音楽 CLASSIC

ラモー 『新クラヴサン曲集』

2013.10.17
「ガヴォットと6つのドゥーブル」を含む作品集

j_p_rameau_j1
 何度聴いても飽きないだけでなく、文字通り一日中繰り返し鳴り続けていても受け入れることが出来る音楽がある。ひとつの曲を延々リピートし、疲労や飽和を感じず音の波に耳を預けていられるというのは、よほど生理的・性質的に合っているのだろう。私にとってそういう音楽作品のひとつがラモーの「ガヴォットと6つのドゥーブル」である。

 ジャン=フィリップ・ラモーは1683年にフランスのディジョンで生まれた作曲家であり、音楽理論家である。オルガニストとして活動するかたわら最初の『クラヴサン曲集』(1706年)を作曲するが、評価を得るに至らず、地道に音楽理論の研究を続けて、1722年に近代和声の基礎ともいうべき『和声論』を出版。これにより名声を博したラモーは、1733年にオペラ『イポリートとアリシ』で大成功を収め、50歳にして当時のフランスを代表する作曲家となった。世代的にはテレマンの2歳下、J.S.バッハ、ヘンデル、ドメニコ・スカルラッティの2歳上である。

 ラモーとの出会い方は人それぞれだろうが、私の場合は、ディドロの『ラモーの甥』がきっかけだった。そして、そこに皮肉っぽく、「ラモーは音楽理論についてあんなに多くの不可解な幻想と黙示録的な真理とを書いたが、それは彼自身にも何人にも皆目分からなかった」と書かれていたことから、歪んだイメージを植え付けられた。ラモーにしてみれば、最も望ましくない出会い方である。こういう本を読む時は、ラモーと百科全書派(ヴォルテールは除く)の関係が微妙なものであったこと、とりわけ1750年代前半の「ブフォン論争」で敵対したジャン=ジャック・ルソーとは険悪な仲だったことを知っておく必要がある。

 それからほどなくして、ドビュッシーが作曲した『映像第1集』の「ラモーを讃えて」を聴いてラモーに興味を持ち、オットー・クレンペラーが管弦楽曲に編曲した「ガヴォットと6つのドゥーブル」を聴き、その美しさに惹かれた。要するに、ちぐはぐな経路を辿ってようやくこの「ガヴォット〜」が収録された『新クラヴサン曲集』を知ったのである。

 ラモーの鍵盤作品は65曲存在し、4巻に分かれて出版された。それぞれ出版年は1706年、1724年、1728年頃、1741年である。1724年の『クラヴサン曲集』には「鳥のさえずり」、「タンブーラン」などの有名作が収録されているが、1728年の『新クラヴサン曲集』も非常に充実した内容だ。全部で15曲あり、イ調の第1組曲、ト調の第2組曲に分かれている。「ガヴォット〜」が属しているのは第1組曲である。

 第1組曲は7曲。1曲目は、規模が大きく緻密な構成を持つ「アルマンド」(イ短調)。2曲目は、分散和音を多用した「クーラント」(イ短調)。3曲目は、同じく分散和音が印象的な曲で、オペラ『ゾロアストル』に転用された「サラバンド」(イ長調)。4曲目は、2声で書きながら3声に聞こえるような効果を狙った「3つの手」(イ短調)。5曲目は、おしゃべりな少女を描いたクープラン的な「ファンファリネット」(イ長調)。6曲目は、2オクターヴを駆け上がる力強い主題を持つ「凱旋」(イ長調)。7曲目は、悲しげで優美な主題とその旋律の美しさを多角的に浮き上がらせる変奏曲「ガヴォットと6つのドゥーブル」(イ短調)。演奏家によって「6つのドゥーブル」の後に主題を復帰させることもある。

 第2組曲は8曲。1曲目は、編み物をする女性の仕草を描いたといわれる(または、手の動きが編み物の動作に似ているともいわれる)「トリコテ」(ト長調)。2曲目は、枯れた哀切感の「無関心」(ト短調)。3曲目は、オペラ『カストールとポリュックス』に転用された「メヌエットI&II」(Iはト長調、IIはト短調)。4曲目は、めんどりの鳴き声を模したモチーフが有名な難曲「めんどり」(ト短調)。5曲目は、古雅な装飾的旋律が美しい「トリオレ」(ト長調)。6曲目は、オペラ『優雅なインドの人々』に転用された「未開人」(ト短調)。7曲目は、大胆な構成と奏法で魅了する野心作「異名同音」(ト短調)。8曲目は、動的かつ劇的な「ジプシー風」(ト短調)。「メヌエット」以外は全て標題曲である。

 私が愛聴している「ガヴォット〜」は、こちらの心理状態によってドラマティックに響くこともあれば、鎮静剤的な役割を果たすこともある。過去の思い出を呼び覚ますこともあれば、微風のように心地よく耳をすり抜けていくこともある。斬新な変奏があるわけではなく、「異名同音」のように音楽的密度が濃厚なわけでもなく、作曲家の異常な天才ぶりを伝えるわけでもないが、無条件に美しく、音楽の神秘にふれることが出来る傑作である。

j_p_rameau_j2
 「ガヴォット〜」の音源のみを遺した演奏家は少なからずいるが、『新クラヴサン曲集』の形で録音されたもので絶賛すべきマスターピースはさほど多くはない。私が好んで聴いているのは、トレヴァー・ピノック盤とウィリアム・クリスティ盤。ピアノではマルセル・メイエ盤がよい。メイエの演奏は、技術的にやや不安定なところがあるのは否めないが、ほのかな詩情があり、格調高い。実演で感銘を受けたのは、アレクサンドル・タローの来日公演(2007年10月26日、王子ホール)。ただし、CDの方は少し味気なく、巧いという以上の感想はわいてこない。無いものねだりになってしまうが、もしアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリのような人がこれを弾いていたら、偉大な演奏が生まれたことだろう。
(阿部十三)


【関連サイト】
Jean-Philippe Rameau
ジャン=フィリップ・ラモー
[1683.9.25-1764.9.12]
『新クラヴサン曲集』 イ長調/イ短調

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ウィリアム・クリスティ(cem)
録音:1983年

マルセル・メイエ(p)
録音:1953年

月別インデックス