音楽 CLASSIC

ドビュッシー 『海』

2022.05.03
自由で多彩な管弦楽の響き

debussy_la mer j1
 ドビュッシーの『海』は1903年8月から1905年3月5日にかけて作曲された。正確な作品名は「海 管弦楽のための3つの交響的素描」。交響詩ではなく、交響的素描である。初演は1905年10月15日、カミーユ・シュヴィヤールの指揮によって行われた。楽譜は同年にデュラン社から出版され、表紙には葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」が使われたが、音楽と絵の関連性は定かでない。作品はジャック・デュランに献呈された。

 静かに始まる冒頭から、我々を海のイメージで包み込む。精妙な計算に基づいて組み合わされた管弦楽の響き、繊細で複雑なリズム、詩的で美しいフレーズを織り込み、我々を何とも捉えがたい神秘的な世界へと引き込む作風は、いかにもドビュッシーらしい。音楽が当たり前のように色彩と光と闇を生み出している。

 『海』は3つの楽章で構成されている。作曲を始めた1903年9月の時点では、第1楽章が「サンギネールの島々の美しい海」、第2楽章は「波の戯れ」、第3楽章は「風が海を踊らせる」という題だった。「サンギネールの〜」とはカミーユ・モクレールの小説の題名である。しかし、完成時には、第1楽章と第3楽章はそれぞれ「海上の夜明けから正午まで」、「風と海との対話」に変更された。実際に作曲を進めるにあたり、小説ではなく自分の記憶の中にある海のイメージを優先させることを選んだのだ。子供の頃、カンヌに住んでいたドビュッシーにとって、海は親しいものだった。

「おそらくあなたは、私が船乗りとしての幸せなキャリア(la belle carrière)を約束されていたこと、そして生活上の様々な偶然が私の進路を変えさせたにすぎないことをご存じないでしょう。それでも私は海に対する情熱を持ち続けてきました」
(1903年9月12日 アンドレ・メサジェ宛書簡)

 海の様々な表情を細かいところまで捉えようとする作曲家の意欲と執念を支えたのは、まさにその情熱だったのだろう。そして結果的に、管弦楽の響きと表現を驚くほど多彩にし、自由度を高める作品が出来上がったのである。作曲期間中、ドビュッシーは妻帯者でありながら銀行家夫人エンマ・バルダックと不倫関係に陥り、大スキャンダルの只中にあったのだが、音楽からその影響を感じ取ることはできない。

 第1楽章は「海上の夜明けから正午まで」。ハープが夜明けの雰囲気を作り出す中、動機(1)が漂うように現れ、さらにコーラングレとトランペットによって循環主題(2)が提示される。この(1)と(2)が様々な楽器によって様々に変型されるのだが、いかにも繰り返しているという感じではなく、重なり合って消えてゆく波のように自然に流れている。コーダでも(1)と(2)が織り交ぜられ、コラール風の短い主題に導かれてクライマックスに達する。

 第2楽章は「波の戯れ」。8小節の導入後、コーラングレがどことなくエキゾチックな主題を提示する。この主題が要となるが、その後に波の戯れを表すような美しい動機、主題が複数現れる。これらが生成と再生と変容を繰り返しながら、徐々に勢いをつけ、きらめき出す。その過程はせわしなく、愛らしくもあるが、「しかももとの水にあらず」の無常感も醸しているように感じられる。

 第3楽章は「風と海との対話」。うねるような動機(3)を低弦が提示し、劇的な展開を期待させるが、56小節からテンポが緩やかになり、木管が神秘的な主題(4)を奏でる。第1楽章の(1)と(2)の再現を経て、徐々に激しさを増すと、また静かになり、(4)が効果的に繰り返される。やがて律動的になって活気づき、(2)と(4)が交互に現れ、第1楽章のクライマックス前の雰囲気がよみがえる。(3)が波打つ中、(1)と(2)が輝かしく生まれ変わって短くも壮麗なフィナーレを築く。

 (1)と(2)が複数の楽章に循環していることからも分かるように、『海』には循環形式が用いられている。第3楽章のはじめに鳴り響く(3)はベルリオーズの幻想交響曲の最終楽章を思わせ、(4)の神秘的な主題はどことなくセザール・フランク的である。ドビュッシーが彼らの影響をどの程度受けていたのかは分からないが、皆無ということはないだろう(ドビュッシーは学生時代にフランクの授業を受け、その講義内容に不満を抱いたが、作品には敬意を払っていた)。それにしても、フランスで成功した作曲家の作品には循環形式の傑作が多い。彼らの気性に合っているのだろうか。

debussy_la mer j2
 録音では、シャルル・ミュンシュ指揮、ボストン響の演奏(1956年録音)、ピエール・ブーレーズ指揮、ニュー・フィルハーモニア管の演奏(1966年録音)、ジャン・マルティノン指揮、フランス国立放送管の演奏(1973年録音)、クラウディオ・アバド指揮、ルツェルン祝祭管の演奏(2003年ライブ録音)が評価されている。これらの名盤は今後も聴き継がれていくだろう。エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮、コンセルトヘボウ管(1957年録音)、コンスタンティン・シルヴェストリ指揮、パリ音楽院管(1958年録音)も魅力的な表現に満ちている。ひとことで言うと、前者は気品があり、後者は劇的で濃厚だ。

 『海』を得意としていたジョージ・セルの録音もある。クリーヴランド管との演奏(1963年録音)はセルらしく明快で、アンサンブルの精度が高い。時にスリリングな渦を巻き、時に繊細なタッチで濃淡を作り出す、その強弱の加減とアゴーギクが絶妙で、ほれぼれする。クリーヴランド管、ケルン放送響とのライブ録音もあるが、そちらは非常にエキサイティングな演奏内容で、特に第3楽章は凄みを感じさせるほど熱い。エマヌエル・クリヴィヌの録音(3種類)も良い。私が好きなのは、フランス国立管との演奏(2017年録音)で、フレージングは鮮やかだが、木管の響きに独特の官能性があり、色彩感と恍惚感が混淆している。


【関連サイト】
DEBUSSY "LA MER"(CD)
クロード・ドビュッシー
[1862.8.22-1918.3.25]
海 管弦楽のための3つの交響的素描

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ジョージ・セル指揮
クリーヴランド管弦楽団
録音:1963年

エマヌエル・クリヴィヌ指揮
フランス国立管弦楽団
録音:2017年

月別インデックス