音楽 CLASSIC

モーツァルト 交響曲第40番 前篇

2011.04.18
モーツァルトの運命交響曲

 交響曲第40番の第1楽章は、クラシック・ファンならずとも誰もが一度は耳にしたことがあるに違いない。あの哀愁漂う美しい主題は、モーツァルトの書いた数ある名旋律の中でも『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』と並んで最も知られているものであり、世界中の人から愛されている。この曲をテーマにした文章がこれまでにいったいどれだけ書かれたことだろう。

 小林秀雄がそのエッセー『モオツァルト』で交響曲第40番について語り、「tristesse allante」という言葉を紹介したのは1946年のこと。これはもともとアンリ・ゲオンという詩人がモーツァルトの弦楽五重奏曲第4番の第1楽章を形容した言葉で、訳すと「疾走するかなしみ」。以来65年間、日本のモーツァルティアンの間ではその作品――とりわけ交響曲第40番と弦楽五重奏曲第4番――がそういうイメージで聴かれてきた節がある。そのことが良いか悪いかは別として、それくらいこのエッセーは大きな影響を及ぼした。

 交響曲第40番はト短調で書かれている。18世紀当時、ト短調は「不安」「不快」「不吉」な調性とみなされ、一部で忌避されていたらしい。そういえば18世紀前半に書かれたタルティーニの「悪魔のトリル」はト短調。夢の中で悪魔に教えられて書いた作品という話だが、それがト短調だったのは偶然ではないのかもしれない(付言しておくと、高名な音楽理論家で作曲家でもあったヨハン・マッテゾンのように「最も美しい調性」とみなす者もいた)。
 作曲時、借金地獄に落ちていたモーツァルトは迷うことなくこの調性を選んだ。ウィーンでの人気が落ち、自分の才能に見合う地位も評価も得られず、生活はまるで向上しない。子供たちは生まれては死んでゆく。そういう状態に置かれた我が身の儚さと、それでも運命を生き抜こうという意思を昇華させる上で、彼にとってト短調ほどしっくりくるものはなかったのである。

 ちなみにモーツァルトが書いた短調の交響曲は2作だけ。もうひとつはミロス・フォアマンの映画『アマデウス』の冒頭でも使われていた第25番。17歳の時の作品で、やはりト短調である。
 1788年、32歳になり、作曲家として成熟した彼は、再び自分の内なる真情をこの調性に託した。そこに表現されているのは「疾走するかなしみ」だけではない。苦悩、焦燥感、ひいては決然たる闘争心、怒りにも似た激しい情熱も一緒になって猛っている。第3、4楽章にそれがはっきり表れていることは言うまでもないが、第1楽章の114小節からの低弦パートの荒々しい動きなども、その好例だ。そういう意味では20年後に書かれたベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調「運命」とよく似ている。主題を何度も何度も繰り返す、きわめて単純かつ精妙な手法も含めて。もっとも、両者が目指していた音楽的効果はだいぶ異なるが。

 交響曲第40番にはトランペットもティンパニも出てこない。編成はいたってシンプルである。第1楽章と共に人気の高い第2楽章では、モーツァルトならではの優美なメロディーを堪能できるが、どことなく悲劇を予感させる翳りがあり、それがまた忘れがたい印象を残す。第3、4楽章は緊張感にあふれており、とくに第4楽章では半音階を大胆に用いてスリリングな音楽的冒険を試みている。その奔放な筆運びには感服させられるばかりだ。

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