音楽 CLASSIC

ラヴェル 『夜のガスパール』

2014.03.15
幻想的な超絶技巧曲

ravel_gaspard_j1
 モーリス・ラヴェルの『夜のガスパール』は、1908年に作曲され、1909年1月9日に初演された。作曲当初、ラヴェルが意識していたのは、難曲として知られるバラキレフの東洋的幻想曲「イスラメイ」で、これよりも難しいピアノ曲を書くと宣言し、実行に移した。
 副題に「アロイジウス・ベルトランの散文詩によるピアノのための3つの詩」とあるように、インスピレーションの源になったのは、貧困と病のために34歳の若さで亡くなった詩人ベルトランによる同名の詩集である。ボードレールにも影響を与えたこの作品の中から、ラヴェルは「オンディーヌ」、「絞首台」、「スカルボ」の3篇を選び、独自の音楽語法を用いて、怪異な幻想世界を紡ぎ出した。

 第1曲の「オンディーヌ」は、人間を誘惑する水の精の話である。人間の男に恋したオンディーヌは、自分と結婚して湖の王になってほしいと迫るが、断られる。失恋したオンディーヌは悔しがって泣くが、最後に笑い声を上げ、雨の滴となって消える、というのが詩の内容。冒頭の32分音符から水のイメージが静かに広がっていく。その後、複雑に交錯するリズムや美しく華麗に変容するフィギュレーションが暗くて甘い幻想世界を盛り上げる。

 第2曲の「絞首台」は、夜の絞首台の不気味さを伝える一種の悪夢である。「地平線の彼方、町の城壁に響き渡る鐘の音」が変ロ音で表現される。その鐘の音に、夜の北風、罪人の吐息、うずくまって歌う蟋蟀、獲物をあさる蠅、死体の髪の毛をむしる黄金虫など様々なイメージが絡みつく。

 第3曲は「スカルボ」。スカルボとは奇怪な小悪魔のことである。夜になるとこの悪魔は「私」の部屋にやって来て、騒々しく笑い、転げ回る。巨大化したスカルボはやがて蠟のように青くなり突然消える。その経緯がピアノでつぶさに描写される。複雑な構成を持ち、技術的にも難易度が高い。それでいて3つの主題を巧みに展開させることで、ドラマティックな高揚を示している。スペイン風の第3主題はいかにもラヴェル好みのものだ。
 この「スカルボ」について、ラヴェル自身は「オーケストラの曲をピアノ曲にしてみたかった」とも語っている。そういえば、なんとなくデュカスの「魔法使いの弟子」をダークにしたような趣もある。

 『夜のガスパール』は、ピアノという楽器の可能性を追求した傑作であり、ピアノ・ソナタの形式を自分流に改革した意欲作だが、ラヴェルの凄さは、そういう革新的な要素を変に誇示することなく、魅惑的な手招きで聴き手を未知なる幻想世界に誘い込むところにある。無論、そのためには卓越したセンスと技術を備えた演奏家の存在が必要であることはいうまでもない。

ravel_gaspard_j2
 この曲をかっちりした演奏で聴いても、何か物足りなさが残る。即興的な閃きが感じられないピアノや神経質に統制された清潔すぎるピアノでは、技術、音響、解釈の素晴らしさは伝わるかもしれないが、魔物のうごめきや幻想の摩訶不思議さは伝わってこない。
 私は5種類の演奏を愛聴している。ワルター・ギーゼキングによる1954年の録音、マルセル・メイエルによる1954年の録音、アニュエル・ブンダヴォエによる1959年の録音、サンソン・フランソワによる1967年の録音、マルタ・アルゲリッチによる1974年の録音だ。それぞれタイプは全く異なるが、模倣出来ないアクセントやフレーズの処理が魅力的で、弾き手のパッションが抑制され切らずにしぶきを上げている。耳を傾けていると想像力を刺激され、幻想の波にさらわれそうになる。ちなみに、フランソワは23歳の時(1947年)に「スカルボ」のみ録音しているが、これは己の独創性のありったけをぶち込んだ光と闇のラプソディのような演奏で、聴き手にショックを与えずにはおかない。なぜこの時全曲録音しなかったのか、惜しまれる。
(阿部十三)

【関連サイト】
ラヴェル:『夜のガスパール』(CD)
モーリス・ラヴェル
[1875.3.7-1937.12.28]
『夜のガスパール』
(アロイジウス・ベルトランの散文詩によるピアノのための3つの詩)

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
マルタ・アルゲリッチ(p)
録音:1974年

サンソン・フランソワ(p)
録音:1967年

月別インデックス