音楽 CLASSIC

モーツァルト ピアノ協奏曲第24番

2023.06.09
装飾を削ぎ落とした短調の協奏曲

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 モーツァルトのピアノ協奏曲第24番は1786年3月24日に書き上げられ、同年4月7日にウィーンでの予約演奏会で初演された。調性はハ短調。この時期はピアノ協奏曲の収穫期で、1784年から1786年までの3年間で12作品(第14番から第25番まで)が書かれている。

 第1楽章のカデンツァ、第2楽章、第3楽章のためのアインガングは作曲されていないが、その理由は即興演奏を意図していたためではないかという説(ヘルマン・ベック)がある。モーツァルト自身、初演時には即興演奏を披露していたのだろうが、その楽譜は残されなかった。ただし、第1楽章のカデンツァについては、モーツァルトに代わり、多くの作曲家や演奏家が腕をふるっている。ざっと有名どころを挙げるだけでも、フンメル、ブラームス、フォーレ、サン=サーンス、ブゾーニ、シュニトケ、グラス、あるいはピアニストのアルトゥール・シュナーベル、エドウィン・フィッシャー、ヴィルヘルム・ケンプ、ゲザ・アンダと軽く10人を超える。ベートーヴェンはカデンツァこそ書かなかったが、この作品から受けた影響を自身のピアノ協奏曲第3番の冒頭で露呈している(しかも同じハ短調である)。

 管弦楽の音には厚みがあり、交響曲のように響く。オーボエとクラリネットを併用し、木管の表情を豊かにしている点も注目される。モーツァルトが協奏曲作品でこの2つの楽器を両方使うことは珍しかった。ピアノ独奏部は過剰に音を連ねない。むしろ無駄な装飾を削ぎ落としている。それでもドラマティックで、スケールの大きな表現になっている。

 第1楽章はアレグロ。ハ短調。暗い情熱を秘めた第1主題が厳かに提示され、フォルテで繰り返される。序奏では第2主題は現れない。やがてピアノが登場し、走句を経たのち、第2主題が提示され、それを木管が受け継ぐ。さらに副主題がオーボエ、クラリネット、ファゴットによって提示されて広がりを見せるが、フルートがしめやかに第1主題を奏でて薄暗い雰囲気に戻る。展開部ではオーケストラとピアノが緊張感のある掛け合いをみせるが、両者の響きは対比的というより融和的である。再現部は主題が現れる順番を入れ替えて進み、カデンツァを経て、浮遊するように静かに終わる。

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 第2楽章はラルゲット。変ホ長調。ピアノがやさしく穏やかな主題を奏で、弦と木管がそれを繰り返す。弦、木管、ピアノの掛け合いは静かな対話を思わせるが、まもなくハ短調に移り、オーボエとファゴットの調べが愁いを醸す。まもなく冒頭の主題に戻り、今度は木管がイ長調で別の主題を奏でる。その後、ピアノと弦楽器に受け継がれ、さらにまた木管、次いでピアノと弦楽器という具合に入れ替わる。最後は、冒頭の主題に戻り、あくまでも穏やかに終わる。第1楽章の劇的な展開とは対照的な、緩急強弱の少ないロンド形式である。

 第3楽章はアレグレット。ハ短調。冒頭の主題は、第1楽章の第1主題に類似しているが、より優美でしなやかである。この主題が8回変奏される。第1変奏、第2変奏は穏やかな趣があり、第3変奏でピアノが強い調子で歌い出す。第4変奏でクラリネットが変イ長調の旋律を、第6変奏ではオーボエがハ長調の旋律を奏で、朗らかな調子を帯びるところも印象的だ。第7変奏はハ短調で型通りに進行し、カデンツァに突入。第8変奏でテンポを変え、ピアノが跳ねるような動きを見せるが、長調に転じることなく、力強く締められる。

 ピアノ協奏曲第20番と第24番は、短調の協奏曲というだけで並べて論じられることが多いが、第24番の作風は堂々としていて、作曲家は音の音との隙間を埋めようともしないし、明るく曲を終わらせる気もない。音を積み上げている感があり、独特の間がある。淀みのない流れを持つ第20番とは性格が少し異なる。部分的にではあるが、第24番に近いのは第22番だろう。第24番の第3楽章の主題について、先ほど第1楽章の第1主題に似ていると書いたが、それ以上に近いのは、第22番の第2楽章である。どちらも同じ変奏曲形式であること、第3変奏でピアノによって主題を強調していることなど、モーツァルトは意図的に共通項を持たせていたのではないかと推測される。

 録音の中で、昔から世評が高いのは、クララ・ハスキル盤(1960年録音/イーゴリ・マルケヴィチ指揮、コンセール・ラムルー管)である。私もよく聴いていた。ただ、ピアノは素晴らしいが、打楽器の音に圧迫感があり、やや煩く感じられる。ロベール・カサドシュ盤(1954年録音/ジョージ・セル指揮、コロンビア響)は速めのテンポで、淡々とした味わいだ。ピアノの演奏には多少粗があるが、セルがうまくまとめている。アリシア・デ・ラローチャ盤(1991年録音/コリン・デイヴィス指揮、イギリス室内管)は、徹頭徹尾、美しい。ピアノの音は磨き抜かれていて、なめらかで、温かみがあり、軽みがある。デイヴィスのサポートも上品で、落ち着いている。強音でも決して力任せにならない。私は第1楽章のコーダでフルートを強調し、浮遊感と寂寥感を醸すアプローチが好みなのだが、セルとデイヴィスはそれをやっている。

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 グレン・グールド盤(1961年録音/ワルター・ジュスキント指揮、CBC響)については、グールド・ファンからは「グールドにしては平凡」と評され、モーツァルト・ファンからは「モーツァルトらしくない」と評されているのを読んだことがあるが、私は名演奏だと思う。余分な情感を排し、ポリフォニックに音を響かせているのが特徴で、聴いていて飽きない。第3楽章(第3変奏)に入ると、それまでずっと非感傷的だったのに、突然情熱が奔り出るところも面白い。情熱的といえば、レギナ・スメンジャンカ盤(1964年録音/スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮、ワルシャワ国立フィル)は、モーツァルトの真情に迫るような力のこもった熱演である。しかも緩急強弱の表現が適切で、技巧的にも破綻がなく、格調高い。ワルター・ギーゼキング盤(1953年録音/ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、フィルハーモニア管弦楽団)は、音質は古いが、管弦楽の響きはスケールが大きく立派である。
(阿部十三)


【関連サイト】
MOZART:PIANO CONCERTO No.24(CD)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
[1756.1.27-1791.12.5]
ピアノ協奏曲第24番ハ短調 K.491

【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
アリシア・デ・ラローチャ(p)
サー・コリン・デイヴィス指揮
イギリス室内管弦楽団
録音:1991年

レギナ・スメンジャンカ(p)
スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮
ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
録音:1964年

グレン・グールド(p)
ワルター・ジュスキント指揮
CBC交響楽団
録音:1961年

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