
モーツァルト ピアノ協奏曲第15番
2023.05.06
「ひと汗かかせる」大協奏曲

1784年、ウィーンで人気を集めていたモーツァルトは、今まで以上にあっと言わせるような作品を書きたいと情熱を燃やしていたに違いない。木管の合奏で開始されるという、当時としては斬新なアイディアを持ち込んでいるのも、そういった意欲のあらわれだろう。ピアノ協奏曲であるにもかかわらず、管楽器にピアノの伴奏以上の役割を与え、シンフォニックに響かせているところも近代的だ。表面上は明るくて人懐っこいが、実は革新的な作品なのである。
第1楽章はアレグロ。ユニークで愛らしい第1主題が木管によって提示される。弦楽器が奏でる第2主題は穏やかで美しい。ピアノは華やかなアインガングをもって登場し、第1主題〜推移部〜第2主題と淀みなく流麗に進行する。展開部ではピアノの活躍が目立ち、小刻みに動きながら表情を変化させる。高揚感が頂点に達するのは170小節から177小節までの経過句で、ここの3連符は巧みに演奏するのが難しい。繰り返される緩急の対比が印象的なカデンツァは、モーツァルト自身によるものだ。
第2楽章はアンダンテ。弦楽器が奏でるやさしい主題は、第1楽章の第2主題を基にしたもので、これが反復され、変奏曲のように繰り返される。2回目の反復では、ピアノによる分散和音の音型と主題の音型が美しい対比をみせるが、それ以上に美しいのは3回目の反復で、管楽器が加わることで水彩的な色合いが醸される。なお、この主題については、ハイドンの交響曲第75番の第2楽章(こちらも変奏曲形式)との類似が研究者によって指摘されている。
第3楽章はアレグロ。軽快なロンドで、活気に満ちている。いかにもモーツァルトらしい明るいロンド主題がはじめに提示され、異なる旋律を織り交ぜながら進行し、主部を終える。その後、躍動的なアインガングを挟んで中間部へ。入り組んだ展開をみせるが、やがてピアノと木管の対話が始まり、再び主部に戻る。ただし、型どおりには進まない。コーダも独特で、いつ終わるか分からないようなそぶりを見せたり、ピアニッシモで静かに終わるように思わせたりした後、突如盛り上げてフォルテで締めくくる。

第15番の演奏回数が史上最も多いピアニストが誰なのかは分からないが、音源の量に関しては、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが一位である。リリースされた録音は9種類。スタジオ録音だと、エットーレ・グラチス(1947年、1951年録音)の指揮で2種。ライヴ録音だと、マリオ・ロッシ(1955年録音)、ヘルマン・シェルヘン(1956年録音)、アントワーヌ・ド・バヴィエ(1956年録音)、フランコ・カラッチョーロ(1963年録音)、エドモンド・デ・シュトウツ(1974年録音)、モーシェ・アツモン(1975年録音)、コード・ガーベン(1990年録音)の指揮でそれぞれ1種という具合だ。しかし残念なことに、大半の音質は悪い。音質良好な1990年盤は、指揮が冴えず、オーケストラをコントロールしきれていない。これらの中では、シュトウツと組んだ1974年盤が音質も演奏も良く、粒立った音と抜群のテクニックを堪能することができる。ライヴということもあり、音の鳴らし方は総じて強めだが、ミケランジェリらしい流麗なピアニズムは損なわれていない。第2楽章のゆったりとしたフレーズを奏でる時の強弱の付け方もうまい。
アナトリー・ヴェデルニコフ盤(1971年録音)は硬軟自在のタッチが素晴らしく、音の響きに清潔感がある。疾走感のあるパッセージでも混濁せず、第1楽章の展開部のリズムもフレーズもすっきり整理されている。ただ、第2楽章の反復が始まってからはリズムがやや単調で、音自体は美しいが、フレージングが杓子定規なものに感じられる。イングリッド・ヘブラー盤(1964年録音)のピアノは明るくて優しい。緩急強弱の誇張がなく、上品な雰囲気に包まれている。しかし指揮のコリン・デイヴィスの唸り声が入っていて気になる。
ルドルフ・ゼルキン盤(1985年録音)は晩年の演奏なので技術的にたどたどしいが、第2楽章の無垢で柔らかなピアノの音は心に深くしみる。クラウディオ・アバドのサポートも献身的だ。ピーター・ゼルキン盤(1973年録音)はピアノのアゴーギクがやや散漫で、フレージングもあまり美しくないが、第3楽章になると別人のように活気づいて精彩を帯びる。曲全体のクライマックスをこの楽章に持ってきたのだろう。デジュー・ラーンキ盤(1983年録音)はペダルが控えめで、ピアノの音はやや乾いているが、フレーズを紡ぐ手際は繊細で、疾走感もある。管弦楽の音のバランスも良く、ピアノとの美しい対話を楽しめる。

(阿部十三)
【関連サイト】
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
[1756.1.27-1791.12.5]
ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K.450
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(p)
エドモンド・デ・シュトウツ指揮
チューリッヒ室内管弦楽団
録音:1974年(ライヴ)
デジュー・ラーンキ(p)
ヤーノシュ・ローラ指揮
フランツ・リスト室内管弦楽団
録音:1983年頃
ペーター・フランクル(p)
イェルク・フェルバー指揮
ヴュルテンベルク室内管弦楽団
録音:1965年
[1756.1.27-1791.12.5]
ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K.450
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デジュー・ラーンキ(p)
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録音:1983年頃
ペーター・フランクル(p)
イェルク・フェルバー指揮
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録音:1965年
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