音楽 CLASSIC

プーランク オルガン協奏曲

2011.07.10
完全燃焼するオルガン

POULENC ORGAN_MARTINON
 フランシス・プーランクのオルガン協奏曲は、正式には「オルガン、弦楽、ティンパニのための協奏曲」という。つまり、管楽器が使われていない。それらの音色はオルガンが一手に担っている。その多彩な音にティンパニの打音と弦楽器の重厚な響きが重なり合う。そこから生まれるアンサンブルは驚くほど陰翳が深い。管楽器がなくて物足りない、という印象が与えられることはまずない。予備知識を持たずに聴いたら、管楽器がなかったことに気付かない人もいるかもしれない。それくらいオルガンの機能が余すところなく引き出されているのだ。

 オルガンとオーケストラの組み合わせ自体は珍しいものではない。ただ、「オルガンとオーケストラの音をまともにぶつける」という発想はなかったようである。例えば18世紀に書かれたヨーゼフ・ハイドンの一連のオルガン協奏曲。これらに豪壮華麗でダイナミックな音響を期待したら、間違いなく肩すかしを食らう。そこで聴けるのは、多くのクラシック・ファンがオルガンという楽器からイメージするであろう荘厳・壮麗な響きではなく、オーケストラの添え物的な、明るく軽やかな音色である。これなら愛らしいリード・オルガンで弾いても成立しそうだ。

 オルガンとオーケストラを初めて対等に扱い、オーケストラ作品に華々しい音響効果をもたらした傑作として知られているのは、サン=サーンスが1886年に作曲した交響曲第3番「オルガン付き」である。この作品を同国の後輩プーランクが意識していたかどうかは分からないが、オルガンを導入したオーケストラ作品の成功例として当然認識はしていたであろう。

 オルガン協奏曲が作曲されたのは「オルガン付き」から半世紀を経た1936年。委嘱者はエドモン・ドゥ・ポリニャック公爵夫人である。作曲に際し、プーランクは『レクイエム』で知られるモーリス・デュリュフレにオルガンのストップ(音栓)について教わった。
 プライヴェートな初演は1938年12月16日、デュリュフレのオルガン、ナディア・ブーランジェの指揮により行われた。公式の初演日は1939年6月21日。オルガンは同じくデュリュフレ、指揮はロジェ・デゾルミエールが務めた。作曲時期と初演年に隔たりがあるのは、プーランクが友人たちの革命劇『七月十四日』に何らかの形で関わり、ポリニャック公爵夫人の不興を買ったためと言われているが、定かではない。作品はフランスではさほど成功を得ることができず、アメリカで大成功を収めた。

 この協奏曲には楽章の分け目がなく、全曲通して演奏されるが、厳密には、速度記号の異なる7つの部分で成り立っている。そして全体の構成がいわゆるアーチ型になっている(A-B-C-A'-C'-B-A)。ト短調を選んだのは彼が愛したモーツァルトの影響だろうか。

 冒頭からオルガンによるドラマティックな序奏が大音量で轟き、その重厚さと激しさと宿命的な暗さで聴き手を心を揺さぶる。そこからは緩急の変化を見せながら、とっつきやすいメロディーが入れ替わり立ち替わり現れて、随所で効果満点のクライマックスを形成する。この辺の宗教的厳粛さと親しみやすい通俗性の混在具合には、「聖」と「俗」の間を自在に行き来したプーランクのセンスが光っている(クロード・ロスタンはプーランクのことを「半分僧侶、半分悪党(le moine et le voyou)」と評した)。しかし最終的には序奏で示された荘重な世界観に戻り、後年書かれたオペラ『カルメル派修道女の対話』に出てくるギロチンのような容赦のない非情さと威圧感を以て、最後の強烈な一音が放たれる。

POULENC-MUNCH-ORGAN
 プーランクの作品は「愛の小径」しか知らない、という人にはぜひ聴いてほしい傑作なのだが、録音はそれほど種類がない。有名なのはジョルジュ・プレートル盤(オルガンは初演者デュリュフレ)、シャルル・ミュンシュ盤(オルガンはベルイ・ザムコヒアン)。前者は歴史的名盤としてあちこちで紹介されているし、後者は名手エヴァレット・ファースがティンパニを叩いている、というだけでも一聴の価値はある。新しいところではシャルル・デュトワによる1992年の録音が高評価を得ているが、スマートにやりすぎた感があり、作品に施された陰翳の表現も浅い。最後の一音も迫力に欠ける。

 私がこの作品を知るきっかけとなったのはジャン・マルティノン指揮による1970年の録音。最初に聴いた時は総身の毛が逆立つほどの衝撃を受けた。オルガンを弾いているのはマリー=クレール・アラン。マルティノン指揮による手兵フランス国立放送管弦楽団の燃え立つような弦楽器と、暗く重たいティンパニと、異様にテンションが高いアランのオルガンの壮烈な響きが、あと一歩でカオスになりそうな所までぶつかり合い、終局に向かって猪突猛進する。一度聴いたら忘れられない大熱演である。
(阿部十三)

【関連サイト】
プーランク:オルガン協奏曲(オルガン、弦楽、ティンパニのための協奏曲)
フランシス・プーランク
[1899.1.7-1963.1.30]
オルガン協奏曲 ト短調

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
マリー=クレール・アラン(org)
フランス国立放送管弦楽団
ジャン・マルティノン指揮
録音:1970年9月

ベルイ・ザムコヒアン(org)
ボストン交響楽団
シャルル・ミュンシュ指揮
録音:1960年10月9日

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