ブラームス ピアノ協奏曲第1番
2012.10.12
独奏ピアノを持つシンフォニー
ブラームスのピアノ協奏曲第1番は、1859年1月22日にハノーファーで初演された。長い年月をかけて完成させた渾身の力作だったが、結果は成功とはいえなかった。しかし、さらなる失望が25歳の作曲家を襲う。その5日後、1月27日にライプツィヒで行われた演奏会が大失敗に終わったのである。演奏後、拍手した聴衆は数人だけだったという。世間の評価が変わり、傑作として認められるようになったのは、それから14年後、1873年に恩師シューマンの未亡人、クララ・シューマンが弾いてからである。
この壮大なスケールを持つシンフォニックな協奏曲は、もともと「2台のピアノのためのソナタ」(1854年)として書かれたもの。その後、これを交響曲に書き直そうと企てたが行き詰まり、ピアノ協奏曲として仕上げた。そういう経緯もあって、オーケストラの活躍ぶりが終始目立っている。「独奏ピアノを持つ交響曲」といわれる所以である。ブラームスは協奏曲と交響曲の境界線を自由に行き来し、激情的だが宇宙空間のように底知れぬ深さを持つ響きの世界へと聴き手を誘い込む。初めてこの作品を聴く人は、ピアノが現れる91小節まで、「これは本当にピアノ協奏曲なのだろうか」と思うかもしれない。
第1楽章は劇的なffで幕を開け、シンフォニックな世界が示された後、ピアノが情感をたたえながら静かに登場する。その導入部の美しさは、古今東西のピアノ協奏曲の中でほとんど比肩するものがない。華々しく始まる展開部も聴きどころ。ここで築き上げられた情熱的なクライマックスから再現部へとなだれ込む、いかにもロマン主義的な楽想は、仰々しいといってしまえばそれまでだが、それでもその圧倒的な燃焼力で聴き手を屈服させるだけの音楽的内容を持っている。
第2楽章は静謐なアダージョ。祈りと憧憬の音楽である。ブラームスは宗教曲からこの楽章を思いついたという(草稿には「主の御名の下に来たれる者に祝福あれ」という祈祷文が書き記されていた)。おそらく、その祈りは大黒柱を失ったシューマン家の子供たちに、その憧憬はクララ・シューマンに向けられたものだろう。そして、ピアノのアルペッジョが悲しみや痛みを洗い流すように奏でられる時、「長大」とか「劇的」という言葉のみで語られがちなこの作品の偉大さが初めて立ち現れる。聴き手はその美しい流れに無条件に身を委ねたくなるだろう。
第3楽章は536小節からなるロンド。499小節からの独奏ピアノのカデンツァ、そこから一気呵成に終曲へと向かうフィナーレの凄まじい高揚感は、何度聴いても感動的。音楽の流れの中でフィナーレを聴かせるというよりも、フィナーレとして明確に切り分けられ、ここからがクライマックスだと聴き手に意識させるやり方である。その点では、グリーグのピアノ協奏曲やラフマニノフのピアノ協奏曲第2番などの先輩という見方も出来る。
ギレリスの録音は、この大曲を自分の寸法に合わせて変形させることなく、そのまま真っ向から受け容れた大器の演奏である。曖昧さのないクリアーなピアノの音色、骨格のしっかりした造型美も魅力だ。幸いなことに、私はギレリス盤を通じてこの作品を知った。第1楽章のピアノの導入部を聴きながら、あまりの美しさに震えたことを覚えている。同時に、自分が高みへと引き上げられるような感覚を味わったものである。今はそこまでギレリス盤にこだわっているわけではないが、それでもこれ以上の演奏を挙げることは私には難しい。
【関連サイト】
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番(CD)
ブラームスのピアノ協奏曲第1番は、1859年1月22日にハノーファーで初演された。長い年月をかけて完成させた渾身の力作だったが、結果は成功とはいえなかった。しかし、さらなる失望が25歳の作曲家を襲う。その5日後、1月27日にライプツィヒで行われた演奏会が大失敗に終わったのである。演奏後、拍手した聴衆は数人だけだったという。世間の評価が変わり、傑作として認められるようになったのは、それから14年後、1873年に恩師シューマンの未亡人、クララ・シューマンが弾いてからである。
この壮大なスケールを持つシンフォニックな協奏曲は、もともと「2台のピアノのためのソナタ」(1854年)として書かれたもの。その後、これを交響曲に書き直そうと企てたが行き詰まり、ピアノ協奏曲として仕上げた。そういう経緯もあって、オーケストラの活躍ぶりが終始目立っている。「独奏ピアノを持つ交響曲」といわれる所以である。ブラームスは協奏曲と交響曲の境界線を自由に行き来し、激情的だが宇宙空間のように底知れぬ深さを持つ響きの世界へと聴き手を誘い込む。初めてこの作品を聴く人は、ピアノが現れる91小節まで、「これは本当にピアノ協奏曲なのだろうか」と思うかもしれない。
第1楽章は劇的なffで幕を開け、シンフォニックな世界が示された後、ピアノが情感をたたえながら静かに登場する。その導入部の美しさは、古今東西のピアノ協奏曲の中でほとんど比肩するものがない。華々しく始まる展開部も聴きどころ。ここで築き上げられた情熱的なクライマックスから再現部へとなだれ込む、いかにもロマン主義的な楽想は、仰々しいといってしまえばそれまでだが、それでもその圧倒的な燃焼力で聴き手を屈服させるだけの音楽的内容を持っている。
第2楽章は静謐なアダージョ。祈りと憧憬の音楽である。ブラームスは宗教曲からこの楽章を思いついたという(草稿には「主の御名の下に来たれる者に祝福あれ」という祈祷文が書き記されていた)。おそらく、その祈りは大黒柱を失ったシューマン家の子供たちに、その憧憬はクララ・シューマンに向けられたものだろう。そして、ピアノのアルペッジョが悲しみや痛みを洗い流すように奏でられる時、「長大」とか「劇的」という言葉のみで語られがちなこの作品の偉大さが初めて立ち現れる。聴き手はその美しい流れに無条件に身を委ねたくなるだろう。
第3楽章は536小節からなるロンド。499小節からの独奏ピアノのカデンツァ、そこから一気呵成に終曲へと向かうフィナーレの凄まじい高揚感は、何度聴いても感動的。音楽の流れの中でフィナーレを聴かせるというよりも、フィナーレとして明確に切り分けられ、ここからがクライマックスだと聴き手に意識させるやり方である。その点では、グリーグのピアノ協奏曲やラフマニノフのピアノ協奏曲第2番などの先輩という見方も出来る。
個人的に偏愛している作品なので、様々な音源を聴いてきたが、心から充実感を味わった演奏はさほど多くない。強いて挙げれば5種類ーールドルフ・ゼルキン独奏、ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管による演奏(1968年録音)、ジュリアス・カッチェン独奏、ピエール・モントゥー指揮、ロンドン響による演奏(1959年録音)、クラウディオ・アラウ独奏、ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送響による演奏(1964年ライヴ録音)、エミール・ギレリス独奏、オイゲン・ヨッフム指揮、ベルリン・フィルによる演奏(1972年録音)、ミッシャ・ディヒター独奏、クルト・マズア指揮、ゲヴァントハウス管による演奏(1977年録音)ーーくらいだろうか。
アラウにはほかにも録音があるが、やはりこのライヴ盤がベストだ。第2楽章、指先に全感情を込めて刻まれる71小節からアルペッジョまでの決然たるピアニズムなど、壮絶としかいいようがない。ゼルキンにもフリッツ・ライナー、ユージン・オーマンディと組んだ録音があるが(セルとも1952年に1回目の録音を行なっている)、1968年盤が特に格調高い。それでいて親しげに青春を語るような雰囲気もあるから不思議だ。第1楽章と第3楽章の終結部など、ピアノのちょっとしたフレージングの隙にみずみずしい感情が見え隠れしている。
アラウにはほかにも録音があるが、やはりこのライヴ盤がベストだ。第2楽章、指先に全感情を込めて刻まれる71小節からアルペッジョまでの決然たるピアニズムなど、壮絶としかいいようがない。ゼルキンにもフリッツ・ライナー、ユージン・オーマンディと組んだ録音があるが(セルとも1952年に1回目の録音を行なっている)、1968年盤が特に格調高い。それでいて親しげに青春を語るような雰囲気もあるから不思議だ。第1楽章と第3楽章の終結部など、ピアノのちょっとしたフレージングの隙にみずみずしい感情が見え隠れしている。
ギレリスの録音は、この大曲を自分の寸法に合わせて変形させることなく、そのまま真っ向から受け容れた大器の演奏である。曖昧さのないクリアーなピアノの音色、骨格のしっかりした造型美も魅力だ。幸いなことに、私はギレリス盤を通じてこの作品を知った。第1楽章のピアノの導入部を聴きながら、あまりの美しさに震えたことを覚えている。同時に、自分が高みへと引き上げられるような感覚を味わったものである。今はそこまでギレリス盤にこだわっているわけではないが、それでもこれ以上の演奏を挙げることは私には難しい。
(阿部十三)
【関連サイト】
ブラームス:ピアノ協奏曲第1番(CD)
ヨハネス・ブラームス
[1833.5.7-1897.4.3]
ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
エミール・ギレリス(p)
オイゲン・ヨッフム指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年6月
クラウディオ・アラウ(p)
ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団
録音:1964年4月24日(ライヴ)
[1833.5.7-1897.4.3]
ピアノ協奏曲第1番 ニ短調 作品15
【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
エミール・ギレリス(p)
オイゲン・ヨッフム指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1972年6月
クラウディオ・アラウ(p)
ラファエル・クーベリック指揮
バイエルン放送交響楽団
録音:1964年4月24日(ライヴ)
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