音楽 CLASSIC

ビゼー 歌劇『カルメン』

2019.04.10
自由に生き、自由に死ぬ

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 ジョルジュ・ビゼーの歌劇『カルメン』は1873年から1874年にかけて作曲され、1875年3月3日、パリのオペラ・コミーク座で初演された。しかし、この初演は失敗に終わった。台本を手がけたリュドヴィック・アレヴィによると、好評だったのは第2幕の「闘牛士の歌」までで、そこからは冷めた雰囲気になっていったという。その後も上演は繰り返されたが、本来勝ち得るべき賞賛を得ていたとは言えない。大成功を収めたのはビゼーが亡くなった後、1875年10月23日にウィーンで上演された時のことである。

 『カルメン』の前奏曲はポピュラーだが、第1幕から第4幕までの間も名曲づくしで、聴きどころ満載だ。「ハバネラ」、「手紙の二重唱」、「セギディーリャ」、「第2幕への間奏曲(アルカラの竜騎兵)」、「ジプシーの歌」、「闘牛士の歌」、「花の歌」、「第3幕への間奏曲」、「カルタの歌」、「ミカエラのアリア」、「第4幕への間奏曲(アラゴネーズ)」など、まるでヒット曲のオンパレード。これらの素晴らしい旋律がひとつの作品の中に巧みな構成で織り込まれているのだ。

 管弦楽の書法も洗練されている。これについては『カルメン』を十八番にしていた名指揮者ジョージ・セルが、リヒャルト・シュトラウスとの思い出を回想した際のインタビューを引用したい。
「シュトラウスがビゼーのことを言葉を尽くして賛美していたのを覚えている。ビゼーのオーケストレーションは非常に効果的なんだ。もし私が若い作曲家たちにアドバイスするとしたら、『オーケストレーションを学びたいのなら、ワーグナーのスコアではなく、「カルメン」のスコアを研究しなさい』と言うね。『驚嘆すべき簡潔さを持っている』とシュトラウスは言っていた。一つ一つの音符や休止が、ぴったりとしかるべき箇所におさまっているんだからね」(CBSのプロデューサー、ポール・マイヤースとの対話より)

 ウィーンで成功を収めた時は、『アルルの女』の編曲でも知られているエルネスト・ギローがスコアに手を加え、台詞の部分をレチタティーヴォにしていた。いわゆるグランド・オペラ形式で上演されたのである。このレチタティーヴォに対する評価は様々だが、『カルメン』を人気作にした貢献者の一人がギローである事実は動かせない。

 原作はメリメの『カルメン』。ただし、台本作家のアンリ・メイヤックとリュドヴィック・アレヴィは登場人物やストーリーにアレンジを加えている。
 第1幕の舞台は、衛兵の詰所とたばこ工場の門がある場所。母親想いの真面目な伍長ドン・ホセは、母親の言いつけ通り純真なミカエラと結婚するつもりでいるが、カルメンに魅了される。そして工場内で騒ぎを起こしたカルメンを監獄に護送する際、誘惑に負けて逃がしてしまう。
 第2幕の舞台は酒場。闘牛士エスカミーリョがカルメンを口説くが、ホセに恋しているカルメンは軽く受け流す。エスカミーリョが去った後、カルメンを逃した罰で営倉に入れられていたドン・ホセが、酒場に来る。再会を喜ぶ2人。ホセはカルメンに軍隊を脱けるように言われるが断る。しかし上官とのトラブルの末、カルメンと行動を共にする羽目に陥る。
 第3幕の舞台は荒涼たる岩山。密輸団の仲間になったホセは、故郷の母親のことを考えている。そんなホセに愛想を尽かしたカルメンは別れ話を切り出す。その後、カルメンはジプシーたちの札占いで「死」を予言される。そこへミカエラがホセを探しにやってくる。さらにカルメンのことが忘れられないエスカミーリョも登場。ホセとエスカミーリョは決闘するが、カルメンに仲裁される。ミカエラに母親が死の床にあると言われたホセは、故郷へ戻ることにする。
 第4幕の舞台は闘牛場前の広場。エスカミーリョが恋人カルメンを伴って現れる。これから闘牛が始まるのだ。カルメンは仲間から「ホセが来ている」と警告されるが、耳を貸さない。彼女は広場に残り、ホセと直接話をつけようとする。愛していると言うホセ。愛してないと言うカルメン。その時、闘牛場内で歓声が沸き起こる。カルメンはホセの求めに応じず、以前彼から貰った指輪を投げつける。激昂したホセは短刀でカルメンを刺し殺し、悲嘆に暮れる。

 カルメンはジプシーであり、徹底して自由を求めている。束縛されるくらいなら死を選ぶ女なのだ。彼女がホセに向かって言う、「私は逃げも隠れもしない」や「私は自由に生き、自由に死ぬのよ」という台詞は虚勢から発せられたものではなく、信条である。第4幕でホセの指輪を持っていたこと、それを投げつけたことから、死ぬ覚悟を決めていたと見ることも可能だろう。これはホセの側から見れば悲劇のメロドラマだが、カルメンの側から見れば己の生き方を貫いた女の物語と言える。

 先に、有名なアリアや二重唱を挙げたが、第2幕の最後、カルメンがホセを密輸団に誘う時の歌も魅力的だ。これは昔、ソウル五輪でロシア(当時のソ連)の体操選手スヴェトラーナ・ボギンスカヤがゆか演技で使っていた曲で、ダイナミックな演技と共に強い印象を残した。近年では、フィギュアスケート選手のアリーナ・ザギトワがこの部分を長めに使って演技していた。

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 録音は20種類ほど聴いたが、私が感銘を受けた『カルメン』の指揮者は、アンドレ・クリュイタンス(1950年録音)、ヘルベルト・フォン・カラヤン(1963年録音)、ロリン・マゼール(1970年録音)、クラウディオ・アバド(1977年録音)である。この中で最も驚かされ、魅了されたのはクリュイタンス盤。演奏しているのはパリ・オペラ・コミーク座管弦楽団、タイトルロールは同劇場の歌手ソランジュ・ミシェルが務めている。これはビゼーのオリジナルのオペラ・コミーク形式を復興させた名演で、グランド・オペラ形式の『カルメン』ばかり聴いていた私には、何もかもが簡潔で、明快で、愛らしくさえ感じられた。かつてフリードリヒ・ニーチェは『カルメン』を偏愛し、「この音楽は完全に思える。それは軽やかに、しなやかに、にこやかにやって来る。それは愛嬌があり、汗をかかない」と書いたが、まさにそんな印象を与える演奏だ。
 オペラは映像がなくては、という人にはカラヤン(1967年収録)とカルロス・クライバー(1978年ライヴ収録)の指揮によるものがおすすめだ。前者はカラヤン自らが、後者はフランコ・ゼフィレッリが演出を手がけている。

 余談だが、先のインタビューで「カルメンは私の十八番」と語っていたジョージ・セルの録音が見当たらないのが残念でならない。どこかにライヴ音源があるのに発掘されていないか、私がカタログで見落としているだけなのかもしれないが、いつか聴ける日が来ればと思っている。


【関連サイト】

ジョルジュ・ビゼー
[1838.10.25-1875.6.3]
歌劇『カルメン』

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ソランジュ・ミシェル、ラウル・ジョバン、マルタ・アンジェリシ、ミシェル・ダンス 他
アンドレ・クリュイタンス指揮
パリ・オペラ・コミーク座管弦楽団
録音:1950年

レオンタイン・プライス、フランコ・コレッリ、ミレッラ・ミレーニ、ロバート・メリル 他
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1963年