音楽 CLASSIC

シューマン チェロ協奏曲

2021.11.03
深い憂愁

schumann cello concerto j1
 ロベルト・シューマンのチェロ協奏曲は1850年頃に作曲され、作曲者の死後、1860年4月23日にルートヴィヒ・エーベルトのチェロにより初演された。チェロ協奏曲の中では一、二を争うほどの有名作で、ドヴォルザーク、ハイドン(第2番)の作品と合わせて3大協奏曲と言われることもある。

 晩年のシューマンは精神のバランスを崩していたが、創作意欲は衰えず、才能が朽ちることもなかった。それは作曲年表を見ても明らかである。ピアノ小協奏曲(1849年完成)も、交響曲第3番「ライン」(1850年完成)も、『ミサ曲』(1853年完成)もこの時期の作品であり、どれも素晴らしい内容を持っている。

 これらの作品に共通しているのは、音楽が壮大なスケールで広がるかと思いきや次の瞬間には孤独な憂愁に沈潜し、そこから優雅で夢幻的な雰囲気に包まれたり、静かに呟くのかと思いきや声を張り上げたりと、性格が捉え難いところである。双極性障害だったという説もあるシューマンの精神の浮き沈みや心に抱える影が、それだけ強く反映されているのだろう。

 チェロ協奏曲もやはりそういう性格を有していて、悲しみを切々と歌い上げたり、濃厚な情念が渦巻いたり、力強い躍動感がみなぎったりする。ただ、支配的なのは静かで深い憂愁だ。独奏チェロがあたかも首席チェロ奏者のふりをしてオーケストラの中に溶け込み、全体の音を憂愁の色で染めているような趣がある。

 シューマンの協奏曲はどれも第2楽章と第3楽章の間に切れ目がないが、このチェロ協奏曲の場合、第1楽章と第2楽章の間にも切れ目がない。ただでさえチェロがほとんど休みなく歌っているのに、区切りがないことによって、ひたすら歌い、動き続けている印象が増している。まるで生きていることに休みはなく、感情にも休みがない、ということを伝えようとしているかのようだ。

 第1楽章はイ短調の静かな和音で始まり、独奏チェロが愁いに満ちた第1主題を歌い上げる。ソリストと管弦楽は対立関係になく、複雑に絡むこともなく、お互い同じ道を歩いているように前進する。展開部以降は似たようなフレーズが繰り返されるが、表情が少しずつ違う。チェロの演奏に歌心や情感がなければ、平板に聴こえてしまうところだ。

 第1楽章が静まると、第2楽章が始まる。チェロによるヘ長調の旋律が美しい。第1楽章の第1主題が回想された後はチェロの独壇場となり、瞑想的なフレーズが奏でられる。シューマンの「オイゼビウス」的な面が出た楽章だ(オイゼビウスとは、シューマンが若い頃から評論や作品に登場させていた内省的で夢想的なキャラクター)。そこへ再び第1主題が現れると、火がついたようにチェロが高揚し始め、第3楽章へと突入する。

 第3楽章は激情の世界。地を力強く踏みしめるようなイ短調の第1主題が提示され、そこから独奏チェロが高度な技巧を駆使して縦横無尽に躍動し、オーケストラを牽引する。伴奏付きのカデンツァで第1楽章第1主題が情感たっぷりに歌われた後は、急に明るい調子になり、勢いを増して締め括られる。こちらは「フロレスタン」的な楽章だ(フロレスタンは、英雄的で情熱的なキャラクター)。

 先に、この作品を支配しているのは「静かで深い憂愁」だと書いておきながら、それと矛盾したような話になるが、私が初めてこの作品を聴いて以来、ことあるごとに頭の中で鳴り響いているのは第3楽章だ。喜怒哀楽の「喜」と「怒」が入り混じったような複雑な味わいの楽章で、生きる喜びを掴もうとする強い意思、それを阻もうとするものへの強い怒りが感じられて、心を揺さぶられる。

schumann cello concerto j2
 シューマンを得意としていたレナード・バーンスタイン指揮による複数の録音は、どれも歴史に残る名盤である。ソリストはレナード・ローズ(1960年録音)、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1976年録音)、ミッシャ・マイスキー(1985年録音)。ローズ盤は上品でべたつかず、テンポがよく、しかも旋律の歌わせ方にも熱い情感が宿っている。ロストロポーヴィチ盤はチェロが比較的抑えめで、繊細な弱音の方に魅力が感じられる。マイスキー盤は憂愁の音楽に相応しいチェロの音色が胸にしみる。ただ、オーケストラもウィーン・フィルで完璧な組み合わせのはずなのに、マスタリングのせいなのか、高域が耳に痛い。

 ジャクリーヌ・デュ・プレがソリストを務めた演奏(1968年録音)も有名だ。全力を傾けて大胆に深掘りするようなチェロが小気味良い。ただ、オーケストラのアンサンブルには不満が残る。アンドレ・ナヴァラ独奏、カレル・アンチェル指揮、チェコ・フィルの演奏(1964年録音)は、第1楽章の第1主題を奏でるところから、高音域と低音域の抑揚が美しく、溜めがきいていて一気に引き込まれる。造型はしっかりしているが、フランス人らしく骨太になりすぎず、洗練された味わいがあるのが特徴だ。もっと古い録音だと、ベルリン・フィルの首席奏者だったティボール・デ・マヒューラ独奏、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルの演奏(1942年ライヴ録音)がある。内省的で深みのあるマヒューラの音に惹かれる。
(阿部十三)


【関連サイト】
Robert Schumann Cello Concerto op.129(CD)
ロベルト・シューマン
[1810.6.8-1856.7.29]
チェロ協奏曲 イ短調 作品129

【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
アンドレ・ナヴァラ(vc)
カレル・アンチェル指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1964年2月9日

レナード・ローズ(vc)
レナード・バーンスタイン指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1960年

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