ブラームス ヴァイオリン協奏曲
2016.09.24
ヴァイオリンが持つ美の力
ヨハネス・ブラームスがヴァイオリン協奏曲を作曲していたとき、名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムが助言を与えていたことはよく知られている。1879年1月、ブラームス自身の指揮で行われた初演でも、独奏を務めたのはヨアヒムである。このヴァイオリニストはマックス・ブルッフとも親交があり、ブラームスより10年ほど前、ヴァイオリン協奏曲第1番の作曲に深く関わっていた。そんなわけで、ブルッフとブラームスの傑作は、同じ功労者の支えから生まれたと言うことができる。第3楽章の主題が民族音楽風で、それが他の2つの楽章の世界観とはまた異なる活力を示すところなど、ヨアヒムの影響をみてよいかもしれない。ブラームス自身は、作曲当時、ヴィオッティのヴァイオリン協奏曲第22番に夢中になっていたが、これは影響を受けたというよりも、あふれる歌心と憂愁に何かしらの啓示を受けたという方が適切だろう。
第1楽章はソナタ形式。ゆったりとしたテンポで始まり、胸にしみるオーボエの音色に導かれるようにして劇的な全合奏が耳を覆う。ここでニ短調からニ長調に転じて、強い輝きを放つところは、本当に素晴らしい。独奏ヴァイオリンも、情熱的に登場した後、燃えさかるような激しさや、胸を貫くような鋭さ、耳をとろかす甘さ、牧歌的な柔和さ、そして艶やかさなど、さまざまな音楽的表現を通して、この楽器に秘められた美しさを惜しげもなく発現させる。こういう曲を聴いて、改めて「ヴァイオリンって素敵な楽器だな」と思うのは私だけではないだろう。カデンツァの部分はヨーゼフ・ヨアヒム作のものが有名だが、ほかにレオポルト・アウアーやフリッツ・クライスラーのものがある。
第2楽章は3部形式。穏やかな雰囲気が支配的だが、オーボエの音色が効果的に頻用されることにより絶妙な陰翳が生まれている。それを受けてソロ・ヴァイオリンも歌うように起伏を描き、甘やかな声から切ない叫びまで聴かせる。静謐の中に、あふれる情熱や憧憬を注ぎ込んだ楽章だ。第3楽章は一種のロンド・ソナタ形式で、生命力にあふれた民族音楽的な主題が繰り返される。ヴァイオリンの独奏が技巧を駆使して力強く先陣を切って進み、オーケストラを牽引するさまは爽快そのもの。途中でテンポが変わってからは、オケとの掛け合いが見せ場となり、有無を言わさぬ堅固な構成の中、軽妙さや躍動感が醸成される。
これはブラームスの協奏曲の全てに当てはまることだが、このヴァイオリン協奏曲も、ソリストの妙技を誇示するための音楽ではない。とはいえ、完璧に弾きこなすには相当の技術を要するし、スケール感も、のびやかなカンタービレも、欠かせない。また、明るく牧歌的なだけでなく、ブラームスならではの愁いや翳りがあちこちにみられるので、ロマンティックな表現力に不足があると魅力が半減する。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲を得意としていた演奏家は沢山いる。ヨーゼフ・シゲティもそのうちの一人。「ロマンティックな表現力」と言っておきながら、シゲティの名前を挙げると、意外に思う人もいるかもしれないが、彼が遺したこの作品の録音はどれも凄く良い。中でもユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管と組んだ演奏(1945年録音)は、曲の精髄に迫るもので、なおかつ、厳めしさはなく、音楽がみずみずしく、技術的な面においても不満を感じさせない。
シゲティとはタイプの異なる演奏家で、やはりこの作品を十八番にしていたナタン・ミルシテインも私のお気に入りである。指揮はアナトール・フィストゥラーリ、演奏はフィルハーモニア管(1960年録音)。まだクラシック音楽を聴きはじめたばかりの私には、ミルシテインの美しい音色と眩いばかりの技巧が神々しく感じられたものだ。
むろん、血が迸るようなジネット・ヌヴーの演奏(1948年ライヴ録音/ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送響)も、堂々たる偉容を以て重厚なオケとわたりあうダヴィッド・オイストラフの演奏(1960年録音/オットー・クレンペラー指揮、フランス国立放送管)も、聴くたびに感銘を受ける。ほかにもヴォルフガング・シュナイダーハン、アルテュール・グリュミオー、ヨハンナ・マルツィ、実演で聴いたヒラリー・ハーンやリサ・バティアシュヴィリなど、「これが最高かもしれない」と思わせる演奏家を挙げはじめるとキリがない。
【関連サイト】
Johannes Brahms Violin Cocerto(CD)
ヨハネス・ブラームスがヴァイオリン協奏曲を作曲していたとき、名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムが助言を与えていたことはよく知られている。1879年1月、ブラームス自身の指揮で行われた初演でも、独奏を務めたのはヨアヒムである。このヴァイオリニストはマックス・ブルッフとも親交があり、ブラームスより10年ほど前、ヴァイオリン協奏曲第1番の作曲に深く関わっていた。そんなわけで、ブルッフとブラームスの傑作は、同じ功労者の支えから生まれたと言うことができる。第3楽章の主題が民族音楽風で、それが他の2つの楽章の世界観とはまた異なる活力を示すところなど、ヨアヒムの影響をみてよいかもしれない。ブラームス自身は、作曲当時、ヴィオッティのヴァイオリン協奏曲第22番に夢中になっていたが、これは影響を受けたというよりも、あふれる歌心と憂愁に何かしらの啓示を受けたという方が適切だろう。
第1楽章はソナタ形式。ゆったりとしたテンポで始まり、胸にしみるオーボエの音色に導かれるようにして劇的な全合奏が耳を覆う。ここでニ短調からニ長調に転じて、強い輝きを放つところは、本当に素晴らしい。独奏ヴァイオリンも、情熱的に登場した後、燃えさかるような激しさや、胸を貫くような鋭さ、耳をとろかす甘さ、牧歌的な柔和さ、そして艶やかさなど、さまざまな音楽的表現を通して、この楽器に秘められた美しさを惜しげもなく発現させる。こういう曲を聴いて、改めて「ヴァイオリンって素敵な楽器だな」と思うのは私だけではないだろう。カデンツァの部分はヨーゼフ・ヨアヒム作のものが有名だが、ほかにレオポルト・アウアーやフリッツ・クライスラーのものがある。
第2楽章は3部形式。穏やかな雰囲気が支配的だが、オーボエの音色が効果的に頻用されることにより絶妙な陰翳が生まれている。それを受けてソロ・ヴァイオリンも歌うように起伏を描き、甘やかな声から切ない叫びまで聴かせる。静謐の中に、あふれる情熱や憧憬を注ぎ込んだ楽章だ。第3楽章は一種のロンド・ソナタ形式で、生命力にあふれた民族音楽的な主題が繰り返される。ヴァイオリンの独奏が技巧を駆使して力強く先陣を切って進み、オーケストラを牽引するさまは爽快そのもの。途中でテンポが変わってからは、オケとの掛け合いが見せ場となり、有無を言わさぬ堅固な構成の中、軽妙さや躍動感が醸成される。
これはブラームスの協奏曲の全てに当てはまることだが、このヴァイオリン協奏曲も、ソリストの妙技を誇示するための音楽ではない。とはいえ、完璧に弾きこなすには相当の技術を要するし、スケール感も、のびやかなカンタービレも、欠かせない。また、明るく牧歌的なだけでなく、ブラームスならではの愁いや翳りがあちこちにみられるので、ロマンティックな表現力に不足があると魅力が半減する。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲を得意としていた演奏家は沢山いる。ヨーゼフ・シゲティもそのうちの一人。「ロマンティックな表現力」と言っておきながら、シゲティの名前を挙げると、意外に思う人もいるかもしれないが、彼が遺したこの作品の録音はどれも凄く良い。中でもユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管と組んだ演奏(1945年録音)は、曲の精髄に迫るもので、なおかつ、厳めしさはなく、音楽がみずみずしく、技術的な面においても不満を感じさせない。
シゲティとはタイプの異なる演奏家で、やはりこの作品を十八番にしていたナタン・ミルシテインも私のお気に入りである。指揮はアナトール・フィストゥラーリ、演奏はフィルハーモニア管(1960年録音)。まだクラシック音楽を聴きはじめたばかりの私には、ミルシテインの美しい音色と眩いばかりの技巧が神々しく感じられたものだ。
むろん、血が迸るようなジネット・ヌヴーの演奏(1948年ライヴ録音/ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送響)も、堂々たる偉容を以て重厚なオケとわたりあうダヴィッド・オイストラフの演奏(1960年録音/オットー・クレンペラー指揮、フランス国立放送管)も、聴くたびに感銘を受ける。ほかにもヴォルフガング・シュナイダーハン、アルテュール・グリュミオー、ヨハンナ・マルツィ、実演で聴いたヒラリー・ハーンやリサ・バティアシュヴィリなど、「これが最高かもしれない」と思わせる演奏家を挙げはじめるとキリがない。
(阿部十三)
【関連サイト】
Johannes Brahms Violin Cocerto(CD)
ヨハネス・ブラームス
[1833.5.7-1897.4.3]
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ヨーゼフ・シゲティ(vn)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団
録音:1945年2月25日
ナタン・ミルシテイン(vn)
アナトール・フィストゥラーリ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1960年
[1833.5.7-1897.4.3]
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
【お薦めの録音】(掲載ジャケット:上から)
ヨーゼフ・シゲティ(vn)
ユージン・オーマンディ指揮
フィラデルフィア管弦楽団
録音:1945年2月25日
ナタン・ミルシテイン(vn)
アナトール・フィストゥラーリ指揮
フィルハーモニア管弦楽団
録音:1960年
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