音楽 CLASSIC

ヴュータン ヴァイオリン協奏曲第5番

2019.08.10
劇的に、ロマンティックに

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 かつて名ヴァイオリニストたちが盛んに作曲し、人気を博していた時代があった。古くはコレッリ、ヴィオッティ、タルティーニ、パガニーニ、シュポーア、19世紀生まれだと、ヴィエニャフスキ、サラサーテ、イザイ、エネスコなどの作品は、今でも演奏され、聴衆を魅了している。

 1820年、ベルギーに生まれたアンリ・ヴュータンは、パガニーニやシュポーアの次世代にあたるヴィルトゥオーゾであり、作曲もする名ヴァイオリニストの中では(生年からもうかがえるように)最もロマン派の香りがする人物である。前半生の経歴は華々しく、シャルル=オーギュスト・ド・ベリオに才能を認められ、10歳の時にデビュー、アメリカを含む世界各国で演奏し、賞賛された。賛美者の中にベルリオーズやシューマンがいたところを見ると、技巧面だけでなく、音楽的な面でも高く評価されていたのだろう。パガニーニ、シュポーア、ベリオの長所を備えた名手という風に評されていたこともある。

 1846年からはロシアのニコライ1世に宮廷音楽家として迎えられ、さらにペテルブルク音楽院の教授に就任。1871年にはブリュッセル音楽院の教授となり、イザイ、フーバイらを育てた。が、数年後に右腕が麻痺、演奏活動が出来なくなってしまう。晩年はアルジェリアで過ごし、1881年に亡くなった。

 ヴァイオリニストが協奏曲を書くときは、ソリスト(自分)をいかに目立たせるか、いかに演奏効果満点の技巧を盛り込むかに力を注ぎがちだが、ヴュータンは管弦楽にも重きを置き、第1番ではヴァイオリン協奏曲のジャンルに初めてシンバルを取り入れたり、第4番ではハープを取り入れたり、と工夫を施している。もちろん、ソリストが目立つという点でも抜かりはない。ここぞという箇所では、ロマンティックにヴァイオリンの音色が響きわたる。甘いメロディーは徹底して甘い。技巧を駆使して盛り上がるところは徹底して盛り上がる。その劇的な性格がオペラと比べられていたのも分かる気がする。

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 全部で7作あるヴュータンのヴァイオリン協奏曲の中で、演奏される機会が多いのは第4番と第5番である。私見では第5番の方がまとまっていて、内容も直截的でとっつきやすく、すこぶるロマンティックなので、多くの人に好まれそうに思えるのだが、実際はどうなのだろう。少なくとも、私はよく聴いている。

 作曲時期は1858年から1859年で、ブリュッセル音楽院教授ユベール・レオナールからの「卒業試験の課題曲を」という依頼に応じて書かれ、後に作曲者自身により初演された。当時から好評を博していたようで、ベルリオーズも次のように絶賛している。
「私はこのように偉大なヴァイオリン協奏曲をいま分析して研究することができない。ただ私がいまここで言い得ることは、この曲が私にとって極めて偉大であると同時に、はなはだ新しいものだということである」

 構成は単一楽章だが、主部(アレグロ・ノン・トロッポ)、中間部(アダージョ)、終結部(アレグロ・コン・フォーコ)という風に分けることができる。主部は、自由なソナタ形式。憂愁漂う冒頭から転調を繰り返し、独奏ヴァイオリンが変ロ長調の上昇音型を奏でながら登場、転調を経ながら進み、ハ長調で美しい主題(第2主題)を奏でる。その後、高度な技巧を駆使しながら管弦楽と対話して進み、長いカデンツァに入る。

 中間部も、やはり哀愁の旋律で始まる。これは当時流行していたグレトリーのオペラ『リュシル』の四重唱を素材としており、そんなことから、この第5番自体に「グレトリー」という副題が付けられることもある。しかし、中間部の主役は次にピアニッシモで現れる旋律の方で、主部の主題(第2主題)と似ていて、甘く美しい。これが短いカデンツァの後、渾身の力を込めて再現されるのだが、ここがおそらく最もロマンティックな盛り上がりを見せるところで、甘い旋律がクレッシェンドで高らかに歌い上げられ、終結部に突入する。技巧と速度が求められるこの短い終結部では、主部の主題(第2主題)が回想される。最後は独奏ヴァイオリンが力強く上昇音型を奏でて、激情的な響きと共に幕を下ろす。

 こういう音楽を演奏するときは、ロマンティックすぎて恥ずかしいなどと気にせず、多少クサいと思われようと構わず、身も心もロマン派の世界にのめり込みながら堂々と弾き切ってほしいと思う。演奏者があれこれ細かく考えていると、聴き手もシラけてしまうものだ。

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 それを踏まえて言うと、レオニード・コーガンによる演奏(1952年ライヴ録音)は、私には理想形であり、魅惑的な旋律が一寸のごまかしもなく、克明に、申し分ない彫りの深さで表現されている。それでいてフレージングは品が良い。古い録音では若きヤッシャ・ハイフェッツによる演奏(1934年録音)がバリバリの技巧派ぶりで、終結部の出来が圧巻。チョン・キョンファ(1975年録音)とピンカス・ズーカーマン(1969年録音)の演奏も素晴らしく、前者は瞬発的な気魄で高揚させ、後者は濃厚な味わいの歌心で酔わせる。ちなみに、キョンファとズーカーマンは同じコンクール(レーヴェントリット国際コンクール)の同時優勝者だが、ここで2人を選んだのは偶然である。


【関連サイト】
アンリ・ヴュータン
[1820.2.17-1881.6.6]
ヴァイオリン協奏曲第5番 イ短調 作品37

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
レオニード・コーガン(vn)
キリル・コンドラシン指揮
ソ連国立交響楽団
録音:1952年2月22日(ライヴ)

ピンカス・ズーカーマン(vn)
チャールズ・マッケラス指揮
ロンドン交響楽団
録音:1969年4〜5月

チョン・キョンファ(vn)
ローレンス・フォスター指揮
ロンドン交響楽団
録音:1974年10月