音楽 CLASSIC

R.シュトラウス 交響詩『ドン・ファン』

2011.10.20
理想主義者としてのドン・ファン

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 伝説のプレイボーイ、ドン・ファンの名が文学史に刻まれたのは、1630年に出版されたティルソ・デ・モリーナの『セビリアの色事師と石の招客』からである。ここに描かれているドン・ファンは、「俺の心の中にある最大の喜びは、何よりもまず女を誘惑して、相手の名誉を台無しにして棄てるってことさ」と言い放ち、欲望の赴くまま次々と女たちをたぶらかし、地獄に落ちる漁色家。同時に、剣術に秀でた騎士でもあり、召使いに対等な口を利かせる分け隔てのない人物でもある。このキャラクターは、のちに様々な詩人、劇作家、小説家に取り上げられ、単なる漁色家の枠におさまらない性格を与えられ、ストーリーもかなりアレンジされている。ホセ・ソリーリャが書いた1844年の『ドン・ファン・テノーリオ』に至っては、ドニャ・イネスと真剣に愛し合い、地獄に連れて行かれることもない。

 リヒャルト・シュトラウスの交響詩『ドン・ファン』は、ティルソ・デ・モリーナやモリエールではなく、ニコラウス・レーナウの手になる『ドン・ファン』から作曲のインスピレーションを得ている。レーナウはハンガリー生まれの詩人。この詩人が描いたドン・ファンは、好色漢ではなく、理想の女性、理想の愛を求め続け、結局それを勝ち取ることが出来ずに終わる理想主義者である。R.シュトラウスはこの詩に感銘を受け、(彼自身の言に従えば)1888年5月、交響詩の作曲に着手した。完成したのは同年夏。ただ、作曲期間が短すぎることから、現在では、1887年秋には着手していたのではないか、とみられている。
 初演は1889年11月11日にワイマール大公の宮廷劇場でR.シュトラウス自身の指揮で行われ、センセーショナルな成功をおさめた。この絢爛たる交響詩一作によってR.シュトラウスは一躍人気作曲家の仲間入りを果たしたのである。

 なお、フランツ・リストが創始した通常の交響詩は、「Sinfonische Dichtung」だが、R.シュトラウスはそれとは区別するために自作を「Tondichtung」と呼んだ。訳すと「音詩」である。彼は文学の世界を音楽で表現するには、特定の主題に必要以上にとらわれることなく、多彩な旋律と音響の引き出しを積極的に使うべきだと考えていた。その手段としてワーグナーのライトモティーフの手法を取り入れ、より自由で、形式にとらわれない作品を書こうとした。「音詩」としたのは、その気概のあらわれだろう。日本で便宜上「交響詩」と訳されているのは、R.シュトラウスにとっては面白くないことかもしれない。

 演奏時間は15分から20分程度だが、スコアを見るだけでも、R.シュトラウスの天才的な(というか常軌を逸した)音響感覚が存分に発揮されていることが分かる。まず導入から圧巻。「悦楽の嵐」と言われる旋律から始まり、いきなりオーケストラの眩い音響が凄まじい音圧で押し寄せてくる。その後も、音色の色彩感で幻惑し、耳をとろかすようなメロディーで酔わせながら、ロマンティックな世界を形成する。終盤、複雑なテンポと多彩を極めた音響の中で築かれる劇的なクライマックスなど、その美しさに陶然としてしまう。めまぐるしく変わる場面転換に、初めて聴く人は戸惑うかもしれないが、何度か聴いているうちに、理想を求めては失望するドン・ファンの心の動きが見えてくるだろう。全編が聴き所である。

 指揮者とオーケストラの力量が露呈される難曲ということもあり、これ以上望めないほどうまくいっている、と絶賛出来る演奏はあまりない。ドン・ファンではないが、理想を求めれば求めるほど、アンサンブルの粗さが気になったり、歌心が足りないことに不満を覚えたりしてしまう。また、こういう華やかなオーケストラ・サウンドは高音質で楽しむに越したことはないので、新しい録音からも選びたかったのだが、アゴーギクで瞠目させるような演奏はほとんどなかった、というのが実情である。

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 数種類あるカラヤンの録音はどれも昔から評価が高い。ジョージ・セルやルドルフ・ケンペの録音も名盤として知られている。たしかに、入り組んだテンポと音響を鮮やかにさばくその手腕は見事の一言に尽きる。が、理想主義者の物語にふさわしいロマンティックな語り口を持っているかというと、音が冴えすぎていて、音楽的効果の方が先に立って聞こえてしまう。少なくとも私には物足りない。とくに私が重視しているのは、終盤のクライマックスでのヴァイオリンの歌わせ方で、ここは意外なことに「客観主義」「機能主義」などと言われるフリッツ・ライナーの録音(ステレオ盤)が一番ロマンティックだった。

 ウィレム・メンゲルベルク指揮による1940年12月のライヴ盤は、音質は古いものの、それすら気にならなくなるような艶麗さがあり、独特の癖のあるアゴーギクとポルタメントの多用によって猛烈にロマンティックな雰囲気を演出している。コンスタンティン・シルヴェストリが指揮した1967年1月のライヴ盤はドラマティックな秀演で、ハープの活躍が光っているが、音源自体のピッチが不安定で、落ち着いて鑑賞出来ない。ピエール・モントゥー指揮による1949年1月の放送録音は、緩急強弱の利かせ方が巧みで、ここぞという時のクライマックスの威力が凄まじい。こういう録音を最上の音質で聴けるのが理想だが、そんな日が来ることはないだろう。


【関連サイト】
Richard Strauss Online
リヒャルト・シュトラウス
[1864.6.11-1949.9.8]
交響詩『ドン・ファン』

【お薦めディスク】(掲載CDジャケット:上から)
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
ウィレム・メンゲルベルク指揮
録音:1940年12月12日(ライヴ)

シカゴ交響楽団
フリッツ・ライナー指揮
録音:1960年2月

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