音楽 CLASSIC

チャイコフスキー ヴァイオリン協奏曲

2020.04.05
ロマンティックか神経症か

tchaikovsky violin concerto j1
 チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は、1878年に作曲され、1881年12月4日にウィーンで初演された。作曲から初演までの経緯は、ピアノ協奏曲第1番と似ている。チャイコフスキーはこれをロシアの大演奏家レオポルト・アウアーに弾いてもらおうと考えていたが、アウアーに「演奏不可能だ」と突き返された。そこへ手を差し伸べたのがモスクワ音楽院の教師だったアドルフ・ブロツキーで、このスコアをウィーンに持ち込み、ハンス・リヒター指揮、ウィーン・フィルの演奏会で披露したのである。

 しかしピアノ協奏曲の時とは違い、初演は惨憺たる結果に終わり、ハンスリックを始めとする当時の批評家からは「悪趣味」、「悪臭を放つ音楽」、「安酒の匂い」などと罵倒された。それでもブロツキーはこの作品を演奏会で弾き続け、やがてアウアーやその弟子たちも演奏するようになり、徐々に周囲の評価が変わっていった。現在では、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの作品とまとめて4大ヴァイオリン協奏曲と呼ばれることがある。

 評伝を読むと、ラロのスペイン交響曲に刺激を受けたのが作曲のきっかけだったと記されている。そう言われると、縦横無尽に駆けるヴァイオリンの技巧や、オーケストラの威圧的な響きなど、ラロを彷彿させるものがある。

 ニ長調は、ヴァイオリンの響きが良くなる調と言われている。チャイコフスキーがこの調性を選んだのも、そういう理由からだろう。ただ、同じニ長調で書かれたベートーヴェンの協奏曲も意識していたに違いない。第1楽章の第1主題をクライマックスで劇的に強調する手法には、偉大な先人からの影響がうかがえる。

 もうひとつ興味深いのは、同時期に書かれたブラームスの協奏曲(1878年作曲)との類似点だ。ブラームスの作品の第1楽章、序奏部の冒頭でファゴットが奏でる8小節は、チャイコフスキーの作品の第1楽章、序奏部の冒頭で第1ヴァイオリンが奏でる4小節と見事に呼応している。これは偶然なのだろうか。

 第1楽章は、序奏部がアレグロ・モデラートで、主部がモデラート・アッサイ。第1主題は最初静かに奏されるが、やがて華やかな広がりを見せ、オーケストラによる最強奏(第127小節から)でクライマックスに達する。ソロ・ヴァイオリンの動きは細かく、技巧的で、しかもロマンティックに歌いまくり、一人で何役もこなしているような印象がある。

 第2楽章はカンツォネッタ。ソロ・ヴァイオリンが憂愁の色を帯びた第1主題を奏でる。やがて少し明るめの第2主題が顔を見せるが、また第1主題が戻り、木管の音色と絡みながら悲哀の色を濃くしてゆく。そこから切れ目なく第3楽章に入る。

 第3楽章はアレグロ・ヴィヴァチッシモ。管弦楽による威圧的な響きで始まり、第1主題の原型が示される。その後、ソロ・ヴァイオリンが第1主題を奏でるが、これは民俗舞曲のような趣を持ち、快活に、リズミカルに駆け回る。最後は、ピアノ協奏曲第1番のように管弦楽のみによるクレッシェンド(第540小節から)を経て、ソロ・ヴァイオリンが華々しく活躍し(第565小節から)、第1主題が雷光のように閃いて曲が閉じられる。

 果たしてチャイコフスキーはロマンティック・コンチェルトを書こうとしていたのだろうか。旋律自体はロマンティックだ。しかし、ソロ・ヴァイオリンにフォーカスすると、テクニカルな要素の密度が濃く、音の高低の動きが慌ただしいので、ヒステリックで切迫した音楽に聴こえる。アウアーが演奏を拒絶したのは、そんな神経症的な傾向を楽譜から感じ取ったからではないだろうか。同じ超絶技巧の作品でも、チャイコフスキーと比べると、パガニーニの協奏曲にはまだおおらかなところがある。

 なお、第3楽章は一部カットしたバージョンで演奏されることがある。それを否定的に捉える人もいるが、私は原曲の構成上のクドさに堪えられないので、むしろ歓迎している。

 録音では、ヤッシャ・ハイフェッツ独奏、フリッツ・ライナー指揮、シカゴ響による演奏(1957年録音)が有名だ。ハイフェッツのヴァイオリンは本当にすごい。その鋭い切れ味、洗練されたフレージング、清潔な音色、隙のない解釈を前にすると、襟を正したくなる。録音年代から「音質が古い」と思われそうだが、音が改善されたCDのおかげで、鮮烈で、みずみずしい音が保たれている。

tchaikovsky violin concerto j2
 ダヴィッド・オイストラフ独奏、フランツ・コンヴィチュニー指揮、シュターツカペレ・ドレスデンによる演奏(1954年録音)も小細工なしの真剣勝負。まだ40代半ばのオイストラフの技巧は冴えているし、音色も熱い。指揮者、オーケストラとも息が合っている。情熱的な演奏を聴きたい時には、私はこれを選ぶ。

 私が昔よく聴いていたのは、レオニード・コーガン独奏、コンスタンティン・シルヴェストリ指揮、パリ音楽院管弦楽団による演奏(1959年録音)だ。ヴァイオリンの音は鋭利で、気高い。これぞコーガンという感じがする。秀逸なのは第1楽章。盛り上げ上手なシルヴェストリのサポートのおかげもあり、歌心の抑揚に耳を奪われる。

 汲々として切迫感のある作品だが、奇抜なセンスを備えたソリストの手にかかると、ユニークな味わいが出てくる。それがギドン・クレーメル(1979年録音)やパトリシア・コパチンスカヤ(2014年録音)の演奏だ。フレージングは流麗ではなく、あえて工夫を凝らし、繊細にやっている。脇目も振らずに弾くのも良いが、少し違う角度を見て弾くのも、音楽の表情が変わるから面白い。


【関連サイト】
ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー
[1840.5.7-1893.11.6]
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35

【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ヤッシャ・ハイフェッツ(vn)
フリッツ・ライナー指揮
シカゴ交響楽団
録音:1957年

ダヴィッド・オイストラフ(vn)
フランツ・コンヴィチュニー指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1954年

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