音楽 CLASSIC

プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番

2016.09.03
狂乱のアルペッジョ

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 心休まることのない音楽である。20歳を超えて間もない音楽院生セルゲイ・プロコフィエフの恐るべき才気が灰も残さないような勢いで爆発している。容赦なく押し寄せるリズムの波濤、猛烈な不協和音、緩急強弱が不安定に移り変わるピアノは今聴いても斬新で、古びたところがない。1913年8月にパヴロフスクで作曲者のピアノにより初演された際、こんな音楽を聴いたことのある人はいなかっただろう。

 プロコフィエフが完成させた5つのピアノ協奏曲の中で、最も有名で、演奏される機会が多いのは第3番だが、聴き手をどきどきさせるスリルや面白さがあり、同時に、凡人の発想からかけ離れた所にいる天才の怖さを感じさせるのは第2番だ。バレエ・リュスの創設者で、「俺を驚かせてみろ」などと言っていたセルゲイ・ディアギレフも、おそらくこの作品が持つ得体の知れない魅力に惹かれ、プロコフィエフにバレエ音楽の作曲を依頼したのだろう。

 モダニストの枠で括られることの多いプロコフィエフだが、100年以上経っても真の意味でモダン(現代的)だと言える作品を書いたことは驚嘆に値する。私自身はこれを初めて聴いたとき、混乱状態に陥り、拒絶とまではいかないものの、好んで何度も聴こうとは思わなかった。しかし、何年か経ってから聴き直し、暗く燃えるようなアルペッジョを繰り返すカデンツァから金管が炸裂する仰天の展開(第1楽章)、無慈悲とも言えるトッカータ風のリズム(第2楽章)、木管の扱いが特徴的な不吉極まりない、だけど奇妙に美しい音響(第3楽章)、ロシア的な旋律が醸し出す歌謡的な雰囲気(第4楽章)に惹かれ、そこから徐々にのめり込み、今では第3番と同じくらい愛聴している。変われば変わるものだ。

 鬼気迫る勢いで前進するリズムはメカニカルな非情さを感じさせるが、幾度となく押し寄せるピアノの狂おしいアルペッジョや木管の濃厚な音響には官能的な妖しさも漂っており、若きプロコフィエフのエモーショナルな表現が滲んでいる。また、第4楽章で疾走感あふれるパッセージと親しみやすいメロディーの対比により、モダンとロマンの両極的な世界をみせるところは、第3番の第3楽章に通じると言えるだろう。

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 私は冒頭に「心休まることのない音楽」と書いたが、こういう音楽が欲しくなるときもある。とくに心が不安に満たされているときは、音楽と波長が合い、何とも言えない高揚感に浸ることができる。その際に聴くのは、ペーター・レーゼル(1969年録音)の演奏だ。第2番のいびつな美しさを、感情に流されることなく、なおかつデリカシーを失うことなく、鮮やかに浮き上がらせた名演である。あと2人、ヤコフ・ザーク(1951年、1953年録音)、アレクサンドル・トラーゼ(1995年録音)の演奏も忘れ難い。前者の剛直なピアニズムはあたかも斬新な旋律構造に鋼鉄のメスを入れるがごとくで、聴きごたえがあり、後者は「このフレーズにここまで表情を付けるか」と言いたくなるほど凝りに凝ったアーティキュレーションで圧倒する。

 彼らのおかげもあり、21世紀になってから、第2番は知名度、人気共に高まった感がある。そして、その状況をより堅固なものにしたのが、ユンディ・リ(2007年ライヴ録音)、エフゲニー・キーシン(2008年ライヴ録音)、ユジャ・ワン(2013年ライヴ録音)の名演奏だと言えるかもしれない。
(阿部十三)


【関連サイト】
PROKOFIEV PIANO CONCERTO No.2(CD)
セルゲイ・プロコフィエフ
[1891.4.23-1953.3.5]
ピアノ協奏曲第2番 ト短調 op.16

【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ペーター・レーゼル(p)
ハインツ・ボンガルツ指揮
ライプツィヒ放送交響楽団
録音:1969年

ユンディ・リ(p)
小澤征爾指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2007年(ライヴ録音)

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