音楽 CLASSIC

J.S.バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲

2012.02.08
愛の協奏曲

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 バッハはヴァイオリン協奏曲を少なくとも6作品は書いていたといわれているが、現在伝えられているのは3作品のみである。独奏ヴァイオリンのための2作と、2つのヴァイオリンのための1作だ。これらは1717年から1723年のケーテン時代に書かれたとみられている。このうち2つのヴァイオリンのための協奏曲の作曲年は、ほかの2作より早く、1718年頃と推定されている。今なお確証が得られていないため、「いわれている」「推定されている」といった歯切れの悪い書き方しかできない。

 ケーテン時代の前半、バッハは人生で最も恵まれ、公私ともに充実した時間を過ごしていた。その充実ぶりを示すかのように、多くの傑作が生まれた。ブランデンブルク協奏曲、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、無伴奏チェロ組曲など、いずれも1717年から1720年の間に書かれたものである。3作のヴァイオリン協奏曲もまたそんな時期に作曲された。

 作品の成立に関しては諸説あり、ライプツィヒ時代の1730年頃に作曲されたという説も有力視されている。ただ、ヴァイオリンに通暁していたバッハが45歳になるまでヴァイオリン協奏曲に着手しなかったと考えるのは無理があり、様式的にもライプツィヒ時代にしては古さが感じられる。もっとも、いつ書かれたとしても、これらの音楽的価値が変わるわけではないが。

 2つのヴァイオリンのための協奏曲は、短調でありながらも深刻にならず、声高に叫ぶことなく生命力の充溢を感じさせ、ヴァイオリンの絡み合いの妙で魅了する傑作中の傑作である。短い作品ながら、こういう音楽を書くためには多大な計算力、構成力が要求されるはずなのに、音符の配置にほとんど人為的なものを感じさせないバッハには畏敬の念すら覚える。

 2つのヴァイオリンが離れることなく連れ添って、模倣し合い、オーバーラップして導き合い、危機を乗り越え、共同作業のように美しい音楽を紡ぎ上げる。まるで夫婦の愛を描いたような作品だ。これを聴いていると、ほとんど連鎖的に「夫唱婦随」(「婦唱夫随」でも構わないけど)という言葉が脳裏をよぎる。4本の手でゆっくりと美しい音の綾を織り上げる第2楽章も良いが、私が好きなのは、お互いの歩みを確かめ合うような第1楽章である。派手さはないが、秘められた運命と親和力を感じさせる。この作品を結婚式で使うカップルがいるとしたら、かなりセンスがいい。

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 録音では、よほど出来がひどくなければ、何を聴いてもそれなりに満足できる。その代わり、心から感嘆させてくれる演奏も少ない。
 私が比較的好んで聴いているのは、ダヴィッド・オイストラフとイーゴリ・オイストラフ父子が演奏した1961年の録音である。何も変わったことをしているわけではないし、テンポ設定もオーソドックスだが、フレージングの巧さで一気に聴かせる。冗長になりがちな第2楽章でも輪郭を失わない。オイストラフのヴァイオリンの豊穣な響きは適度に抑制され、うまみだけが出ている。
 そのオイストラフに師事したギドン・クレーメルが1977年にタチアナ・グリンデンコと吹き込んだ録音も名演。ソリストというポジションを誇示することなく、オーケストラと一体化し、多声的な音楽を作り上げている。耽美的なのに、みずみずしい感動をもたらすクレーメルのこれみよがしでない妙技は、バッハ演奏の一つの理想といっても過言ではない。
 ヤッシャ・ハイフェッツ盤も有名。1人で2つのヴァイオリンを担当した多重録音と、エリック・フリードマンと組んだものがある。どちらも夫唱婦随というよりは今にも心中しそうな痛切な緊張感が漂っている。暗さや厳粛さを味わいたい人にはもってこいだろう。
 21世紀の録音では、ヒラリー・ハーンとマーガレット・バーチャーによる演奏が面白い。現代的なスピード感とグルーヴ感に「やりすぎではないか」という声も出ているようだが、こういうバッハがあってもいい。何をどう弾いてもバッハはやはりバッハなのである。


【関連サイト】
J.S.バッハ
J.S.バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲(CD)
ヨハン・セバスチャン・バッハ
[1685.3.31-1750.7.28]
2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
ダヴィッド・オイストラフ、イーゴリ・オイストラフ(vn)
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
ユージン・グーセンス指揮
録音:1961年

ギドン・クレーメル(vn、指揮)
タチアナ・グリンデンコ(vn)
ウィーン交響楽団
録音:1977年

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