名盤といわれる録音はあることにはあるが、まずはこの2種を聴いておけばいい、と断言したくなるほど抜きん出て素晴らしい演奏である。
(阿部十三)


【関連サイト】
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番(CD)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
[1770.12.16?-1827.3.26]
ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 作品15

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
グレン・グールド(p)
コロンビア交響楽団
ヴラディミール・ゴルシュマン指揮
録音:1958年4月

スヴャトスラフ・リヒテル(p)
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ指揮
録音:1960年

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