音楽 CLASSIC

ホルスト 組曲『惑星』

2012.12.03
音楽が描く宇宙

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 『惑星』のインスピレーションの源泉は占星術である。1913年、セント・ポールズ女子校の音楽教師だったグスターヴ・ホルストは、劇作家クリフォード・バックス(作曲家アーノルド・バックスの弟)から占星術の話を聞き、心を動かされた。そして、それぞれの惑星が持つ性格や雰囲気を音楽で表現しようと思い立ち、1914年5月からこの壮大な計画に着手した。
 私的演奏会で初演されたのは、1918年9月29日のこと。当時、ホルストは44歳になっていた。この初演はかなりの衝撃を聴衆に与えたようである。そして、2年後の1920年11月15日、全曲が完全な形で初演された時には、ホルスト自身が戸惑うほどのセンセーショナルな成功を収めたのだった。

 『惑星』に関する記述で、しばしば目にするのが第一次世界大戦との関連性である。つまり、「戦争をもたらすもの」という副題を持つ「火星」は、第一次世界大戦を予見して書かれたのではないか、というのだ。かつてイギリス人作曲家で、こういう音楽を書いた人はいなかった。その完成後、1914年7月に戦争が勃発。これはおそらく偶然だろうが、何か偶然以上の予感めいたものがホルストにこのようなデモーニッシュな音楽を書かせたのかもしれない、と考えたくなるのは私だけではないだろう。

 曲順は「火星」(戦争をもたらすもの)、「金星」(平和をもたらすもの)、「水星」(翼のある使者)、「木星」(快楽をもたらすもの)、「土星」(老年をもたらすもの)、「天王星」(魔術師)、「海王星」(神秘をもたらすもの)。『惑星』は標題音楽ではない、とホルストは語っているが、副題がついている以上、そこからもたらされるイメージと標題性を峻別して鑑賞するのは難しい。
 彼自身は「土星」を最もすぐれた作品と考えていたが、ポール・デュカの「魔法使いの弟子」を彷彿させる「天王星」も魅力的だし、女声コーラスを加えた「海王星」も神秘的なムードに包まれていて美しい(ただし、知名度が高いわりにコンサートで演奏される機会が決して多くないのは、この女声コーラスがあるためだといわれている)。ちなみに、私個人は、壮烈な「火星」と甘美な「金星」がピンと来ない演奏には全く惹かれない。

 冥王星が入っていないのは、『惑星』が作曲された時代には発見されていなかったためである(発見されたのは1930年)。2000年にコリン・マシューズが「冥王星」を作曲し、「再生するもの」という副題をつけて『惑星』に加えたが、2006年に冥王星が惑星から外されたため、結局、用をなさなくなった。それが逆に話題を呼び、同時期に発売された「冥王星」付きの『惑星』のCDが好セールスを記録したのは、皮肉としかいいようがない(サイモン・ラトルとベルリン・フィルの録音のことである。演奏自体は特筆すべきものではない)。

 録音を聴き比べると、ただただ表面的にスコアをなぞって、ウケ狙いの演奏効果に走っているものがあり、「『惑星』って、心から名演と呼べるものがあまりないんだな」と淋しい気持ちにさせられることが少なくない。とくに、愛国歌に使われたり、ポップスにアレンジされたりしている「木星」は、指揮者とオーケストラに無駄な力みが出てしまうのか、とかく上滑りしがち。しっかりとしたアンサンブルでメロディーを紡ぎ上げて、満足感を与える演奏は数えるほどしかない。ホルストの死後、人気が落ち着いた『惑星』を「再ブレーク」させたヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウィーン・フィルによる1961年の録音も、「火星」は凄絶なのだが、「木星」の演奏は驚くほど粗い(後年、ベルリン・フィルと再録した「木星」もそこまで出来は良くない)。

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 心からお薦めできるのは、ホルストの友人であり、初演の指揮者でもあったエイドリアン・ボールト、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団による1966年の録音と、バーナード・ハーマン、ロンドン・フィルによる1970年の録音だ。前者は、確信に満ちた解釈と気迫に溢れた力強い演奏で聴き手を魅了する。少々粗はあるものの、それを補って余りある推進力、アンサンブルの濃度、フレージングの妙に、不平を漏らす気もなくなる。後者は、映画音楽の世界では知らぬ者のない作曲家が指揮した、味わい深い『惑星』。比較的遅めのテンポで、旋律をたっぷり歌わせながら、『惑星』の世界を眼前に大きくひろげてみせる。それでいて、緊張感も勢いも損なわれていない。

 ほかにも、「火星」が放ち得る高揚感を快速テンポと引き締まったアンサンブルとモダンな表現によって存分に引き出したウィリアム・スタインバーグ盤、「木星」の主題をこの上なくやさしく紡いだレオポルド・ストコフスキー盤、一つ一つの表現が何かと過剰なジェームズ・レヴァイン盤などは、『惑星』好きなら一度は聴いておくべきだろう。むろんカラヤンの2種類の録音も、(「木星」はいまひとつだけど)トータルで評価するならば名盤には違いない。
 変わり種として、あのケン・ラッセルが監督した映像作品もある(音源に使われているのはユージン・オーマンディ、フィラデルフィア管の演奏)。DVD化もブルーレイ化もされていないのは、「天王星」でローマ法王を登場させているせいだろうか。ネズミが腐敗していく過程を早回しで見せる「土星」の映像も刺激が強い。いいたいことは分からなくもないが、なかなかグロテスクである。ホルストが知ったら唖然とするだろう。好奇心旺盛な人ならともかく、そこまで無理をして観るほどのものではない。オーマンディの指揮は素晴らしく、特定の楽器を強調する音響効果が面白い。宇宙が見えてくる演奏というよりは絶対音楽のように響き、色彩感あふれるオーケストラサウンドを堪能させる。
(阿部十三)


【関連サイト】
GUSTAV HOLST
グスターヴ・ホルスト
[1874.9.21-1934.5.25]
組曲『惑星』 作品32

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
エイドリアン・ボールト指揮
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
録音:1966年

バーナード・ハーマン指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1970年

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