音楽 CLASSIC

ショパン ピアノ協奏曲第1番

2017.02.10
「思い切って書いても恥ずるところはない」

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 ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調は、1830年3月に第2番へ短調が初演された後、本格的に着手された。番号と作曲順が合わないのは、第1番の方が先に出版されたことによる。なので、ショパン自身は、第1番の方を「新しいコンチェルト」「二番目のコンチェルト」と呼んでいた。

 当時20歳のショパンは、ワルシャワ音楽院声楽科の生徒コンスタンツィア・グワドコフスカに恋していた。片思いは1829年4月に始まったものらしい。いわばショパンのピアノ協奏曲は、2作とも青春の恋の産物である。実際に、第2番の第2楽章について、「彼女のことを夢見て、彼女のことを想いながら」書いたと友人ティトゥス・ヴォイチェホフスキ宛の手紙(1829年10月3日)で明かしている。

 ただ、恋の産物では済ませられない作品であることも確かだ。次に引用するのは、友人ティトゥス宛の手紙(1830年5月15日)の中で、「新しいコンチェルト」の第2楽章のヴァイオリン・パートについてふれた部分である。
「良識といわれるものに抗して、思い切って書いても恥ずるところはないのではないか。実際の演奏が、それが間違いなら間違いときめてくれるのだから」

 この言葉は曲全体に当てはまるだろう。ショパンは第1番で己の主張をより前面に出し、己の気質を曲げることなく、彼にしか書けないコンチェルトを書いた。しばしばピアノとオーケストラのバランスが良くないと言われる第1番だが、作曲した当の本人にしてみれば、やりたいことをやったまでのこと。別にバランスが良くなければいけないという決まりはないのだ。ショパンは作品の出来に自信を持っていた。

 スケールの大きな第1楽章では、ピアノが華々しく活躍する。ソリストの技量を堪能させるような華麗な装飾も盛り込まれている。それでいてヴィルトゥオジティの誇示に偏らないのは、ロマンティックで詩情豊かな旋律ゆえだろう。展開部で巧みに転調を重ね、アルペジオの波の上で緊張感を高めて、再現部にいたるところも素晴らしい。ピアノが第2主題をト長調で再現する際、ファゴットに大役を担わせているところにも注目だ。この楽器は第2楽章でもピアノと絶妙に絡み、美しくも陰翳をたたえた世界をみせてくれるし、第3楽章の活力みなぎるロンドでも印象的に響き、きらめくピアノの影のような余情を感じさせる。

 初演は、ワルシャワを発つことになったショパンの告別演奏会で行われた。1830年10月11日である。当日は、コンスタンツィア・グワドコフスカの独唱によるロッシーニの『湖上の美人』のカヴァティーナも披露された。その歌唱を手紙の中で絶賛する青年の興奮ぶりが微笑ましい。第1番の演奏も成功だったようで、自らソリストを務めたショパンは、「いささかも神経質になることなく、あたかもひとりで弾いているのと同じ」ように弾けたと友人に報告している。

 録音では、アルトゥール・ルービンシュタインの演奏(1947年ライヴ録音)が、まさに疾風怒濤の熱演で、第1楽章には見かけ倒しの気迫とは別次元の凄味が漂っている。単なる伴奏以上の存在感を示すブルーノ・ワルター指揮によるニューヨーク・フィルの猛然たる勢いに、触発されたのかもしれない。決して勢いまかせではなく、構築感、重量感もある。第2楽章の夢幻性、抒情性も十分だし、第3楽章の疾走感も大変なものだし、これは理想的な演奏の一つと言えるのではないか。若い頃のマルタ・アルゲリッチのライヴ(1965年ライヴ録音)も凄いが、省略版を使っているし、ルービンシュタイン/ワルター盤に比べるとオケが弱い。

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 この作品の初の全曲録音と思われるアレクサンダー・ブライロフスキーの演奏(1928年録音)は、勢いの中にも色気があって、音符の表情を巧みに変えるアーティキュレーションにも好感が持てる。オケは、ユリウス・プリュヴァー(フェルディナント・ライトナーの師)指揮のベルリン・フィルだ。ただし、省略版なので、そこだけが勿体ない。クリスティアン・ツィマーマンが録音し、大きな話題を呼んだ演奏(1999年録音)は、やりすぎ、凝りすぎという面もあるが、オケ・パートが執拗なまでに意味深く演奏されているので、一回聴くだけでもスコアの隅々まで味わい尽くしたような気分になる。

 オケ・パートの魅力という点では、アンタル・ドラティがロンドン響を指揮したもの(1963年録音)も負けていない。作品への共感性に満ち満ちており、ジーナ・バッカウアーのピアノとしっかりと絡み、「協奏曲」として楽しめる。グリゴリー・ソコロフがピアノを弾き、ヴィトルド・ロヴィツキが指揮した演奏(1977年録音)は、ゆったりとしたテンポで聴かせ、清潔かつ繊細なタッチで魅了する。名演奏、名録音はまだまだある。

 第1番に関しては、私はきれいに整理された演奏よりも、やや崩れてでも気宇壮大に燃える方向に突き進む演奏に惹かれることが多い。第1楽章の展開部には特にそれを求める。なので、どちらかといえば、一発勝負のライヴ録音が好みなのだが、私自身はコンサートで納得のいく演奏に出会ったことがない。

 ちなみに、バラキレフ、タウジヒが編曲したバージョンもあり、録音もされているが、これらの編曲がショパンのオーケストレーション以上に魅力的だとは言えない。ただし、バラキレフ、ピアニストのバックハウスが甘美な第2楽章をピアノ独奏曲に編曲したものは素晴らしい。多くのピアニストにリサイタルで取り上げてもらいたい作品だ。


[引用文献]
アーサー・ヘドレイ編/小松雄一郎訳『ショパンの手紙《新装復刊》』(2003年6月 白水社)



【関連サイト】
Chopin Piano Concerto No.1 Op.11(CD)
フレデリック・ショパン
[1810.3.1-1849.10.17]
ピアノ協奏曲第1番 ホ短調 作品11

【お薦めディスク】(掲載ジャケット:上から)
アルトゥール・ルービンシュタイン(p)
ブルーノ・ワルター指揮
ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
録音:1947年2月9日(ライヴ)

アレクサンダー・ブライロフスキー(p)
ユリウス・プリュヴァー指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1928年